第14回大阪読書会レポート 課題書『ラバーネッカー』

 2日間にわたり京都・大阪でおこなわれた7月のジーヴス読書会に続いて、8月も終わりに近い金曜日の夕方、第14回大阪読書会が開催されました。課題書はベリンダ・バウアー『ラバーネッカー』。読書会に先立ち、大矢博子さんのこちらの記事で6月度の金の女子ミスにも選ばれた話題の新作です。

 当日、大阪駅近くの会場に集まったのは、遠方からの参加を含め、男3名、女22名の計25名。訳者の満園真木さんと、ご自身の経験からアスペルガー症候群と周辺分野に詳しいニキ リンコさんをゲストにお迎えして、読書会はスタートです。司会は世話人KM。まずは手元の資料一式を見ながら、ひとり一言ずつの感想から。一巡したところで、フリートークに移るといういつもの段取りです。おはなしは、アスペルガー症候群の青年パトリック君が、持ち前の探究心で、ある事件の真相を追求する、というもの。さて、参加者のみなさんの感想は……

・読んだことのない視点が新鮮!

・登場人物が多く、それぞれがその後どうなったかが気になる。

・青春小説かなと思いながら読んでいたら、謎が次々に出てきた。

・たくさんの事柄がだんだんとわかっていく構成が見事。

作品全体へのコメントはだいたいこんな感じ。

前半、解剖学の教室で学びはじめるパトリックの学生生活と、昏睡患者のいる脳神経外科病棟の話が並行して進み、やがてふたつの話が出会うのですが……。「まさか、この人がxxだったとは」いやあ、びっくりしました。「あとから振り返ってみると著者のたくらみが随所に埋め込まれていたことがわかります」。さらに読み進めていくと、パトリックが真相を追っていく事件の外側に作品全体を包みこむような謎と物語が。訳者の満園さんの評価も「この長さのなかに無駄なくたくさんの仕掛けを盛り込んだ、計算しつくされた作品」というもの。そして何人もがコメントしたユニークな視点、それはわたしたちの多くにとっての未体験ゾーン……。想像力が鍛えられます。

登場人物についてのコメントもたくさん出てきます。

・犯人の小モノ感がすばらしい!

・ウィリアムズさんかわいい!(←刑事さんが人気!)

・周辺のキャラクターまで、それぞれが気になる。パトリックに殴られた友達はどうなったんだろう、とか。

と、たくさんいる登場人物のそれぞれが気になる参加者たち。「作品をとおして端々の人々まで愛情をもって描かれている」のが、読者の目に心地よく、脇役のひとりひとりまでなんだか身近に感じながら読んだ方も多かったみたい。

 ところで、「小モノ感」って? ウェールズの小さな町を舞台にしたこの作品、巨大組織の陰謀とかマフィアのボスのような大物は出てきません。もちろんそういうのもいいのですけれど、ご近所感覚あふれるこの作品には、前述の「小モノ感」が見事にマッチ、効いています。「そのほうがかえってリアリティーありますよね」

しかし、この作品にはなぜか一箇所だけ、ド派手なカーチェイスのシーンが(そこだけハリウッド映画並み!)。当然ながらツッコミが入ります。「ぼろを隠そうとしてだんだん露呈するのはミステリーの定石だけど、これはやりすぎとちゃうの!?」それもこれも犯人の手際の悪さと器の小ささゆえのこと。あまりに手際が悪いので、「そもそもxxじゃなくて、●●を使ったらよかったのに」なんて、完全犯罪へのアドバイスまでいただいてしまいましたよ。

もちろん、主人公パトリックについてのコメントも。たとえば、

 ・母性本能をくすぐるキャラクターに夢中になりました!(好感度高いです!)

なかでも目立ったのはこんなご意見。

 ・パトリックが「特別な人」とは思えなかった。

 パトリックの場合、わりと幼い時期に「何かがおかしいとわかった」ころから、周囲との問題が起こりはじめ、そのことについて母親のサラが悩みつづけることが物語のひとつの核になっているのですが……

さらに、

・うちの夫の行動がなんか彼に似てるんです。

と、パトリックの言動を身近な人に重ね合わせて読んだ方もちらほら。アスペルガー症候群の話が出たところで、参加者のなかからさまざまな体験談が飛び出し、課題書とは少し離れて議論は熱を帯びてゆきます(よかった、エアコン効いていて)。ほんの少しだけ紹介しますとこんな感じ。「アスペルガー症候群などは最近になって認識されているが、昔から学校の現場ではこういう子はわりとどこにでもいて、あえて名前をつけて区別することがかならずしもいいのかどうか。線引きも難しい」(現役教師の立場から)、「でも母親は不安だから、よその子と違うところが目立つと、悩みます。周囲からも言われますし。そういうときに(名前がついていることも含めて)情報や知識によって救われることはあります」(母親の立場から)、そこでニキさんの解説が入ります。「線引きという話でいえば、みんなおんなじライン上にいるんです。そのライン上でいちばんたくさん人が集中するところが?普通?と考えられていて、そこから遠く離れたこっちの端っこの何パーセントを、たとえばアスペルガー症候群とするとか、診断基準はそういうふうにつくられています」(へー。)

 なんとなくまとまったところで、パトリックの母サラの言動にも注目が集まります。

 ・パトリックに対するお母さんの言葉がひどすぎてつらかった。母親の気持ちとしてわかりにくいところがあったけれど、最後まで読み進めて納得がいった。

 ・サラは患者の会や自助グループみたいなものに入っていなかったのだろうか。知識があれば救いがあったかも。

 お母さんのサラはパトリックにけっこうひどいことを言っちゃったりするのですが、みなさん概ねサラに同情的。やさしいコメントが続きます。

 やさしいといえば、同じ作者の作品全般について印象的なコメントが。

 ・主人公に弱者が多く、彼らへの作者の目線がやさしい。

 課題書を読んでベリンダ・バウアー作品が好きになり、『ブラックランズ』から始まる3部作もすべて読んできたという方もいらっしゃいました。

 訳者の満園さんからは、参加者だけへの秘密のプレゼントが配られ、翻訳の裏話なども聞かせていただくことができました。もっとも翻訳がむずかしかったのはパトリックの口調だったとか。また、“gold digger”という語にあてた「業突(ごうつ)くばばあ」という訳語は、意味も音も似ていて、満園さんご自身も気に入っているとのこと。(なるほど、ぴったりです!)参加者から質問もありましたが、解剖シーンがけっこうたくさん出てきて、訳していて気持ち悪いところもやっぱりあったそうです。「グロテスクが味の作品ですから」と満園さん。でも、グロテスクさを超えて、軽快に読ませてくれるおもしろい作品であることをこの日わたしたちは確認いたしました。

 ・ところで看護師のあの娘はあのあとどうなったんだろう。

・ミスターxは本当のところどうなん?

・となりのあの子とか、同居人のふたりとか、どうしているのか気になるよね。

 ・続編はあるのかな? 続編じゃなくても、脇のアノ人を主人公にスピンオフとかできそう。

 登場人物のあれこれが気になってしまう件については、前述のとおりですが、作品をとおしてパトリックと彼をとりまく人々が大好きになってしまった参加者たちはますます興味津々です。次の作品が読める日を首をゴムのように長〜くして待っていますよ〜。

 2時間の読書会は今回もちょっとしゃべりたりない感じでお開きに。参加者たちは二次会の会場へ。参加者のみなさん、満園さん、ニキさん、ありがとうございました。

(吉井智津)

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