第37回 ヒッチコックを巡る二本の映画『ザ・ガール』と『ヒッチコック』

 先日、ケーブルテレビ局のHBOで、かのスリラー映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコック監督と、彼が『鳥』『マーニー』の主役に抜擢した女優ティッピ・ヘドレンとの関係を描いたテレビムービー『ザ・ガール』が放送されました。

 これはどうやら、11月に全米で公開される伝記映画『ヒッチコック』にあてこんだ企画のようなのですが、そこは、毎年、力の入ったミニシリーズやテレビムービーを作り続けているHBOのこと、テレビとはいえ、かなり豪華な作品となっていました。しかも、その中で描かれているヒッチコック像は、かなり強烈なものがあったのです。

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 なにせ、ここでのヒッチコックは、へドレンに恋い焦がれるあまり、彼女に肉体関係を迫り、電話をかけまくり、あげくのはてに、それを拒絶した彼女に対して冷酷なまでの仕返しをしてしまう、ストーカーまがいのセクハラオヤジなのです。

 これは、へドレン本人の証言を元にしており(原作はドナルド・スポトーの『スペルバウンド・バイ・ビューティ』 Spellbound by Beauty: Alfred Hitchcock and His Leading Ladies(未訳)、ヒッチコック自身はすでに死んでいて反論できないことから、一方的だとして批判する向きもあるようですが、セクハラはともかく、少なくともヒッチコックが、自分の元から離れようとしたへドレンに対し、契約を盾にとってそれを妨害、結果的にへドレンの役者としてのキャリアをほぼ潰してしまったことは、確かなようです。

 また、へドレン以前にも、イングリッド・バーグマン、グレース・ケリー、ジャネット・リーと、金髪のクール・ビューティを主演女優に据えることに執心し続けたことも、事実であります。

 筆者にとってヒッチコックと言えば、テレビの『ヒッチコック劇場』において、毎回口上を述べる、太ったユーモラスなおじさん(これはもちろん、吹き替えを担当した熊倉一雄氏の貢献度が高いとも思いますが)というイメージがあるのですが、『ザ・ガール』では、本人は自分の容姿に激しいコンプレックスを抱いていたように描かれていて、なんとも言い難い気持ちになりました。

 ともあれ、ヒッチコック役のトビー・ジョーンズ、へドレン役のシエナ・ミラーが共に非常な熱演で見応えがありました。特にミラーは、本人も、へドレン同様モデル出身で、役者に転向後一躍有名になったものの、その後いまいちパッとしないあたりも似ていると言えば似ているのですが、全盛期のへドレンよりもクールな、いかにもヒッチコックが好みそうな美女っぷりが目を引きました。

 ちなみに、もう一方の伝記映画『ヒッチコック』のほうは、『サイコ』製作時の舞台裏を描いた、スティーヴン・レベロの『アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ』を原作としており、それまでにない斬新なスリラーを撮ろうと苦闘するヒッチコックの姿を描いたものになっているようです。

 ここでヒッチコックを演じているのは、ハンニバル・レクター役でもお馴染みの名優アンソニー・ホプキンス。そして、『サイコ』の主演女優であるジャネット・リーは、スカーレット・ヨハンソンが演じ、かの有名なシャワーシーンに挑んでいるそうです。

 今となっては、ヒッチコックの作品はいずれもミステリ映画の古典扱いとなっていますが、初公開当時、それらの多くは、ストーリー展開の巧みさだけでなく、斬新さにおいても最先端を走っていたと言っていいでしょう。

 特に『サイコ』と『鳥』は、スラッシャー映画と動物パニック映画の先駆けなのですが、当時はいずれもあまりに新しすぎて、その製作において、ヒッチコックは無理解な人々相手に苦労していたようです。

 なんせ、1960年と1963年の作品ですからね。似たような作品が続々と登場するのは70年代に入ってからですから、いかにヒッチコックが最先端を走っていたか、わかるというものです。

『サイコ』、『鳥』、『マーニー』という、ヒッチコック後期の3作品の舞台裏に迫ったこの2本の映画、どちらも早く日本でも見ることができるといいですね。

 さて、今回はやはりヒッチコックに関連した本を紹介しましょう。

 まず、ヒッチコックの伝記としては、『ザ・ガール』の原作も書いているドナルド・スポトーの『ヒッチコック 映画と生涯』が、大部ではありますが、それだけにその生涯を網羅しています。

 スポトーには『アート・オブ・ヒッチコック 53本の映画術』というヒッチコック作品の解説本もあります。

 ですが、ヒッチコック作品の解題ということでは、なんといってもヒッチコック本人が、フランスの鬼才監督フランソワ・トリュフォー相手に存分に語り尽くした『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』でしょう。

 もちろん、ヒッチコック作品の原作も翻訳されています。ダフネ デュ・モーリアの『鳥—デュ・モーリア傑作集』やロバート ブロックの『サイコ』など、映画と比較しながら読んでもおもしろいはずです。

 そう言えば、ヒッチコックがユニバーサル映画で撮った14作品を全て収録したブルーレイボックス『ヒッチコック・プレミアム・コレクション』がこの11月にちょうど発売されたばかりでもあります。未見の作品がある方は、この機会にぜひご覧になられてはいかがでしょうか。……私は、DVDで全部持ってるので、ちょっとどうしたものかと。ぐむむむむ……。

●『ザ・ガール』予告編

●『ヒッチコック』予告編

●『鳥』予告編

●『マーニー』予告編

●『サイコ』予告編

〔挿絵:水玉螢之丞〕  

堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。最近の仕事はテレビアニメ『エウレカセブンAO』のSF設定。最新刊は『WE3』(小学館集英社プロダクション)。

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