わたしのエッセイも最終回。ここまで書いてきて、調べものでずいぶんといい思いをさせてもらってきたことをあらためて実感している。翻訳はひとりでする作業なので、調べものもたいてい、ひとりでする。編集者の協力を別にすれば、基本的に単独で完結しやすいこの仕事で、学生時代のボランティア仲間にはじまって著者、監修者と、おまけというにはあまりに贅沢なご縁を得られるとは、いい意味で大誤算だった。調べものは、調べもののみにあらず——最後に、わたしにとって最高の出会いを紹介させてもらおう。

 だいぶ昔のことになるが、翻訳の師匠から門下のメーリングリストに調べもののSOSが発信されたことがあった。英語が難解なことで有名なイギリス人作家のミステリに出てくる子どものゲームがどういうものか、誰か知らないか、という内容だった。わたしはさっそく調査にかかったものの、何せまだインターネットが充分発達していなかったころのこと。いまなら検索窓にキーワードを入力すれば苦もなく解決するこの問題について、なかなか信頼できそうな情報に行き当たらなかった。そんななか、イギリスの子ども向け学習サイトを発見。思いきって問い合わせページから質問を送ってみると、サイトを運営する女性からすぐに返信が届いた。彼女は好奇心とサービス精神が旺盛で、子どものゲーム以外にもいくつか、英語や文化に関する細かい疑問にも気前よく協力してくれたので、師匠がその一冊を訳し終えるまで、わたしは橋渡し役として彼女とメールのやりとりをすることになった。なんという役得! 本が出版され、師匠が彼女に対する謝意を書き添えてくれたあとがきを英訳してイギリスに送ったときには、わがことのように達成感を味わったものだった。

 これが、リッシーとの出会いだった。あれから十三年、彼女とのつき合いはいまでも続いている。同年輩の女性同士ということもあり、自分のことから家族のことから仕事や社会のことから、とにかく話題は尽きず、折に触れてのメール交換はずっと互いの愉しみになっている。それが高じて二〇〇七年にわたしが渡英し、知り合って八年目にしてようやく対面できたことは、リッシーとの出会いのハイライトと言っていいだろう。調べもののご縁が海を渡るなんて、いったい誰が想像しただろう。雨のロンドンで一週間、夢中でおしゃべりしたリッシーとは、これからも変わらずによい友人でいたいと願っている。

 出会い系(?)調べものの話はこれでおしまいです。最後まで読んでくださってありがとうございました。調べものはやっぱり面白い。エッセイのお務めを終え、その思いをますます強くした自称・調べもの小僧でした。

 翻訳の何が愉しいって、調べものだ。

−−と書いても、もう語弊はないですよね?

匝瑳玲子(そうさ れいこ)。静岡県生まれ、東京在住。青山学院大学卒。訳書は、ウィットマン&シフマン「FBI美術捜査官」(共訳)、ウェアリング「七秒しか記憶がもたない男 脳損傷から奇跡の回復を遂げるまで」、ランズデール「ダークライン」など。

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