(1)紆余曲折の向こう側

 突貫仕事に追われていた初秋、翻訳ミステリー大賞シンジケートから不意のメールがとどいた。「翻訳家エッセイの執筆者が底をつきかけているので、ご協力いただけないか」という打診だった。

 これといった突出した訳業がそんなにあるわけでもなく、語るほどの経験もないので、最初は断ろうかとも思ったのだが、執筆者が払底しているのは事実のようで、こういうときこそ人様のお役にたたねばと、いつもの義侠心にかられ(これがいつも墓穴を掘ることになるんだよな)、受けてたつことにした。

 しかし、何を書けばいいんだろう?

 自分にしか語れないことって、何かあるだろうか?

 さんざん考えたすえに、ほかの翻訳家のみなさんとは違う道程でここまできたことについて書いてみようかと決めた。そして、3回分の場所をいただけるということで、このような構成を考えた。

1)なぜ、こんな仕事をするようになったのか?

2)これまでの20年あまりのプロ活動のなかで遭遇したトラブル

3)これからの展望

 そもそも、海外の娯楽文化にふれるきっかけになったのは、幼少期(3〜5歳)に見た海外もののテレビドラマだった。母が海外ドラマ好きだったこともあって、<0011ナポレオン・ソロ><逃亡者><ヒッチコック劇場><奥さまは魔女>(以上、再放送なども混在)などを意識的に毎週見ていたものである。自分一人で不思議なSF系の番組を勝手に視聴していたのが、のちに<ミステリーゾーン><ウルトラゾーン(アウターリミッツ)>だったことは、あとでわかった。

 小学校にあがる前年の冬だったか、休日の夕方、父親がテレビを見ていて、それになんとなくつきあったことをいまでも鮮明に憶えている。舞台は探査宇宙船のなか。偶然に出くわした小型の人工物を回収したところ、それは自意識のあるスーパーコンピューターのようなもので、宇宙船を支配するようになってしまう。乗員たちが知恵をめぐらせてそいつを放り出すまでを描いていて、とても面白かった。それが<宇宙大作戦(スター・トレック)>の「超小型宇宙船ノーマッドの謎」(*1)だと、高校生のときに『宇宙大作戦 上陸休暇中止!』(ハヤカワ文庫SF)を読んでいて気づいた。それが4年前、21世紀版の映画『スター・トレック』のノベライズを任せてもらえるきっかけになったのかもしれないと思うと、不思議な因縁を感じる。

 ぼくの世代はテレビっ子世代であり、海外ドラマの洗礼をうけ、さらに出版にしてもほかのメディアにしても、つねにその勃興から浸透までをじかに体験できた、SF関係者が異様に多い層である。そのなかにいて、ぼくは特に海外ドラマの影響をうけたクチで、それはのちの訳業に如実にあらわれている。

 最初に出させてもらった単行本が、ノベライズの『新トワイライトゾーン』(ストラジンスキー/扶桑社ミステリー)だったのが象徴的だ。以後、テレビドラマ関連では<ミステリーゾーン><アウターリミッツ>の原作が複数入った『地球の静止する日』(角川文庫)、『運命のボタン』(マシスン/ハヤカワ文庫NV)を編み、『ダーク・シャドウ 血の唇』(ロス/扶桑社ミステリー)、『O.C.』(竹書房文庫)、映画版『スター・トレック』(フォスター/角川文庫・共訳)などを訳出し、<X—ファイル><ER緊急救命室>などの番組の攻略本も作った。この傾向は、たぶんこれからも続くだろう(今年も予定あり)。

 話は変わって、英語を勉強以外で意識して使うようになったのは中学の一年生のときだ。英語を習いはじめたのをきっかけに、海外の有名人にファンレターを書くようになったのである。

 でも、どちらかというと人気俳優よりも映画の裏方の人間に興味があって、監督や映画音楽作曲家に出した。いま考えると、とんでもない話だよなあ(笑)。

そして、はじめて返事をもらったのが、<パピヨン><パットン大戦車軍団><エイリアン><チャイナタウン>などの巨匠、故ジェリー・ゴールドスミスだったのだ。Jerry Goldsmith のレターヘッドのある便箋に、彼が口述した内容を秘書がタイプ打ちし、ジェリーが署名だけをしているものだった。それから数回やりとりがあったが、彼が忙しくなったためだろう、返事は来なくなった。もらった手紙はお宝として、いまでも大切に保管してある。

 原書を読むようになったきっかけは、SF映画ブームで登場した日本版<スターログ>などのSF特集雑誌&ムックのせいで、そこに紹介されている英米のコンパニオンブックなどを銀座のイエナ書店で買って、高校の友人でいまは脳神経外科の医者をやっているNなどと一緒に辞書をひきながら読んだものだ。

 苦学生をしながら大学の法学部に通っていたのだが、父親が商売に失敗して破産し、さらに蒸発(それっきり四半世紀あまり音信不通である。ちなみにこの父親、大手に勤めては退社し、脱サラで事業をやっては破産、という工程を繰り返したツワモノだった)。しかたがなく働くようになったが、そのおかげで逆に時間と金銭の余裕ができて、ファンダム活動をはじめた。

 情報ファンジンを発行するようになり、そのなかで定期的に出版社の編集氏の取材をするようになった。ものを知らないアマチュアに、怖いものなど何もない。名物編集者の多くと、ここで知り合うようになったのだ。東京創元社の現社長の長谷川氏、元社長さんの戸川氏、小浜氏、松浦氏。文藝春秋の故・松浦玲氏。角川書店の田上廣氏、大山聡氏。早川書房の故・菅野國彦氏に、今岡氏、引田氏、村山氏、野崎氏、加藤氏。新潮社の英保未来氏。サンケイ出版&扶桑社の金子氏。サンリオ出版の西村俊昭氏。青心社の小笠原氏。誰もが大きな業績を残してきた方ばかり。現在は他社で活躍されている野崎氏には、当時、SFM誌上で野田大元帥と対談させていただく場をいただき、いまでも感謝している。ファンジンの展開・販売では茶木則雄氏や白泉社の細田均氏にもお世話になったし、活動中に偶然、まだ徳間書店で編集をしてらっしゃった時期の大塚英志氏にもお会いしたことがある。茶木氏の主宰していた飲み会で、まだセミプロだった北原尚彦氏、杉江松恋氏、村上貴史氏とも出会った。

 こういった活動の延長線上で、自分も評論などを書くようになり、そのほか物書きの範疇に入るものはコピーライターから放送作家まで、なんでもやった。この時期にも、子供のころから大ファンだった南山宏氏、豊田有恒氏などにとてもお世話になることがあって、感激したものだ(のちに南山氏には翻訳の協力をお願いすることになった。また一緒にやりましょうね、南山先生!)。そして、翻訳業にも参加させていただくようになったというしだいである。この時期、ライターをさせてもらっていたマガジンハウスで、仲良くさせていただいていたオジサンが、のちにあの椎根和氏だとわかって驚いたこともあった。

 業界の末端に位置する人間なのに変わりはないが、それでも、ペンネームや団体名で出したもの、ほかの名手の協力を得たものもふくめて、訳書・著書は70冊を超えた。

 ここまでやってこられたのは、いまさらながら「ともかく努力し勉強すること」に尽きると思う。次回、それについて具体例をあげながらご説明しようと思う。

(注釈)

*1

 1980年代、<スペース1999>の第2シーズンを見ていたら、これのあからさまで下手クソなパクリ作品に遭遇して笑った(欧米では有名な話だと、のちに知る)。そして、英米のテレビ界には、救いようのないアホ・プロデューサーがいることを知った(この表現にふさわしいプロデューサーを、いままでに3人見つけている)。ぼくの言う“アホ・プロデューサー”とは「ハイエナのように他人の番組を乗っ取り、子供向けにするともっと視聴率が上がるとちゃちな内容に変更し、番組の質を低下させたあげく、すぐに打ち切りに追い込まれる。よその番組のパクリなどはへっちゃら」なタイプの人間のことで、ここで問題なのは故Fred Freibergerである。

 履歴をググってもらえばわかることだが、<宇宙大作戦>のテコ入れとして第3シーズンに乗り込んできて、子供向けの内容に変更したあげく番組打ち切りを招いた人物である。その次に乗り込んだのが<スペース1999>の第2シーズンで、変身能力のあるエイリアン美女マヤというキャラクターを生み出した点は悪くないが、シリーズを通して脚本の出来が悲惨きわまりなく、本国イギリスでは穴埋め番組扱いに降格して打ち切り。その次が、映画<ウエストワールド>のテレビ版<Beyond Westworld>で、これは制作中に出来の悪さが露呈して、放映自体が中止。このあと、業績悪化で持っていた<スーパーマン>の映画化権利をキャノンに売ったあとの製作者サルキンド親子のところに出向き、派生権利はまだ残っているからと、スーパーマンの息子が活躍する<Superboy>を企画。これは企画とレギュラー脚本だけで制作には口を出さなかったおかげか、幼稚な内容で充分な子供番組枠だったのが幸いしたか、数年続いたものの出来はよろしくなかった。

 ジェリー&シルヴィア・アンダーソン夫妻のあいだに亀裂を作るきっかけとなった人間の一人という点でも、忘れてはならない(苦笑)。

尾之上 浩司◇(おのうえ・こうじ)東京都大田区出身・神奈川県在住。怪獣小説翻訳家・メディア評論家。主な訳書にリチャード・マシスン作品『ある日どこかで』『奇蹟の輝き』(創元推理文庫)『アイ・アム・レジェンド』『リアル・スティール』(ハヤカワ文庫NV)。さらに、カークマン&ボナンジンガ『ウォーキング・デッド ガバナーの誕生』(角川文庫)、キャンベルほか『クトゥルフ神話への招待』(扶桑社ミステリー)など多数あり。

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