第38回 現代のロビン・フッドか、仕置き人か?
     緑色の射手が悪を撃ち抜くアクションドラマ『アロー』

 年末年始を実家で過ごそうと日本に帰ってきて、いきなり夏服のまま真冬の寒さにさらされている堺です。皆さま、風邪にはご注意ください。

 それはさておき、2012年のアメリカ映画はアメコミ原作ものが席巻しておりました。『アメイジング・スパイダーマン』、『ダークナイト・ライジング』、『アベンジャーズ』の三連発は強烈でしたからねー。

 来年以降も、『アイアンマン3』、『マン・オブ・スティール』、『アントマン』、『マイティ・ソー2』等々、新作の予定が目白押しなのですが、実はテレビの方でもいろいろなドラマ化企画が進行中との話も出ております。

 そんな中、今年真っ先に登場したのが、今回ご紹介する『アロー』です。

 これは、スーパーマンやバットマンと同じDCコミックスのスーパーヒーローの一人、グリーンアローを主人公にした作品です。

 スーパーヒーローと言っても、このグリーンアローには、特殊な超能力はありません。ただ一つ、弓矢の名手であるということを除いては。

 緑色のコスチュームに身を包んだ、弓矢の使い手。つまり彼は現代版ロビン・フッドなのです。

 彼の正体は、オリバー・クィーンという大富豪です。昼は陽気な大金持ちのプレイボーイという姿を見せながら、夜になれば緑色の射手となって悪を討つ正義の味方となる、というのが基本設定。

 しかし、これってどこかで聞いたような気がしませんか? バットマンやグリーン・ホーネットといったヒーローたちとそっくりなんですよね。弓矢をパワードスーツに替えたらアイアンマンともそっくり(ちなみに、似てると言えば、「アベンジャーズ」に出てくるホークアイも弓矢の名手ですが、実はあれ、マーベル・コミックスがDCのグリーン・アローをパクって作り出したキャラだったりするのです)。

 まあ、こういうキャラ設定は、アメリカにおける古いタイプのヒーローものの典型だったりするわけなんですが、いくらなんでも先行キャラに似すぎているということもあってか、原作そのものもそんなに人気がある方ではなかったのです。

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 そこで、今回のテレビドラマ化では、主人公及びその周辺のキャラクター設定に大きな変更が加えられています。

 まず、主人公が若い。原作じゃあごひげ蓄えた中年のおじさんだったのを20代後半のイケメンに変更、それに合わせて登場人物の平均年齢もグッと引き下げてます。これは、同じテレビ局でつい最近まで10シーズンも続いた長寿シリーズだった『ヤング・スーパーマン』と同じやり方ですね(その『ヤング・スーパーマン』にもグリーンアローは登場してたんですけど、今回の作品は全く別設定のパラレルワールドなんで、全然別人だったりします)。

 次に、主人公の動機を一般的な社会正義から個人的な復讐に変えてあります。本作のオリバーくんは、父親と大型ヨットで海外旅行中、船が沈没してしまい、一人だけ生き残ります。このとき、彼の父は食料の消費を減らして息子を助けるために、自ら命を断ってしまうのですが、その直前、オリバーくんにある告白をします。自分を含む一部の金持ちたちが悪人たちと手を組み、今まで街を裏から牛耳ってきた、というのです。実は、ヨットを事故に見せかけて沈めたのも、オリバーくんの父の裏切りを恐れた悪人たちの仕業だったのです。彼はオリバーくんに、その悪漢たちの名前を記した手帳を渡し、生きて帰ったら街に正義を取り戻してくれと言い残して自害してしまいます。

 そしてオリバーくんは中国沖の小島に漂着、そこで数年間サバイバルを続けるあいだに、軟弱なプレイボーイから屈強な弓矢の達人へと成長したのち、ついにアメリカへと生還します。

 ところが、家に帰ると母親はとっくに再婚してるわ、かつての恋人は冷たいわと、まさにハムレットみたいな状態で、彼の居場所はなくなってしまっていました。

 そんな中、警察を含め、誰も信用できないオリバーくんは、フードで顔を隠し、父の遺言に従って、街に巣くう悪人どもを一人ずつ狩り始めるのでした。

 ここで強烈なのは、原作の、いかにもスーパーヒーローらしい「罪を憎んで人を憎まず」路線はほとんど放棄しちゃってること。悪人をなるべく殺さずに捕まえて、その悪事を白日の下にさらそうとはするものの、必要とあらばまったくためらわずに相手を殺しまくっちゃうのです。アメコミヒーローと言うより、ノリはもろに『マフィアへの挑戦』とか『必殺』とか、そっち系に近いかも。

 おかげで、警察からは殺人犯として追われ、世間からも恐れられるというアンチヒーローとなってしまっているのですが、それが作品にリアリティを与えているのも確かでしょう。

 リアリティといえば、毎回の激しいアクションシーンも見物です。銃器を手にした大勢の敵を相手取って、弓矢だけで戦いを挑む主人公の活躍を、嘘っぽく見えないようになんとか成立させるため、激しい殺陣が毎回展開されるのですが、これが実にかっこいい。映画『トランスポーター』シリーズなんかにも通じる現代的な格闘アクションが実に小気味良いのです。

 というわけで、この秋の新番組の中でも特に好評なうちの一本。かっこいいヒーローの活躍を見てスカッとしたい人にはちょーお勧めなのですが、日本はやっぱりテレビよりソフト化先行かなあ?

 そういえば、タイトルこそ『アロー』となっていますが、今のところドラマの本編中では、グリーンアローともアローとも誰も呼ばず、謎のビジランテ(自警団員)としか見なされていません。このへんも現代的かも。

 さて、ここ数年、日本では何度目かの海外コミックス翻訳の波がやってきております。

 アメコミ翻訳でファンにはお馴染みの小学館集英社プロダクション(旧小学館プロダクション)とヴィレッジブックス(旧ジャイブ)に加えて、国書刊行会がBD(ベデ)、すなわちフレンチ・コミックスの翻訳を始め、小プロもアメコミに加えてBD翻訳を開始して、いまやバラエティ豊かな海外コミックス紹介が着々と進められているのです。

 個人的には、アメリカのIDWという出版社が出している《悪党パーカー》シリーズのコミカライズ版(アメコミ界のアカデミー賞であるアイズナー賞を今年受賞)をぜひ日本でも出版して欲しいのですが。……難しいかなあ、やっぱり。

 ま、それはさておき、今回はまず、そんな翻訳版コミックスの中から、グリーン・アローが活躍する『グリーンランタン/グリーンアロー』と、グリーン・アローやグリーン・ランタンはもちろん、スーパーマンやバットマンも所属するDCコミックスの最強ヒーローチームの誕生を描いた最新コミック『ジャスティス・リーグ:誕生(The New 52!)』をご紹介しておきます。

 かたやグリーンアローを一躍人気者にした70年代らしい政治色豊かな異色作、かたや昨年アメリカで刊行されたばかりの最新作と、続けて読むと、新旧アメコミの絵柄やストーリーの違いも堪能できますぞ。

 次に、手前味噌ですが私が翻訳したアメコミもご紹介させてください。

 まずは、パルプマガジンっぽいヒーローものと怪奇趣味とを融合させ、ラブクラフトのクトゥルー神話っぽいネタで味つけしたアメリカ版『ゲゲゲの鬼太郎』とも呼べる怪人ヘルボーイの活躍を描いた『ヘルボーイ 壱』『ヘルボーイ 弐』

 でもって、第二次大戦中の国威高揚漫画として始まり、ベトナム戦争時あたりからは正義の意味に悩むヒーローへと変貌、まさにアメリカを象徴するヒーローとなったキャプテン・アメリカの、現代における活躍を描いた『キャプテン・アメリカ ウインターソルジャー』

 そして、兵器に改造されてしまった3匹の愛玩動物たちのサバイバルを強烈な暴力描写で描いたSFもの『WE3』

 いずれも、訳者の私が太鼓判を押す現代アメリカン・コミックスの傑作です。読まず嫌いの方も多いとは思いますが、ぜひとも一度手に取ってやってください。

 さて、「で、アメコミってどんなものなの?」というところに興味のある向きには、アメコミ紹介の第一人者、小野耕世さんの『アメリカン・コミックス大全』と、その小野さんが訳した『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』をお勧めします。いずれも、アメコミがどのようなもので、アメリカの文化の中にどのような形で息づいているのかを知る上でとても貴重でおもしろい資料になっています。

 ちなみに、アメコミの歴史は、パルプ雑誌やラジオドラマ、初期の連続活劇映画、さらには黎明期のテレビドラマなどの歴史とも密接に絡み合っていて、それらを介してSF小説やミステリ小説とも歴史的な関わり合いが深く、個々のジャンル史だけを見ていると見逃してしまいそうになる重要な歴史的転換点の一端を形成していたりもするのですが、それらアメリカのポップカルチャー史全体を俯瞰した研究は、アメリカ本国でもなかなか見当たらないのが残念なところであります。

 いや、何が言いたいのかっていうと、要は「アメコミってアメリカのミステリ小説ともすごく縁が深いんですよね」ってことなんですけどね。という強引なオチで、今回は許してもらえませんでしょうか、皆さま?

〔挿絵:水玉螢之丞〕  

●「アロー」予告編

堺 三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。最近の仕事はテレビアニメ『エウレカセブンAO』のSF設定。最新刊は『WE3』(小学館集英社プロダクション)。

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