第27回 弁護士ドラマは強し。なんとグリシャムの『法律事務所』がテレビドラマ化

 えー、今までこの連載では(少数の例外を除いて)基本的には「すでに観た作品」について紹介していたんですが、今回は自らに課した禁を破って、今月の8日にアメリカで放送が始まったばかりで、まだ全然観てないテレビドラマをご紹介したいと思います。

 そのドラマのタイトルは『ザ・ファーム』。かつて映画化もされたジョン・グリシャムの出世作『法律事務所』が原作のミステリです(映画の邦題は『ザ・ファーム 法律事務所』)。

 といっても、なんせ連ドラですから、原作をそのままやるわけじゃありません。実は、『法律事務所』で描かれた事件から10年後の主人公の活躍を描くんだとか。

 かつての事件の結果、証人保護プログラムによって人目を避け偽名を使って暮らしていた主人公は、事件の黒幕であったギャングのボスが死んだことにより、再び弁護士として働き始めます。ところが、彼への復讐を企てる者たちがいまだにいて、彼と彼の家族はまたも危険にさらされることに……、というストーリーのようです。

 映画ではトム・クルーズが演じた主人公に扮するのは、今まであまり大きな役のなかったジョシュ・ルーカス。実直なおじさんの雰囲気は良く出ていますが、さて視聴者の心をつかむことはできるのでしょうか?

 日本でも早く観ることができると良いなあ。

 さて、新番組の『ザ・ファーム』だけでなく、現在、アメリカのテレビでは2本の弁護士ものが好評放送中です。1本は以前にご紹介した『グッド・ワイフ』(NHKで放送中)、もう1本は弁護士ドラマのベテラン、デイヴィッド・E・ケリー製作の『ハリーズ・ロー』(WOWOWで放送中)です。

 アメリカでは、こういった弁護士もののドラマの新作が、毎年必ずといっていいほど何本か製作されていて、あっという間に打ち切りになるものもたくさんありますが、上記の2作品のようにヒット作が生まれては、ジャンルの命脈を保っています。

 元々、法廷もののミステリと言えば、E・S・ガードナーのペリー・メイスンものが圧倒的に有名でしょう。早川のポケミスやミステリ文庫で読んだ人も多いはずです。タイトルが簡潔かつ内容をきちんと表してて良いんですよね。『ビロードの爪』とか『吠える犬』とか。

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 テレビにおいてもこれをドラマ化した『弁護士ペリー・メイスン』(レイモンド・バー主演)が57〜66年のあいだ放送され、さらにはリメイク版や続編まで作られる大ヒットとなっています(なんと、85年から93年にかけて作られた続編『新・弁護士ペリー・メイスン』では、主役を演じていたレイモンド・バーが亡くなったあとも、秘書役と探偵役の二人を主人公に、さらに4話が製作されています!)。

 この『弁護士ペリー・メイスン』がどれくらいヒットしたかというと、ドラマに影響された陪審員や弁護士が、法体系から逸脱した思い込みや言動を行うという「ペリー・メイスン症候群」なる言葉まで生まれたというのだから、ものすごいものがあります。

 確かに、快刀乱麻、事件の謎を解き、毎回毎回、依頼人を無実の罪から救うペリー・メイスンの活躍は、ミステリとして大変おもしろいものではありますが、リアルな弁護士の活動からはかけ離れているのは事実です。

 そんな狭義の「ミステリ」の文法から弁護士ドラマを解放し、もっとリアルな路線を切り開いたのが、『ヒルストリート・ブルース』(81〜87年)で同じように警察ドラマを人間味溢れる群像劇として描きだしたスティーヴン・ボチコによる『LAロー/七人の弁護士』(86〜94年)でした。

『LAロー』の弁護士たちが扱うのは民事訴訟であり、そこには白か黒かの二分法では割り切れない、双方の利害関係がありました。このドラマは、そんな中で、依頼人の利益を最大限に引き出そうとするという、弁護士本来の有り様と共に、当時のアメリカ社会の姿を私たちに見せてくれたのでした。

 また、この作品は、元々は弁護士だったデイヴィッド・E・ケリーが法律監修で参加、さらにはシナリオを書くようになったことでも記念すべきものでした。

 ケリーはこのあと、テレビドラマのプロデューサー兼脚本家として医療ドラマ『シカゴホープ』をはじめとする数々のヒット作を製作、中でも『ザ・プラクティス』『アリー my Love』『ボストン・リーガル』、そして前述の『ハリーズ・ロー』と、弁護士ものの傑作・話題作を連発しています。

 ケリー製作の弁護士ドラマは、『LAロー』よりも極端な味つけがされていますが、根底の部分では『LAロー』同様、善悪がさだかではない裁判の世界を描こうとしています。

 この傾向は、今一番ヒットしている弁護士ドラマ『グッド・ワイフ』にもしっかりと引き継がれています。

 予告編を見る限り、今回の『ザ・ファーム』は、『ペリー・メイスン』とも、これら最近の弁護士ものとも違う、第3のおもしろさをめざしているように思えます。

 それは、法廷ミステリとも人間ドラマとも違う、スリラーとしてのおもしろさです。

 元々、『ザ・ファーム』の原作である『法律事務所』と、その作者であるジョン・グリシャムの真骨頂は、主人公が突然不測の事態に巻き込まれていく、典型的な「巻き込まれ型スリラー」と、本格的な法律知識に裏づけられた「法律ミステリ」(「法廷ミステリ」よりも枠組みが広いところがミソ)とを組み合わせた作風にあります。

 これは、グリシャムだけでなく、彼を筆頭として、1980年代末から90年代にかけてミステリ界を席巻した新型「リーガル・スリラー」の作家たちに共通した作風だと言ってもいいでしょう。

 これらの作品は、弁護士や検事たちの活躍の場を、法廷の中だけでなくその外側にまで拡げることで、ジャンルそのものの枠組みや自由度も大きく拡げたのだと、私は思っています。

 中でもグリシャムの作品は、毎回新鮮かつシリアスなテーマとサスペンス溢れるストーリー展開とを巧みに組み合わせることで、多数の読者を惹きつけてきました。

 映画化された作品だけでも『評決のとき』、『法律事務所』、『ペリカン文書』、『依頼人』、『処刑室』、『原告側弁護人』、『陪審評決』、『スキッピング・クリスマス』、テレビ化作品に『依頼人』、『路上の弁護士』、『ペインテッド・ハウス』、さらに現在『アソシエイト』の映画化が進行中というところにも、その人気の高さが見て取れるでしょう(個人的には、映像化されてもいなければリーガル・スリラーでもない『奇跡のタッチダウン』がとってもお気に入りだったりしますが(笑))。

 今回のテレビドラマ版『ザ・ファーム』も、そんなグリシャム作品の特徴を、番組スタッフがうまく取り入れているように思うのですが、さて出来はどうなのか。早く観てみたいところです。

 ちなみに、近年のグリシャムは、今まで通り毎年1冊のペースで大人向けの新作を発表するかたわら、少年向けの小説『少年弁護士セオドア・ブーン』のシリーズ(既刊2作、続刊予定)も発表するようになっています。こちらもちょっと気になりますね。

〔挿絵:水玉螢之丞〕  

『ザ・ファーム』第1シーズンの予告編

映画版『ザ・ファーム』予告編

『弁護士ペリー・メイスン』第4話のオープニング

『ヒルストリート・ブルース』最終シーズンのオープニング

『LAロー』第1シーズンのオープニング

『ザ・プラクティス』第6シーズンのオープニング

『アリー my Love』第3シーズンのオープニング

『ボストン・リーガル』のオープニング

『ハリーズ・ロー』第1シーズンの予告編

『グッド・ワイフ』第3シーズンの予告編

堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。最新刊『キャプテン・アメリカ:ウィンターソルジャー』(小学館集英社プロダクション)。

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