第2回 洋書を買う愉しみ
前回、『ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ』の話をしました。ではそもそも、どのようにしてその原書を見つけたかと……という訳で、今回は洋書の探し方、入手方法の話をしましょう。
わたしの若い頃は、ネットなんて便利なものはありませんでした。まずはアメリカや英国のミステリー専門書店、SF専門書店の住所を調べ、そこへ「カタログを送って下さい」という手紙を書き、「国際返信用切手」というものを同封するのです。カタログが届けば、財布と相談しつつ欲しい本をチェックし、注文を出します。エアメールとはいえ国際郵便ですから、速さでは同じ国の人に負けますので、一番欲しいレア本に限って売り切れている、というのはしばしばです。それでも「これとこれとこれはありますよ。送料との合計でいくらいくらです」という連絡が来たら、郵便局で「国際郵便為替」で送金します(当時はこれが一番安い送金方法だったのです)。そして待つこと数か月(下手をすると半年)、ようやく船便で荷物が届きます(航空便だと早いけど高いのです)……。
タイトルや版元が分かっている新刊に関しては、丸善も利用しました。1980年代、丸善本店の洋書売り場にホームズを含めミステリーに詳しい店員さんがいて、その方に色々と御願いしたのです。少し前に出た本でもダメモトで注文してもらい、そのうちの一冊でも取り寄せられれば大喜びしたものです。
今はもう、そんなことはありません。わたしはアマゾンのサイトで、定期的に「Sherlock Holmes」というワードで洋書を検索します。それを刊行日順に並び替え、新刊(及び近刊)をチェックするのです。但しこれだと「Sherlock Bones」とか、「Sherilck Holmes」といったパロディはチェックできません。なので「Sherlock」だけ、「Holmes」だけでも検索します。そうすると今度は「Joe Sherlock」のようなホームズとは無関係の作者名もヒットしてしまうので、不要な本も大量に並びます。その膨大な情報の中から、自分の欲しいものだけを拾い上げて行くのです。
面倒な作業ではありますが、広大な情報の海の中から、自分好みの本の情報が網に掛かった時は、実に嬉しいものです。『ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ』の原書も、そのようにして見つけたわけですから。
アマゾンは日本のものだけでなく、アメリカや英国のものも利用します。送料は日本の方が安いのですが、本体の割引率によっては送料を含めても英米アマゾンを利用した方が安い場合があるのです。最近だと、ローレン・D・エスルマンのホームズ・パスティーシュ集『THE PERILS OF SHERLOCK HOLMES』(Tyrus Books/2012年)を、その手法で買いました。
絶版の古本に関しては、アマゾンにも登録されていますが、いかんせん種類が限られていますし、珍しいものに関してはかなりの高値です。ですから、abebooksのような古書サイトや、ebayのようなオークションサイトを利用します。オークションサイトでも即落(表示価格(2012/11/12 08:32時点)そのままで買える)のものが多いので、古書サイトと大差ありません。これらを周回し、探している古書タイトルを検索しては、登録されていないか、手の届く値段で売りに出されてないかをチェックするわけです。
それらに登録されていなくても、タイトルをネット検索し、世界のどこかのネット古書店で売っていないか、鵜の目鷹の目で探すのです。
そうこうするうちに、非英語圏の読めもしない本に手を出し始めます。シャーロック・ホームズは世界各国に訳されていますから。その全てを買おうとするのは不可能ですが、お国柄が出ている面白い表紙のものなどは、どうしても欲しくなってしまうのです。以前はそういう本を入手しようと思えば、日本シャーロック・ホームズ・クラブの大会で、海外旅行してきた会員がオークションに出したものを競り落とすか、自分で直接海外へ行って買ってくるしかありませんでした。しかしこれも、ネットの普及で格段に手に入れやすくなりました。
世界各国のアマゾンを利用する場合は、言語が違っても基本的な購入の流れは同じですから、なんとかなります。しかし非英語圏の古書サイトを利用する場合は、ちょっと一苦労します。買い物かごに入れるところまではよいのですが、こちらの住所を登録したり、支払い方法を指定したりするのは、読めない言語の場合はかなり時間がかかります。とはいえ最近は翻訳サイトなどもありますから、分からない文章はコピー&ペーストしては翻訳していけば、最終的にはなんとかなるのです。
そういった方法で手に入れた本は、ホームズ物に限りません。例えば、今から半世紀前、1961年にオランダで刊行された江戸川乱歩の短篇集『GRIEZELVERHALEN UIT JAPAN』(A.W.Bruna&Zoon)。これはずっと欲しかったものなのです。何せ、表紙を描いているのが「うさこちゃん」のディック・ブルーナなんですよ! 同じタイトルで後にも出ているのですが、この60年代のものだけ、ブルーナ表紙なのです。
三十年前、1982年にドイツで刊行された星新一のショートショート集『EIN HINTERLISTIGER PLANET』(HEYNE)などは、送料を含めても千円かからないお値段だったので、喜んで買いました。ドイツ語での注文はかなり苦労しましたが、その甲斐はあったというものです。
一番最近買ったホームズ物だと『Sherlock Holmes i pies Baskervill’ow』(Wydawnictwo TELBIT)でしょうか。これは今年(2012年)の一月に刊行されたばかりなのに、気がついた時には品切れになっていたのです。ポーランドで出た本なのですが、表紙が面白くて一目惚れし、なんとか手に入れられないか八方手を尽くしていました。ようやく手に入れてみると、これは英語教習用の『バスカヴィル家の犬』でした(中身をよく分からずに買ったのです)。なのでメインの小説部分の文章は英語なのですが、注釈やら設問やらクロスワードやらはポーランド語なのです。読めないけれど、凄く楽しいです。
英米の原書は、一応は仕事に使うかも、という前提のもとに買っていますが、非英語圏の本はもう完全に趣味です。ごくごくたまに、それらを古本エッセイで紹介する機会もないわけではありませんが。
……この手の話をしているときりがないので、この辺で。でも実は現在も、世界のあちこちに注文した本が届くのを楽しみに待っているところなのです。
◇北原尚彦(きたはら なおひこ)。東京生まれ、東京在住。青山学院大学卒。主な訳書は『ドイル傑作集 全5巻』(共編訳)『シャーロック・ホームズの栄冠』他。主な小説は『首吊少女亭』『死美人辻馬車』他。主な古書エッセイは『古本買いまくり漫遊記』『SF奇書天外』他。主な編書は『怪盗対名探偵 初期翻案集』他。 |