はじめまして、武藤崇恵と申します。

 この欄ではとても楽しいうえに、ためになるすてきなエッセイが続いておりますので、できればそれに続きたいところですが、残念ながらそんな知識も器量もありませんので、つれづれの話におつきあいいただければと思います。

 さて、なにを書こうかと考えたときに真っ先に頭に浮かんだのは、いま一番気に入っている写真集でした。なので、それをご紹介することにします。『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』という写真集です。

 一昨年の震災はだれもが心を痛めたものと思います。つい先日、ニューヨーク在住の友人と話をしていたら、かの地ではなにもつけずにbefore、afterといえば、それはすなわち9.11前、あとのことを指すそうです。多くの日本人にとっても、3.11の前、あとで通じるのではないでしょうか。いや、関西の方にとっては、先の震災のほうが大事件だったかもしれませんね。しかし、おそらくは年齢のせいもあるかとは思いますが、わたしにとっては人生観が変わるほどの衝撃でした。自分になにができるだろうと、あれほど真剣に考えたのも初めてのことです。

 写真集の話に戻りましょう。たまたま、去年の暮れに家人が仕事でご一緒した水中カメラマンが、この一年半のあいだ、岩手県宮古湾に潜った記録です。おそらくは漁業権の絡みだろうと思いますが、あのあたりはダイバーに開放されていないそうで、そういった意味でも貴重な写真のようです。

 なによりもダンゴウオの愛らしさが目を惹きます。そう、表紙からこちらを見つめているのが主役のダンゴウオです。個人的にはイボイボしているのがちょっと気になるので、いわゆる「キモかわいい」というのはこんな感じではなかろうかと。調べてみたら、なんちゃってキャビアもおなじ種のランプフィッシュの卵なんだとか。そちらはもっと大きな魚ですが、日本に生息しているのは体長二センチ足らずのおチビちゃんだそうです。そしてそのつぎに驚いたのが、北の海が予想以上に(いや、正確を期するならば、ワタクシごときの予想など蹴散らすほどに)カラフルなことです。もちろん、震災直後はがれきばかりが目につき、痛ましさに直視するのがはばかられるほどですが、大自然のたくましさはちっぽけな人間の感傷などあざ笑っているかのようです。

 ここでちょっと脱線しますが、わたしも趣味でダイビングをやりますが、日本の海は何度か伊豆で潜った経験しかありません。理由は単純、ひと言でいえば地味なんです! 鯛や平目が舞い踊り、とくればおなじみ竜宮城ですが、まさにそのとおり、鯛、アジ、イワシなど銀色の魚しか目に入りませんでした。海神さまの鳥居が海底にあったのには風情を感じましたが、しょせん情緒欠陥気味の若者でしたので、目の前を通りすぎていく銀色の群れに、ここは魚屋かと内心突っこんだほどで。食べるのは大好きですが、眺めて美しいと感動するにはいたらず、お天気に恵まれなかったせいもあって、潜るのは南の島ばかりになってしまいました。

 ですが、そんな不明を恥じいるほどの美しさです。がれきがごろごろしている海に、色とりどりのヒトデが現われ、海底に転がったタイヤから昆布やアオサが生え、流されたままの軽トラックにはウニやホタテが棲みついています。日本語では海のなかに母があるが、フランス語では母のなかに海があるというのはだれの言葉だったか、母なる海の懐の深さ、すべてをも呑みこむ強さ、豊饒、いろいろな言葉が頭を駆けめぐりましたが、残念ながらどれもぴったりとは思えず、自分の未熟さに歯がゆい思いをいたしました。当然のことながら、放射能の不安なども正直につづられています。まだお子さんも小さいので、悩んだ末に決心したと書いてありました。

 そんな難しい話はさておいても、ほろりとする話もあり、ダンゴウオの出産シーンもあり、とても見所満載の写真集です。海がお好きな方も、そうでない方も、お魚が大好物の方も(もちろん、美味しそうな魚がいっぱいですよ)どなたでも楽しめると思いますので、ぜひ、手にとってみてください。

 最後になりましたが、お待たせしているデブ・ファイブ・シリーズは、おかげさまで原書房さんで本にしていただけることが決まりました。刊行は年が明けてからの予定ですが、また変更になるかもしれません。そもそもこれだけ前作からあいだが空いてしまったのも、わたしが入退院をくり返していたせいですので、もうしばらく気長にお待ちいただけますとうれしいです。そのあいだ、原書房さんのアガサ・レーズンやチーズ専門店シリーズ(どちらも原書を読んだきりですが、超オススメです。どのあたりがオススメなのか知りたい方は、事務局宛にメールをいただければ、わたくしめが超長文メールでご説明いたします)、あるいはおなじみハンナのシリーズなどを楽しんでいただけたらと。ハンナはふたりの恋人候補をずーっと引っぱっているそうで、そこまで引っぱればそれも芸のうちかもしれませんね(笑)。そうそう、テディベア・シリーズもおもしろいですよ。めずらしく主役が男性(もと刑事さんで、とてもまじめなご主人)なのも、デブ・ファイブとおなじだと親近感を感じました。

 さて、長くなってしまったので、そろそろ終わりにしたいと思います。柄にもなくまじめな話から入りましたが、あと二回、救急二十四時みたいな実録ものにするか(以前はERを欠かさず観ていたこともあって、救急病院入院はなかなか興味深い体験でした)、あるいはこれからの季節、BBQのおともにも最適の安ワインを最高に美味しく呑む方法や趣味の燻製作りの話にするか、あるいは、このあいだ初めてロマンスを訳したのですが、ほぉーといろいろ勉強になったことにするか、どれにしようか迷っています。結局は食べ物がらみになりそうな予感もいたしますが・・・こんな楽しい場を与えてくださった事務局のかたがたに感謝の気持ちをお伝えして終わりにいたします。

武藤 崇恵(むとう たかえ)東京都出身&在住。おもな訳書は「ダイエット・クラブ」シリーズ、「パニック・パーティ」バークリーなど。ツイッターアカウント@Takaeeeeeeee。見かけたら、ぜひコメントしてくださいネ。自分の読書体験はかなり偏っていると、いまさらながら驚いております。最近ようやく気づいたのですが、ツイッターではどうでもいいコトばかりに反応する傾向にあります。

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