『ホワイト・ジャズ』が出版された当時。タイトルを初めて聞いたときに思い浮かべたのは「ブルー・アイド・ソウル」という言葉だった。ソウルミュージックを白人が独自の解釈で醸成していったものを「ブルー・アイド・ソウル」というように『ホワイト・ジャズ』ってのは要するに白人のジャズってことなんだろ? そう思った。『ブラック・ダリア』から始まる作品群では、時折ジャズに触れた場面もあり(といっても思い浮かぶのは『ビッグ・ノーウェア』くらいなのだが)、四部作のラストを飾るこの作品で、ジャズという言葉が改めて表に出る、それ自体はそうおかしくもない。その程度の認識で、私はページを開いた。
そんなことを今更のように思い出したのは、11月29日におこなわれた第13回福岡ミステリー読書会での、参加者の意見がとても刺激的だったからだ。
ゲストに文藝春秋の永嶋俊一郎氏を迎えフリートーク形式で始まった読書会、他の地域はどうなのかわからないが、福岡の場合はありがたいことに初参加とかリピーターとかに関係なくいろんな意見が出る。今回も初参加という人が数名いたが、誰も臆することなく自由に意見を述べていたのが印象に残る。特に、参加者に配布された、永嶋氏の手による40ページにも及ぶ冊子(画像参照)が、議論のきっかけを生み、あるいはそこからまた新たな疑問を呼び起こしたりと、豊かなひとときを形作るのに大きな役割を果たしたのは言うまでもない。この雰囲気をあえてジャズ文体で表せば、
冊子に目を落とす/ページをめくる/メモ——発言者を見る——別の発言/反論/同意。
新しい何か/読書会の意味=一体感。
こんな感じだろうか。不満といえば、とにかく時間がたりない(©ユニコーン)ことくらい。作品の性質にもよるのだろうが、これまでとはまた違った盛り上がりを見せた読書会だった。以下に当日出た意見のいくつかを。いつものごとく板書なし、意気込んでメモを取っていたのは最初の10分程度。あとは記憶に頼るのみなので、聞き違いなどあったら伏して謝るばかりだ。こんな私に毎回レポートを書かせてくれるというのは、世話人の二人の懐が深いのか無謀なのか何も考えていないのかよくわからない。
100ページくらいまでの印象=フロストみたい——事件が積み重なっていくさま。
(作品に関する)前情報が多い——敷居が高くなる/思ってたよりまともな印象。
ジャズ文体=映画の台本/呪文詠唱——そう思って読むと読みやすくなる。
ジャズ文体=警察手帳のメモ——デイヴィッド・ピース。
ヒップホップのリズムで/菊地成孔で。
主人公は働き者だ。
読みづらい=登場人物が多い/呼び方が変わる(ファーストネーム or ラストネーム)。
クラインの思い=グレンダ/メグ。
ホモが=それはエルロイが/気づいてる/たぶん気づいてると思う/気づいてるんじゃないかな/ま、ちょっと覚g(ry
捜査の部分が前半に多くそちらのほうがおもしろかった=取り調べの描写など。
いや後半のほうが/クラインの/内面が/狂気が。
初めてこの本を読んだとき、はっきり言って読みにくかったしおもしろさもよくわからなかった。今回四部作を読み返して、以前とはまったく異なる印象を持った。四部作すべておもしろかった。あれだけわかりにくかった『ホワイト・ジャズ』も、理解できたとまではいわないが、以前よりも抵抗なく読めた。この読書会を経て、また改めて四部作を、ひいてはエルロイを味わおうという気分が高まった。次に読むときはもっとおもしろいに違いない。
実は、今回の読書会は二部構成となっていて、第一部が『ホワイト・ジャズ』読書会。第二部は、永嶋氏とミステリマガジンレビュアー小財満氏の師弟トークであった。内容は高校のころ『ホワイト・ジャズ』を読んでやられたという小財氏の思い出から二人のノワール観へと話が進んだのだが、とにかく時間がたりない(©ユニコーン)という事情で終了。いつか続きが聞けることを楽しみにしている。
場所を移しての二次会。ミステリーの話はもちろん映画の話でもおおいに盛り上がっていたが、なんといっても局地的に『その女アレックス』プチ読書会の様相を呈していたのが印象的だった。
今回も盛況だった福岡読書会。ゲストの永嶋さん、参加者のみなさん、世話人の駒月さん、三角さん、どうもありがとうございました。次回福岡は3月になる予定。課題は未定。福岡に限らず各地の読書会の状況をツイッターでつぶやいているので、読書会に興味を持った人はシンジケートのアカウントを要チェック! 第6回翻訳ミステリー大賞と第3回翻訳ミステリー読者賞の動向も見逃すな! できる範囲でかまわないから。
大木 雄一郎(おおき ゆういちろう) |
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福岡読書会の一参加者にして翻訳ミステリー読者賞の言い出しっぺ。最近、自分のTwitterアカウントに、海外ではよしとされない文字列が入っていることに気づいて愕然としている。Twitterアカウントは @zasshoku |
*ゲストにもコメントを頂きました。
今回とりあげていただいたジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』は、僕にとって生涯ベストになるだろう作品です。単行本が出たときには単なるミステリ・ファンでしたが、異動によって文庫化を担当でき、今年は復刊の担当もできました。さまざまな意味で、僕にとってきわめて重要な一冊です。
だがしかし。この小説の文体は異常です。記号が乱舞し、文章は主語と述語だけになるまで削り込まれ刻みつくされ、そんな文章でおそろしく緻密で複雑なプロットを語っているものですから、僕も三読めまで全体像がわからなかったほどです。ですからきっと、「わけわからなかった」とか「何なんだこれは(憤然)」とかいった感想ばかりではないかと恐れつつ、福岡に飛んだのでした。
ところが福岡読書会は一筋縄ではいきません。みなさん、『ホワイト・ジャズ』という活字のデス・メタル/フリー・ジャズ/ギャングスタ・ラップに正面から向き合ってくださり、興味深い意見もたくさんうかがえ、ちょっと拍子抜けしたほどでした。それぞれの立ち位置から作品の本質に切り込む姿勢と、それを引き出す三角和代さんと駒月雅子さんの仕切りの見事さにも感嘆するばかり。刺激的で、楽しい一夜をすごすことができました。
みなさま、ありがとうございました。よき読書を。(文藝春秋・永嶋俊一郎)