第3回

 早いもので2012年もあと二週間。このエッセイも最終回となりました。怖い本、乙女な本ときて、最後に紹介するのは仕事部屋のすぐ手が届くところに置いてあり、何かの拍子にふと手に取ってしまう、まさに私の“座右の書”です。

ユリイカ臨時増刊『総特集・悪趣味大全』(1995年4月発行)

20121215194142.jpg「絶版本・絶版本ときて、最後は雑誌かよ」という声が聞こえてきそうです。本当に申し訳ありません。

 本誌との出会いは学生時代と記憶していましたが、1995年といえばすでに卒業し、気楽なアルバイト生活を送っていた頃と思われます。ふと入った書店で見かけて衝動買いしたものですが“総特集”“大全”と銘打つだけあって、合計386ページ、最初から最後まで悪趣味一色。ジャンルも美術から文学、音楽、風俗など、まさにオールラウンドに悪趣味を集めてきましたという感じで、『ピンク・フラミンゴ』から『ティファニーで朝食を』までが俎上に載せられる力の入った一冊。

 学生時代はサブカルに興味を持ったりして“ほどほどに悪趣味”なものはいろいろと見てきましたが、本誌で紹介されているのはそれまで見たこともない突き抜けた悪趣味ばかり。例えばボブ・フラナガンというアーティストのパフォーマンスは、陰嚢を釘で板に打ちつけたりするもの。彼がなぜそのようなパフォーマンスに至ったかというインタビューは、非常に読みごたえがあります。

 さらに衝撃的だったのはデニス・クーパーの小説『ジャーク』の抄録。これは実際にアメリカであった猟奇殺人事件を基にした物語で、訳者の風間賢二氏の付記にはこのように紹介されています。

「物語はメタフィクションの構成を取っており、語り手のデイヴィッド・ブルックスが大学教授と教授が受け持つクラスの生徒たちに自分の創作した人形劇(その内容がディーンを主犯とする大量殺人事件である)を披露するという形式になっている。その人形劇の幕間には、劇の内容を補足するためにデイヴィッドが書いたふたつのノンフィクションが挿入されている」

 これだけ読んでも「???」という感じですが、『悪趣味大全』に収録されていたのは中でもホットな場面で、全訳出版を心待ちにしたのはいうまでもありません。全訳版『ジャーク』はまさに上記の紹介のままの小説で、とても面白いのでぜひ読んでみてください。

 全体に、よくぞここまでといえるほど悪趣味が詰め込まれた本誌ですが、当時の私はそれを読んで、何となく「ああ、これでいいのだ」と思ったのでした。

 何がいいのかわからないけれど、これでいいのだと。

 本誌では他にも“バッドテイスト”な小説や音楽、映画、漫画などが山ほど紹介されており、世の中にはまだまだ自分の知らない世界があって、その世界ならではの素敵なものがあることを知りました。

 まだamazonもなかった頃、神田の洋書屋をあてもなくうろつきながら、自分もいつか、そんな素敵なものを見つけて紹介できたらいいなと考えていたことを思い出します。

 思えばそれが、翻訳という仕事を意識したきっかけだったかもしれません。

 3回にわたりごくごく私的なつぶやきにおつき合いいただき、ありがとうございました。

 どうぞ良い年をお迎えください。

白須 清美(しらす きよみ)山梨県生まれ、東京都在住。訳書にパトリック・クェンティン『迷走パズル』『俳優パズル』、ニコラス・ブレイク『ワンダーランドの悪意』、マイケル・イネス『霧と雪』、ローリ・フォスター『流浪のヴィーナス』、ジェフリー・アボット『処刑と拷問の事典』(共訳)など。

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