1 ある酒宴にて

 はじめまして。今月この欄を担当させていただく大野です。過去にミステリを訳したことがないわけではないのですが、ほとんどがノンフィクションかロマンスなので、残念ながらミステリがらみのいいネタは持ち合わせておりません。そこで、フラというわたしのハワイアンな趣味が意外なところで仕事に結びつき、つい最近、ハワイを舞台にした翻訳小説を電子書籍としてKindleストアからリリースすることになったいきさつについて、3回にわたって書いていこうと思います。

 電子書籍元年といわれた2010年をとうに過ぎた昨年末、来るぞ来るぞといいながらなかなか来なかったオオカミ少年Kindleが、ようやく日本に上陸いたしました。すでにサクサク使いこなしてらっしゃる方も多いのでは。いよいよ日本にも本格的な電子書籍時代が到来するのでは、と期待が高まります。

 もっともこのお正月、大手家電量販店の売り場に立つ甥に電子書籍リーダーの売れ行きをたずねたところ、きょとんとした顔で、「でんししょせきりーだー? きんどる?」と返されたので、まだ道のりは長く険しいのかもしれません。

 それにしても便利です、Kindle。わたしは日本上陸前からAmazon.comで購入したKindle3を愛用していましたが、はじめてポチして洋書を購入したときの感動は、いまでも忘れられません。ものの数秒で手もとに洋書が届くなんて。こんなこと、少し前の世の中では考えられませんでした。隔世の感あり。

 さて、電子版訳書をリリースすることになったそもそものきっかけは、懇意にしているとある地域の起業家さんたちとの酒宴の席でした。

 そういう席では、仕事上の利害がいっさい絡んでいないのをいいことに、大口を叩いたりはったりをかましたりほらを吹いたりと、いつも好き放題させてもらっています。そしてKindle3入手直後に催された酒宴には、わざわざ現物を持参し、これぞ出版界の最新デバイスだとばかりに自慢してまわり、起業家のみなさんがしきりに感心する光景をながめては、ひとり悦に入っておりました。

 やがていい感じに酔いがまわってきたわたしは、さらに話題を自己中心的な方向に引っ張り、ハワイ関係の翻訳書について語りはじめたのでした。フラが趣味の「踊る翻訳者」としては、当然ながらハワイを舞台にした翻訳小説をあれこれ読んでみたいと思うのですが、これが意外と見あたらないのです。ハワイそのものにかんする書籍は多いのに、ハワイを舞台にした翻訳小説となると、なぜかがくんと数が減ってしまうようでした。日本人にこれほど人気のハワイなのに、なぜ?? (ちなみに日本のフラ人口は、本場ハワイをはるかにしのぐ50万人とも100万人ともいわれております)

 それにはなにかもっともな理由があるのかもしれませんし、ひょっとしたらわたしの探し方が悪いだけなのかもしれません。でもとにかく、わたしとしてはそのことが不思議でもあり不満でもあったため、心やさしく素直な起業家のみなさんの注目がすばらしきKindle3に集まっている機会に乗じて、ハワイアン翻訳小説不在の現状についてくどくどと語り聞かせたのでした。

 酔っぱらいとは、まことやっかいなものです。

 それからしばらくたったときのこと。わたしのもとへ一通のメールが届きました。見れば、「電子出版社立ち上げ計画書」とあるではないですか。

 こ、これはいったい──!?

 差出人は、IT企業を退社したのち、まだ起業にはいたっていないものの、あれこれ未来の構想を練っていた起業家予備軍のU氏で、件の酒宴にも参加していました。

 じつはわたしが持参したKindle3が、U氏の起業家魂に火をつけたようなのです。そして氏は、大胆にも電子書籍事業に乗りだそうと考え、協力を求めてきたのでした。

 最終的な決め手は、わたしが連呼していた「ハワイ」という言葉だったとか。

 それがどういうことなのかについては、また次回。

大野 晶子◇(おおの あきこ)。東京都在住。最近の訳書は、C・キャンプ『唇はスキャンダル』、J・コーエン『チンパンジーはなぜヒトにならなかったのか』、R・L・スティーヴンソン『こびんの悪魔 声の島』、J・ロンドン『ジャック・ロンドン ハワイ短篇集』など。

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