初めまして、最近スウェーデンミステリを翻訳させていただいております久山葉子と申します。

 まず最初に申しあげておきたいのですが、本の仕事をやってみようかなと思ったのが3年前、その後初めての訳本が出たのが2年前ということで、まだ右も左もわからないひよっこです。今回こちらのエッセイの執筆にお声をかけていただき、私なんかでと恐縮すると同時に、大変嬉しく思っています。

 というのも、海外に住んでいることも一因かもしれませんが、同業者の知り合いというものがおらず、これまでずっとひとりぼっちで自分勝手に仕事をしてきました。翻訳学校にも通ったことがなく、業界の常識というものをまったく知りません。日本では翻訳家の皆様は横のつながりがあって、たまに飲み会、とかされてるのでしょうか? いや、本当にさっぱりわからないのです。本サイトのような交流の場があるのって素晴らしいですね。こちらで書かせていただくのを機に、翻訳ミステリという世界にお友達ができればすごく嬉しいな・・・と心密かに思っております。

 こんな私ですので、翻訳についてどうこうというのは到底書けません。ただ、“スウェーデンに住んでいる”というだけで、現地直送の旬な情報をお届けできればと思っております。もしよろしければ、残暑厳しい8月、スウェーデンからのさむいエッセイにどうぞお付き合いくださいませ。

スウェーデンとの出会い

 スウェーデンに住むようになって、今3年半が過ぎたところです。まずは、なぜ私がスウェーデンなどという超マイナーな国に住むことになったのか、そして翻訳の世界に入ることになったきっかけについてお話させていただきます。

 スウェーデンとの初めての出会いは、高校時代に遡ります。どこかに留学しようと思い、深い意味はなかったのですが、スウェーデンにしてみました。深い意味はない、というのは、英語以外のもう一か国語を習得できる国ならどこでもよかったのです。たまたまその時大ファンだったEUROPEという長髪ハードロックバンド(ファイナル・カウントダウンなんてご存知でしょうか?)がスウェーデン出身ということで、「留学すれば、道でばったり会えるかも!」という下心のもとスウェーデンに決めました。もちろん道でばったり会えはしなかったし、その後バンドは解散してメンバーは失業中、アーランダ空港でスーツケース積み下ろしのバイトをしているという噂でした。あれからいつしか20年という年月が流れてしまいました。実は最近、わが田舎町の野外コンサートで再結成したEUROPEが登場したので、私はひとりで観に行ったんです。初めて見る生ジョーイ様(←ボーカルのヒト)に大感激。20年越しの夢が叶ったわけです。彼ももう50歳。いいパパになっていて、コンサート中に汚い言葉を吐いたり中指を立てて見せるようなことはありません。彼らがスウェーデン語を喋るのを聞くのもとても新鮮でした。私が青春時代に観た日本向けのプロモーション映像ではいつも英語を喋っていたからです。でも、ここは母国スウェーデン。ロックのコンサートだと、英語だと歌詞の合間に、「ヘイ! エビバディ、ゲタップ、カモーン!!」みたいな感じだと思うのですが、スウェーデン語だと「Kom igen, allihopa!(コム・イエーン、アレホパー!)」とか言っちゃって、そのあまりの田舎っぽさに衝撃を受けました。しかも、芸名はジョーイですが、本名はヨアキムって言うんです。スウェーデンではみんな「ヨッケー!」って呼んでて、これがまたダサい・・・。

 話がそれましたが、要するにこのヨッケのおかげで、私は今スウェーデン語でお仕事させていただいております。

 さて、EUROPEには会えなかったものの、留学してスウェーデンが大好きになった私は、日本に戻って北欧オーロラ専門の旅行会社に勤め、さらに上京してスウェーデン大使館商務部というところでスウェーデンの製品を日本市場に紹介するコンサルタントをしていました。我ながら完全にスウェーデンおたくといっていいでしょう。おせっかいな性格も災いしてか、とにかく「日本の皆様にスウェーデンの魅力をお伝えする」ということをライフワークに生きてきました。

スウェーデンへ移住

 こうして日本でサラリーマンを10年以上やっておりました。そのまま日本に骨をうずめるつもりだったのですが、子供が生まれたのを機に「スウェーデンのほうが共働き子育てしやすいだろう」ということで、スウェーデンに移住しました。と書くと、ダンナはスウェーデン人なのだろう、と思われがちなのですが、全然そんなことはなくて、日本人です。(もっと言うと、生まれ育ちがイタリア・ローマの日本語・イタリア語バイリンガルというかなり中途半端な日本人で、私の仕事には一切役立ちません)つまりスウェーデンとは縁もゆかりもないのですが、外国育ちの夫は「日本は残業とか通勤とかあるからもうイヤ! 海外に住みたい!!」と言いだしたのですね。そしてなぜスウェーデンになったかというと「子育てしやすそう」とか「葉子がスウェーデン語できるから、いいんじゃん?」というかるーいノリです。それでいきなり東京を引き払い、スウェーデンに拠点を移しました。夫はスウェーデン語はまったくできなかったのですが、IT系の仕事が見つかり、あっさりと労働ビザが下りてしまいました。

 私のほうは、大好きだった大使館の仕事を辞めて、スウェーデンで仕事が見つかるかもわからないのに、移住するのは嫌で嫌でたまりませんでした。日本にいて「スウェーデン大好きー♪」と言ってるぶんには楽しいのですが、実際に住むとなると話は別です。1年間留学してたから知ってるけど、日本から見るとスウェーデンというのは本当に田舎。それも移住先は仕事の関係で、首都ストックホルムではなく、人口5万人の地方都市スンツヴァルという街でした。東京で(自称)華やかな生活を送っていた私としては、絶対無理、耐えられない!と思いながらの都落ちでした。

そして現在

 でも”住めば都“と言う通り、住んで1年くらい経つと、この街がどこよりも快適に思えてなりません。後ろは森、前は海の見える一軒家なんか買っちゃったりして、夏も涼しいし(8月の日本へ向けて、嫌味ですね)最高です。通勤は車で10分だし、夫は毎日5時に帰ってきます。もう都会には住めません。東京やストックホルムだと、家の値段が5倍以上しますからね・・・。翻訳なぞやっていると、どうせ家から一歩も出ないような生活ですから、街が栄えていようといまいと、どうでもいいのだということがわかりました。

 そんなこんなで、三年半が経ち、私は翻訳のお仕事以外に、スウェーデンでの子育てを日本のママ雑誌に連載したり、インテリアのムックを出したりしています。現地の高校で日本語の先生もやっています。こちらはアニメ・マンガブームがすごくて、日本語を習いたい子がたくさんいるんですよ。

本の世界に入ったきっかけ

 スウェーデンに来た当初は、仕事が見つからなくて悶々としていました。移住早々、田舎町にいくつかあるグローバル企業に履歴書を送るも、どこも「今そういう職種は募集していません」というすげないお返事。そもそも今の時代、アジア進出するとしたら中国であり、日本語できるからっていうだけでマーケティングとか営業のポジションに雇ってくれるほど甘くはありませんでした。家ではちょうど娘は魔の二歳児真っ盛り。パソコンを開いてそれ以上の就活をするような余裕もなく、焦るだけの日々でした。せっかく共働き大国スウェーデンに来たのに、仕事は見つからないかもしれない・・・と鬱々と過ごしておりました。

 そんなある日、家族で国内旅行に出かけることになり、列車に乗っていました。たまたま、ぐずっていた娘が急に私の腕の中で力尽きて寝てしまったんですね。娘を抱きかかえたままとはいえ、降ってわいたような「貴重な自分だけの時間」。しかし読書のための本など持っていませんでした。当時は子育てに明け暮れて読書なんて言語を問わずもう何年もしていない、という状況で。たまたま列車の車内誌が手に届く範囲にあったので、パラパラと開いてみました。

ふと目が留まったのが、新刊書の紹介ページ。

サダムフセインとの人生

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 ん? サダム・フセインってなんだか懐かしいな〜。湾岸戦争が終わったのはもう10年くらい前? なんでいまさらサダム・フセイン? と思って読み始めたら・・・。

 サダム・フセインの愛人をしていた・・・・?

 それも、大富豪の娘なのに?

 なになに? まだ16歳の頃、彼の素性も知らず、恋に落ちた・・・?

 しかもその女性、今スウェーデンに住んでるって?

 それはサダム・フセインと恋に落ちてしまったがために、一生をめちゃめちゃにされつつも強く生き抜いた美しい女性の自伝でした。車内誌には小説の1章が掲載されていました。読んで見ると、面白いじゃないですか。この本、すぐにでも買って全部読みたい! 日本のお友だちにも読ませたい! という気持ちがわいてきました。

 翻訳して、日本の出版社に紹介してみようか。

 突然ひらめいたビジネスアイディアでした。自宅に戻るとすぐに、この本を出版しているスウェーデンの出版社に連絡を取り、版権担当者とミーティングをとりつけました。その担当者がまたイイ人で・・・。出版業界初心者の私に「やってみなよ!」って背中を押してくれたんです。

 さて、日本の出版社に本を紹介するためには、“レジメ”なるものを書いて“試訳”もつけるらしい。ネットで検索してそこまではわかりました。レジメの書式は、「要は自分が出版社のヒトだったら知りたい情報をまとめればいいんだよね?」ということで、自分で考えて書きました。いまだに“本物のレジメ”というものを目にする機会がなく、今でもリーディングすると当時と同じ自分勝手な書式を使ってますが、特にどこからも文句は出てないので大丈夫なのでしょう。

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 さてレジメと試訳は出来上がったものの、どうすればこれを適切な出版社の適切な担当者さんに見てもらうことができるのか・・・。日本に住んでいれば、はた迷惑にも大手出版社さんの受付に出向いて、無理やり封筒を置いてきたかもしれません。しかし自分がいるのはスウェーデン。そういうわけにはいきません。色々考えた挙句、ちょっとした金銭的投資をすることにしました。世界最大と言われるフランクフルトのブックフェアに行くことにしたのです。スウェーデンからだと日本に行くよりは安いし、そこには日本からもたくさんの翻訳編集者の方が集まります。日本では会ってもらえなくても、海外なら会ってくださるかもしれない!という思惑もありました。先述のサダム本と、ミステリを1冊(←これ、いまだに売れてないんですけど、どなたか興味ありませんかね? 21か国に版権が売れてるんですけど・・・)それに絵本のシリーズをひとつ、スーツケースに詰め込んで、ゴロゴロ引っ張りながらフランクフルトへと旅立ちました。

 結果、フランクフルトではそうそうたる大手の出版社7社の担当者さんが会ってくださったのです。その方々には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。皆さん「え、いきなりひとりでフランクフルトに来ちゃったの? えらいね〜」みたいな感じで温かく対応してくださいました。とはいえ、そんなに簡単に版権が売れるはずもなく、その後何か月もどこからも音沙汰なし。ああ、フランクフルト遠征の投資は無駄だったか、とまた落ち込む日々でした。ところが半年近くたって急に、ある担当者さんから連絡があり「あの本出すので、翻訳お願いします」と! あのときの嬉しさは一生忘れないと思います。

 それ以来2年間、需要の高いミステリを中心に、まだ版権が売れていないものを探し出しては、レジメを作って日本に紹介してきました。ちょうど北欧ミステリブームということでどんどん売れました。去年は8シリーズくらい紹介して、4シリーズ売れたでしょうか。自分では全部翻訳しきれないので、他の訳者さんにお願いすることになったタイトルもあります。来年以降順次出版される予定ですので、楽しみにしてくださいね。

 リーディングはお金にはならないけど、やっぱり楽しいですね。スウェーデンのマーケットはそんなに大きくないので、主要エージェントさんとのコネクションはあっという間に出来上がりました。今では毎年ヨーテボリのブックフェアに出向き、1日に10社近くとミーティングします。話題作はもちろん出版前から版権が売れてしまうので、懇意にしているエージェントさんなら先に情報を教えてくれます。世間のスウェーデン人もまだ読んでいない本を読めるというのは、なんだか甘く密やかな悦びがありますね。色々取り寄せすぎて、iPadの中には常に何十冊もの未読タイトルが入っています。

ちょっとだけ訳書の話

 さて肝心の訳書のほうですが、今現在刊行されているものはミステリだと女性警官モーリン・フォシュシリーズの1作目『冬の生贄』になります。独特な語り口で好き嫌いが分かれる作品だと思いますが、徹底的に社会問題を斬りまくっていて、私は好きです。

 スウェーデンでは知らない人はいないこのシリーズ、まず印象的なのがスウェーデンの本屋でかなり目を引いていた表紙。

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 既に読んでくださった方ならわかると思いますが、残酷で美しい表紙は、まさにこの著者の世界を表現しているんです。ご覧のとおりスウェーデンでは現在6作目まで刊行されています。最初は四季シリーズとして、冬・夏・秋・春の4部作の予定だったのが、予想外に人気が出てしまい、“第五の季節”という5作目が刊行され、さらに同じ主人公で次は四大元素(水・火・地・風)をテーマにしたシリーズまで始まりました。去年の夏に『水の天使』というタイトルの6作目が刊行されたのですが、発売初日からネット書店で売り上げ第一位を記録する人気ぶりでした。批評家の評価もとても高いので、日本でもここまで続くといいなあ・・・。皆様、応援よろしくお願いいたします。

次回の予定

 次回はリーディングしてきた経験から、最近のスウェーデンミステリの傾向やトレンドをお話したいと思います。どうしても日本未発表(来年以降順次刊行)のタイトルが多くなってしまいますが、ご了承くださいませ。作家さんの講演会にもよく行くので、お宝映像(?)を交えつつ、そのあたりもお話しできればと思います。

 さらに次の回では、スウェーデンミステリをより楽しく読んでいただくために、ぜひ知っておいていただきたいスウェーデン社会を取り巻く状況について書きたいと思います。例えば“スウェーデンのミステリには移民がよく出てくるけど、一体どういう存在なの?”とか“登場人物がみんな離婚してるみたいだけど本当にそんな状況なの?”といった日本人にはあまりなじみのないスウェーデン事情をお話したいと思います。逆に、「これを知りたい」というのがありましたら、お問い合わせも大歓迎です。ちなみに、コーヒーは本当にみんな1日6杯くらいは飲んでますよ。

久山葉子(くやま ようこ)西宮市出身。スウェーデンの田舎町より日本へミステリを紹介中。主な訳書:ランプソス&スヴァンベリ『生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』、モンス・カッレントフト『冬の生贄』 ツイッターアカウントは@yokokuyama

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