第4回 アッティカ・ロックをめぐるあれこれ

 夜明けで終わる物語が好きです。

 空の色が徐々に変わり、夜が朝に取って代わられるとき、つかのま幻が見えたり(あるいは幻が消えたり)、主人公の心境に変化があったりする。

 つい最近ではあれがそうでした(ネタバレではないけれど、終盤のことなので一応タイトルを伏せてみました)。ブロックさんにもそういう話がありませんでしたっけ。『黒き水のうねり』の終わりまぎわにも、こんな場面が出てきます。

 夜のこの時間には、空は黒と青のあいだの色だ。夜の色は、打撲傷が治るようにかすれて消えていく。空気は湿っていて、ありがたくも穏やかだ。ジェイは東に向かって歩きだし、街を横断する。ダウンタウンの北端を走る鉄道の線路に沿って、太陽を追いかけるように歩く。早朝の空がほんのり明るむ。夜明けまえの紫とピンクのスクリーンに、白い雲の細い筋が、囁きのように、秘密のように、かすかに浮かぶ。

 この後、主人公はあるものを捨てます。

 アッティカ・ロック『黒き水のうねり』は、主人公の黒人弁護士ジェイ・ポーターが妻の誕生日のために準備したムーンライトクルーズではじまります。このクルーズのさいちゅうに、街のほうから銃声と女の悲鳴が聞こえ、次いで人が川に落ちる音がする。ジェイが川から助けあげたのは、身なりのよい白人の女。この女と銃声の謎を追ううちに、ジェイは泥沼にはまってゆき、自身の過去とも向きあわざるをえなくなる。

 筆の運びは若干重め、しかし著者が自分のルーツを含む“書きたいもの”に真正面から取り組んだかのようなデビュー作で、訳者としては好印象、一読者としても先の気になる作家がひとり増えたなという感がありました。

 で、二作めなのですが。9月下旬に本国で刊行される模様です。タイトルはThe Cutting Season、サトウキビの刈入れの時期のことだそう。

 舞台は過去と現在が不安定に共存する〈ベル・ヴィ〉。南北戦争前にはプランテーションだったこの地所が、いまでは昔を再現する観光用のアトラクションと化している。屋敷の外の農場では地上げが進み、悪質な企業が不法労働者を使ってサトウキビの生産をつづけている。

 あるとき、地所の端にある墓地で、喉をかき切られた移民女性の死体が発見される。容疑者は大勢いて、警察はどうやらまちがった方向に捜査を進めているらしい。そのことに気づいた〈ベル・ヴィ〉の管理人カレン・グレイは、身を危険にさらしながら独自に調べを進める。やがて事件は、過去の奴隷の失踪へとつながっていく。

〈ベル・ヴィ〉にまつわる——また、カレン自身にも関わる——隠された事実とはなんなのか。カレンが秘密に近づくにつれ、それを暴かれまいとする殺人者はますます必死になり……。

 前作同様、ブラックとしてのルーツを一方で意識しつつ、なんだかミステリとしても前作より力が入っているような……。原書の刊行が楽しみです。

 そうそう、最後になりましたが、前回書きそびれたジェラルディン・ブルックスの未訳長篇についてもひとこと。

(ちなみに先週なぜ書かなかったかといえば、とくに読者の気を引こうとしたわけではなく、まだ読めていなかったからです。なんという自転車操業。このあたり、通しのタイトルの由来です)。

 ブルックス長篇第四作のタイトルはCaleb’s Crossing、ときは1660年、舞台はマサチューセッツ湾植民地のマーサズ・ヴィニヤード島。著者が「ハーバード大学を卒業した初の先住民であるケイレブに着想を得て書いた」というアメリカ入植時代の物語で、主人公はベシア・メイフィールドという女性です。

 このベシアが例によって“知性はあるが教養はない”主人公で、ベシアの父親は牧師だし、薬草や助産の知識を持った女性が出てくるし…と、のっけからいかにもブルックス。『古書の来歴』『マーチ家の父』に比べたらやはり地味な印象はあるものの、前三作が好きだった読者にはきっと楽しめるはず、と思うのですが。

 さて。7月いっぱいお送りしてきた拙い連載も、きょうでおしまいです。4回にわたりおつきあいいただき、どうもありがとうございました。またいずれ、どこかでお目にかかれましたら幸いです。

高山真由美(たかやま まゆみ)。東京生まれ、千葉県在住。訳書に、ジェラルディン・ブルックス『マーチ家の父——もうひとつの若草物語』『灰色の季節をこえて』、アッティカ・ロック『黒き水のうねり』、ヨリス・ライエンダイク『こうして世界は誤解する』(共訳)など。ツイッターアカウント @mayu_tak

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