えー、昔から「飲む、打つ、買うは男の甲斐性だぜぃ!」などと威勢のいいことを申します。恥ずかしながら、わたしも、そっちのほうは嫌いじゃありませんので、「(胃薬を)飲む、(キーボードを)打つ、(ミステリー本を)買う」と、ひととおり嗜んでおりますけれど、いやしかし、何事も凝り過ぎは禁物ですな。

 翻訳業界という名のブラック企業で働いている皆さんにとって、何より凝ると具合が悪いってぇのは、肩、腰、背中あたりじゃないでしょうか。わたしも随分と前から悩まされてまして、どうにか「肩、腰、背中の凝りはすっきり解消だぜぃ!」と願いたいのですが、なかなかうまく参りません。

 それでも最近、あるテレビ番組で知った、肩のストレッチのコツを実践したところ、「こいつぁ効き始めたかも」って気がしておりますんで、ちょっくらお伝えいたしましょう。

 概要がこちらの公式ページに載っていますが、ポイントは「対になっている筋肉も合わせてストレッチする」ことだそうで。凝ってる筋肉だけを伸ばしても、数時間で効果が消えてしまう。正反対の働きをする筋肉もついでに伸ばすと、効果が長続きする。

 でもって、肩の筋肉と対になってるのは、背中の真ん中あたりの筋肉らしいですな。そこで、ひとまず左右の首筋を充分に伸ばしたあと、頭上で手を合わせます。昔なつかしい「友達の輪っ!」というか「白鶴、まるっ!」というか、そんなポーズ。その姿勢で、肩胛骨をぐぐぐっと下げて5秒ほど止める。この一連の動きを数セット繰り返すんです。お試しあれ。

 まぁそれでも、つらいときは、近所の格安マッサージ店へいそいそと出かけるしかありません。懐具合と相談しつつですんで、そう度々とはいきませんが、顔を覚えてもらうくらいにはなりまして。

 で、店員さん達から付けられたわたしの渾名が、ってぇと……「iPadオッパ(=兄さん)」。いつもiPad入りバッグを持ってるからです。なぁに、裏じゃあ「ムトゥトゥッカン(=無愛想な)iPadアジョシ(=おじさん)」と陰口を叩かれてるに決まってますが、なんたって便利なんで持ち歩かずにはいられません。

 今回は、まだタブレットをお持ちでない方に、一体どこがどう便利なのかをお話ししたいと思います。

7)

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 タブレットの面白さは、ノートパソコンともスマートフォンとも違う、ニッチな働きをしてくれる点です。いや、そういうニッチな活用法を「つくり出してくれる」と言うべきでしょうか。

 生みの親のスティーブ・ジョブズは、自動車王ヘンリー・フォードが残したこんな言葉がお気に入りだったそうで。「もしその昔、何が欲しいかを客に尋ねたら、“もっと速い馬”というこたえが返ってきたに違いない」。つまり、消費者の声を聞いてニーズに応えてるんじゃ駄目。理想の未来を思い描いて、みずからニーズを創造する気概がなきゃ、世界を変えるようなアイデアは出てこないってわけです。(詳しくは拙訳『ジョブズ・ウェイ』をご覧ください。と、強引な宣伝)。

 実際、iPadを持っていると、「へぇ、こんな時にこんな事ができるのか!」「っていうより、自分は本当はこんな事がしたかったのか!」と、ジョブズらの慧眼ぶりに「じぇじぇじぇ!」と驚嘆させられっぱなしです。細切れの時間に仕事の続きをやれるのはもちろん、従来あえて道具を使おうと思わなかったような場面でも、「iPadがあるんだから、これ使うか」となったりします。

 たとえば、わたしは今、この原稿を居酒屋でひとり酒を引っかけつつ書いておりますが(!)、もしノートパソコンだったら、こんな場所のテーブルの上に広げるわけにゃいきませんし、スマホとなると、この長さの文章を入力するのはきつい。でもタブレットなら楽々です。

 原稿を書き終わる頃には、ほろ酔い気分になりそうな予感。となりゃ、今度はアプリを切り替えて、好きな音楽を流しながら、自炊でPDFファイル化した『冬のフロスト』の続きを読むつもりです。厚い上下巻だって、タブレットにゃ全部すっぽり入っちまう、と。

 なになに、タブレットで読書するのは目が疲れないかって? うーん、明るさを適当に調節すれば、大丈夫だと思いますね。個人的には、むしろ紙で読むより楽チンです。文字を内側から照らしてくれるおかげで、暗めの場所──間接照明の喫茶店の中、ベッドの上、お風呂の中など──でも平気、ってところが有り難い。

 わたしは小学生の時分、夜、よく布団にもぐって懐中電灯を片手に小説を読んでおりました。夜更かしがバレると、「本なんか読んでないで、さっさと寝なさい!」と親に怒られるせいです。その当時、iPadがあれば、どんなにか快適だったでしょうなぁ……。

 あ、ついでながら、世間の意識調査によると「アマゾン書店の電子書籍はKindleという専用端末でしか読めない」と勘違いしてる人が多数派だそうですが、iPadでもAndroidタブレットでも、Kindle用のアプリを使えば読むことができます。

8)

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「ふぅむ。なんだか欲しくなってきたけど、まだ迷う」って御仁のために、このあっし、iPadアジョシがQ&A形式で不安要素を払拭いたしやしょう。

──わたしに使いこなせるかなぁ?

 YouTubeの投稿ビデオを眺めますと、ひととおりの操作ができるようになるのは、満2歳くらいからのようですな。「まだ1歳半でちゅ〜」という方は、半年ほどお待ちを。

 もっとも、基本的な閲覧だけなら、動物やカメレオンの皆様でもお楽しみ頂けるようで。

──iPadとAndroidタブレット、どっちがいいの?

 どちらか好きなほうが決まっていれば、それを買うに越したこたぁありません。“ルート化”なんて用語を聞くと涎が出る人は、Androidがふさわしいかも。また、読む作業のみに特化するなら、Kindleペーパーホワイトも優れた選択肢でしょう。

 しかし迷うなら、iPadをお勧めします。使い道が広く、操作や見た目に一貫性があり、アプリの質も安定してますんで。

 くれぐれも、値段で決めるのは、およしなすったほうがいい。何年か酷使することを考えると、1〜2万円の差なんて大した問題じゃありません。

──標準サイズ(iPad、約10インチ)と、ミニサイズ(iPad mini、約8インチ)があるみたいだけど?

 写真で見る以上に、大きさも重さもだいぶ差があります。ここは各自の用途によりけりですなぁ。「あたくし、マウスより重い物は持ったことございませんの」って御婦人などは、ミニがふさわしそう。ただ現実には、運ぶときは鞄の中、使うときはテーブルの上、が多いと思うので、どちらかといえば重さより画面の広さがより重要でして、「大は小を兼ねる」気がいたします。

 それと、近頃、リーディングや校正の際にPDFファイルで受け取るケースが増えております。単行本サイズの原稿をPDFで読む機会がありそうな人は、間違いなく10インチが欲しくなるでしょう。

──メモリ容量は?

 iPadなら容量が3段階ありまして、真ん中が無難、余裕があればぜひ上限を。iPadはあとからメモリを増やせません(Androidは機種による)。となると、若干多めが安心ですな。ここをご覧の方は辞書を多用すると思いますが、辞書アプリはわりあい容量が大きく、64GBでも物足りないほどです。

──文字入力は速い?

 最初は慣れが必要としても、ローマ字入力が得意な人なら、画面キーボードでかなり速く打てるでしょう。

 わたしは、パソコンでちょいと根を詰めて仕事すると腱鞘炎になりがちでして、けれどそんな困った状態でも、iPadの入力は軽いタッチだけなんで、痛みが走りません。

──家に籠って仕事してる人は、要らないでしょ?

 自宅でも、読書時に便利なほか、パソコンのそばに置いて補助として活用する人が結構いるようです。

 ドン・ウィンズロウのミステリー『夜明けのパトロール』『紳士の黙約』の中には、サンディエゴ市内を車でひた走るシーンがたくさん出てきましてね。窓の外を流れていく風景と重ね合わせて、それぞれの地域についてのエピソードが語られる。そういった箇所を翻訳する際、わたしは、パソコンで文章を打つかたわら、iPadに「Googleストリートビュー」を表示し、周辺の景色を確かめつつ、主人公と一緒に移動していきました。べつに「ストリートビュー」をパソコン上に表示したって構わないんですが、iPad画面を指で操作するほうが簡単なうえ、パソコンのほかの処理が重くならない、ウィンドウが重ならない、といった利点があるわけです。

──お勧めのアプリは?

 ふだんパソコンで使っている電子辞書(PDIC、EPWING、ロゴヴィスタなど)をそっくりiPadへ転送して利用できるEBPocket Professional(¥600)は、おそらく必須。

 それ以外は、慌ててあれこれ買い込むよりも、出来の良い無料アプリを使いながら様子を見て、だんだん自分の好みに合った高機能アプリへ移行していくのが宜しいかと……。

 テキストエディタであれば「iテキスト(無料)」→もし気に入ったら→「iライターズ(¥300)」、PDFの閲覧や朱入れには「Adobe Acrobat(無料)」→ペンの太さなども調節したくなってきたら→「PDF Expert(¥850)」てな調子で、段階的に移行するのがストレスなさそうに思います。

 エディタは、初めのうちきっと全角スペースの入力に戸惑いますので、このあたりの説明をご参照ください。また、カーソル移動の不便さに関しては、高機能アプリの多くに矢印キーなどの追加機能が付いています。

 PDFゲラの朱入れは、ピンチアウト(=2本の指で押し広げる動作)によって拡大表示したあと指かスタイラスペンで書くと、まずまず綺麗に書き込めます(キーボードからの文字入力も可能ですが、現状では横書きのみ)。

──iPadって、今んとこウィンドウを1つしか表示できないって聞いたけど、原文と訳文をどうやって見比べろってのさ?

 4本指で画面を左右にサッと払えば、隣のアプリへ移動できますんで、さほど苦にはならないはず。

 でもわたし自身は、たいがい、原文の文字データを用意して、エディタ画面の上部に原文を置き、それを睨みつつ、下部に訳文を書いていっています。で、訳し終えた段落の原文は、気持ちよくスパッと消去して、達成感を味わう。この方法だと、訳ヌケを防ぐ効果もありまして。まぁこんな感じですな↓(前述の「iライターズ」で訳文を書いている最中のスクリーンショットに、「PDF Expert」で活字と手書きの注釈を入れてみました)。

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 ほかに翻訳や読書に役立つ実用アプリを挙げると、SeeqNotebooks for iPadi文庫HDiAnnotate PDFEvernoteIndex CardMindNodeQuickoffice Pro HDなど、枚挙にいとまがありません。

 ってなわけで、躊躇中の皆さんも、このへんでタブレットお一ついかがでょう? なぁに大丈夫、よく言うじゃありませんか、「欲しくなった時が買い時」「思い立ったが仏滅」……。

 さてさて、4回にわたり、わたしの下手なおしゃべりにお付き合いいただき有難うございました。ご紹介しきれなかったネタもありますんで、いつかお話しする機会があるといいですね。

 あるいは、どこぞでお会いした折にでも、「Evernoteってなんで人気なのか、知ってるかぃ?」てな具合に訊いていただければ、そりゃもうわたしは──東江一紀師匠の名訳をお借りして──こう即答するでしょう。「決まりマネー・ボール!」

 おあとがよろしいようで。

中山 宥(なかやま ゆう)。1964年、東京生まれ。訳書は、ドン・ウィンズロウ「夜明けのパトロール」「紳士の黙約」、マイケル・ルイス「マネー・ボール[完全版]」など。

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