その2 詩歌はことばの宝箱

 こんにちは。前回はわたしがワクワクする言葉を探して生きさまようになった(笑)きっかけについて書きましたが、今回は、そうした言葉がそれこそ綺羅星のごとく見つかる場所のことをお話ししようと思います。ずばり、それは「詩歌」です。

 たとえば、この詩をご存じでしょうか?

つぎねぷ

ぷとつぎねぷトいってみる

まくらコトばがあるト

ねてみたくなる

つぎねぷや

やましロがぱを

みやノぼり

あをにヨし

ならをすギ

をだて

やまトをすギ

わがみがぽしくにぱ

かづらキたかみや

わぎぺノあたり

(略)

コトぱをトぽしてさぱる

なにに

なににかぱわからない

ゆるしをコぷために

かいてゐるのだト

おもぷトきがすこしある

 この、言葉がプワプワ、プクプクとあぶくだっているような詩は、藤井貞和「つぎねぷと言ってみた」という作品から抜粋しました。どうでしょう、声に出して読んでみると、意味はわからなくても何だかせつないような、不思議な感覚が湧いてきて、同時に、言葉を口の中でころがすのが楽しくなってきませんか?

 では続いてこれを。

雨蛙透明な円ころがれり

天の川わたるお多福豆一列

日本語をはなれし蝶のハヒフヘホ

おぼろ夜の東京だいだらぼっちがゆく

 この四句は俳人・加藤楸邨の作品です。戦前から活躍し、最初はいわゆる正統的な表現をしていたのが、だんだんとこうした、一種ファンタジーのような、ユーモアのある自由な作風を確立していった方で、わたしは知るなりこの方の句が大好きになりました。

 こんなふうに、詩歌の世界には、目で読んでも、声に出してもワクワクする言葉があふれています。

古着屋の古着のなかに失踪しさよなら三角またきて四角(寺山修司)

麻薬中毒重婚浮浪不法所持サイコロ賭博われのブルース(同)

しゃぼん玉の中へは

庭は這入れません

まはりをくるくる廻つてゐます

(ジャン・コクトー「シャボン玉」堀口大學訳)

戀人よ、戀人よ、

雪はその白さから

治る日はないだらう。

(フランシス・ジャム「哀歌」より 堀口大學訳)

地に蛍 空に未確認飛行物 あはれをかしきこの世の光(藤井貞和「あんなに光るものなあに?」より)

空を行く船に万国旗はためけり一件落着今宵ハロウィン(同)

くっついて歩く男も梅雨空も 叩きのめしてすやすや眠る(林あまり)

どこまでもつづく平原、球形の空 天動説のよみがえる国(同「ポルトガル」)

零は0

0は円

宇宙のまる、地平線のまる、りんごのまる

(略)

1の基

ぎっしりと充実したこの世の零よ

0の中で人が生き

人はやがて零になる

(略)

私は0をふくらます、

ゴム風船のように、あたたかい私の息で

この世の中のいっさいの0

はてしない虚無を

両手の中でプウプウとふくらます。

いかが?

地球はかるい

宇宙はかるい

(石垣りん 「0」より)

 詩や歌は字数や形式に制限があるためか、書き手の思念や感情がぎゅっと凝縮された濃さ、よく研いだ刀で思いきりズバッと切ったような鋭さがあります。それだけに、言葉の面白さ・斬新さだけでなく、それがえがくイメージの新しさ・あざやかさがひときわ光り、わたしはそういう詩歌に出会うたび、はっとして何ともワクワクした気持ちになります。新しい世界へのドアが開かれたような感じです。それに、短いので忙しいときでも読めるのも利点。ここだけの話、俳句や短歌なら、トイレの中の十秒あれば読めますから(笑)。

 とはいえ、その残響が十秒ではすまないものに出会うこともあります。

うば玉のやみのくらきにあま雲のやへ雲がくれ雁ぞ鳴(なく)なり

 これは源実朝の歌集『金塊和歌集』にある「黒」という題の歌です。実朝といえば、わずか十一歳で鎌倉幕府の第三代将軍になり、二十七歳の若さで甥に暗殺された人物。万葉集に心酔し、藤原定家に教えを乞うたこともあり、弱冠二十二歳で『金塊』を編んでいますが、権力の頂点にありながら、「黒」という異様な題で、烏羽玉・闇・暗き・雨雲・八重雲とまさに黒づくしの世界と、それを切り裂く雁の叫び、という光景を詠みながら、その目に何を見ていたものか。最初にこの歌を知ったのは二十代の頃でしたが、以来、折にふれて思い出す歌です。

 では最後に、わたしのいちばん好きな詩の一節をお届けします。呪文のような、祝詞のような、ラヴレターのような、この不思議な言葉の連なりとリズムを楽しんでください。

満月が到着する頃

わたしはキューバのサンティアゴへ行こう、

サンティアゴへ行こう。

黒い水の馬車に乗って。

サンティアゴへ行こう。

椰子の天井が歌うだろう。

サンティアゴへ行こう。

椰子の葉がこうのとりになろうとする頃。

サンティアゴへ行こう。

そして、バナナの実がくらげになろうとする頃。

サンティアゴへ行こう。

フォンセーカの金髪の頭を連れて。

サンティアゴへ行こう。

そして ロメオとジュリエットのバラを持ち。

サンティアゴへ行こう。

(ガルシア=ロルカ「キューバの黒人の楽の調べ」小海永二訳より)

青木 悦子(あおき えつこ)東京出身&在住。本とクラシックとブライスを偏愛し、別腹でマンガ中毒。翻訳ミステリー東東京読書会の世話人。主な訳書:マイクル・コリータ『冷たい川が呼ぶ』『夜を希(ねが)う』、J・D・ロブ〈イヴ&ローク・シリーズ〉、ジェシー・ハンター『よい子はみんな天国へ』など。ツイッターアカウントは@hoodusagi

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