ケッチャム映画最高傑作との呼び声が高い『ザ・ウーマン』が10月20日よりシアターN渋谷にて公開される( http://the-woman-movie.com/ )。日本では、2010年公開の『隣の家の少女』に続く二作目の劇場公開ということになる。そのほかのジャック・ケッチャム原作の映画としてはDVD発売されている『THE LOST ザ・ロスト 失われた黒い夏』と『襲撃者の夜』、それにいまだに未紹介の『老人と犬』を原作とする『Red』がある。
原作ものの映画化には、映画自体のおもしろさとは別に、原作の雰囲気が再現されているかどうかという問題がある。たとえ映画として出来がよくても、原作とは異なるテイストの作品にしあがっていると、原作ファンとしてはどこか残念だったりするものだ。映画『隣の家の少女』も、低予算のインデペンデント映画としてがんばったことはよくわかるものの、ケッチャムの最高傑作である原作小説とは、やはり別物だった。ところが、映画『ザ・ウーマン』にはそうした不満をまったく感じない。小説版が気にいった人は映画版も気にいるはずだし、映画版が気にいった人は小説版も気にいるはずだ。というのも、映画『ザ・ウーマン』は、原作小説を映画化したというより、『MAY -メイ- 』などの新進気鋭のホラー監督ラッキー・マッキーとケッチャムとのコンビによる『ザ・ウーマン』プロジェクトの映画ヴァージョンであって、小説ヴァージョンとはもとから一対の存在だからなのだ。
ケッチャム&マッキーは、最初はメール、のちにインスタントメッセンジャーを使って頻繁にやりとりをしながら小説とシナリオを書きあげたのだそうだ。また撮影中、ケッチャムはマサチューセッツ州の田舎のロケ地にずっといて(離れたのは四日だけだったという)、予算の都合などでシナリオを変更しなければならなくなったときは、ふたりでビールやスコッチを飲みながら相談して書きなおしたらしい。
ケッチャムの諸作、特に『隣の家の少女』に衝撃を受けたマッキーは、『黒い夏』を原作とする『THE LOST ザ・ロスト 失われた黒い夏』の製作を担当した際、ケッチャムに自身の監督作『MAY -メイ- 』を渡した。ケッチャムも『MAY -メイ- 』を観て感銘を受け、ふたりは意気投合した。2008年公開の『Red』で監督に起用されたが途中でおろされて断腸の思いを味わったマッキーにとって、『ザ・ウーマン』は満を持してのプロジェクトだったことだろう。
この年の差コンビ(ケッチャム1946年生まれ、マッキー1975年生まれ)は『ザ・ウーマン』一作で終わることなく、今月はじめにケッチャム&マッキーの新作小説 I’m Not Sam が発売された。映画化に関してはまだ具体的な進展がないそうだが、映画版『ザ・ウーマン』がこれほどうまくいったのだから、実現する可能性は高いだろう。
小説版『ザ・ウーマン』は、めっぽうおもしろいが、『隣の家の少女』や『オフシーズン』などの傑作と比べると、やや深みが足りないという恨みがある。だが、ケッチャムがマッキーから新たなエネルギーを得たのは明らかだ。映画についても小説についても、このコンビからは目が離せない。
金子 浩(かねこ ひろし) |
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1958年千葉県生れ。主な訳書にジャック・ケッチャム『隣の家の少女』、チャールズ・ストロス『残虐行為記録保管所』、コリイ・ドクトロウ『リトル・ブラザー』など。 |
●映画〈ザ・ウーマン〉公式サイト
●映画〈ザ・ウーマン〉予告編
●Jack Ketchum’s RED Movie Trailer – Polish