第15回大阪翻訳ミステリー読書会レポート
「『災厄の町』て、なんでか“ヤクサイの町”に読みまちがえるんよねぇ」
「ちゃんと『災厄の町』て言うたら“サイアクの町”と聞きまちがえられるしねぇ」
……などと、クイーン読書会のホスト役にあるまじきアホな会話をしている世話人ズのもとへ、続々と参加者のみなさんがご到着。常連の方、お久しぶりの方、初めての方、初リピの方、遠方からはるばるお越しの方、そして同じくはるばる東京からお越しのスペシャルゲスト(なのに会費は徴収される)越前敏弥さんも登場し、総勢24名の賑やかな会となりました。いつもの通り、簡単な資料と事前にいただいた自己紹介のリストを配布。みなさんのプロフィールを読むのも毎回の楽しみです。どこかの読書会レポで越前さんの自己紹介を載せ忘れた! とありましたので、サイトからの転載ではありますが、忘れずにリストに載せました。ただ、ちょっと不備が。
……趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり。
「いや、最後のとこ、サイトでは削除線が入ってたでしょ? 入れといてよ!」(越)
すいません、あまりにも違和感無くて気づきませんでした。参加のみなさん、お手数ですが、スカートめくりに削除線を。
『災厄の町』は、とても印象的なシーンで始まります。ライツヴィルの駅に降り立ち、長閑な彩に満ち溢れたその町の佇まいに心躍らせるエラリイ——やっと見つけたぞ、探していたアメリカを! 作家エラリイ・スミスと素性を偽って借りた空き家は、町いちばんの旧家ライト家の三姉妹のうち、二女のノーラの結婚祝いにとライト夫妻が建てたいわくつきの家で……。
本作は戦後、パズル小説時代の終焉を意識したクイーンが新境地を拓き、人間描写に挑んだ作品として知られています。日本での初出は雑誌《宝石》の1950年3月号。小学生のときにそれを読んで以来の再読だという方が、「ライツヴィルは都会と田舎が出会う場所、ニューイングランドやったんですねえ」と、作品舞台への新たな感慨をコメントしてくださいました。この作品でクイーンは架空の町ライツヴィルを生み出すのですが、資料準備で人物相関図を担当した筆者、いったいどれだけの住人がいるのか思わず書きだしてしまったくらい、その造りこみの緻密さに驚きました。丘に暮らす旧家名家の人々から下町の貧しい庶民まで、どんな小さな端役もきちんと書き分けて、ひとつの町をそっくりまるごと造りあげているんですよね。まるでジオラマ!
集まったみなさんのクイーン歴はさまざまで、筋金入りのファンの方もいれば、今回が初クイーンという方も。他の作品を読んだことのある方からは、作風の違いに驚いたという感想が相次ぎました。
「じつは謎解きもので挫折したことが。これは小説っぽくてぐいぐい惹きこまれました」
「国名シリーズと並行で読みはじめ、どこでどうしてこう変わったのかと唖然」
「大人向きのクイーン、かな。いちばん好きな作品です」
「法廷シーンがおもしろかった!」
謎よりも人に焦点があたっているぶん、登場人物への感情移入も多かったよう。
「エラリイとパットとカーターの三角関係が気になって」
「ローラが好き。もっと活躍してほしかった」
「住人のやりとりで、身近にいる人たちのお喋りを思いだしました」
「初読は高校のとき。登場するみんなが自分より若くなっちゃって……(遠い目)」
エラリイのイメージも話題に。
「天才から人間になった感じ?」
「人情味のある、すこし大人になったエラリイ」
「こんなに女好きだったっけ?」
「まだまだガキだよ。女好きはもとから」と、バッサリは越前さん。
さらには、
「こんなコージーが読みたかった! 良いコージーのすべてがここにある!」
と、ジャンル論争が勃発しそうな熱弁もとびだしました。こちらをお読みのコージーな方々、これは騙されたと思って読んでみなくちゃですよ!
いつもながら貴重な旧訳版や資料本を持ってきてくださる方が多く、世話人一同感謝しています。本作は1979年に「配達されない三通の手紙」の題で松竹が映画化してるのですが、上段の真ん中あたりにそれが表紙になった文庫が写ってますね。この映画の話もおおいに盛り上がりました。キャストなどはこちら。「ほんで、ケイコがな」「どのケイコ?」「竹下景子やん」「あ、そっちね、松坂慶子じゃなくて」みたいな話、若い参加者はついていけたかしらとおばさん少々心配でしたが(笑)、DVDも出ているようなので機会があればぜひご鑑賞を。
訳者の越前さんにとって、マイベストミステリの第2位がこの『災厄の町』だそうで、新訳にたずさわれたのは非常に嬉しかったとのこと(ちなみに第1位は『黒後家蜘蛛の会』。そういえば、ライツヴィルにただ1人の執事の名前って、ヘンリーでしたね)。クイーンのライツヴィルもののなかでは「『十日間の不思議』をぜひ読んでください!」と強力なプッシュがありました。また、感想で『中途の家』と読み比べての考察をしてくださった方がおられましたが、こちらの新訳版が7月25日に発売予定。さらに8月には『九尾の猫』の新訳も読めるということです。楽しみ!
さて、今回は参加条件に“早川書房の新訳版を読んでくる”という縛りを設けてありました。理由は、旧訳からの重大な変更点があるから。ネタバレになるので多くは語れませんが、変更に違和感があったかどうかを再読の方に挙手していただいたところ、訳者さんの心配は杞憂だったようです。この話をきっかけに、文化や制度の違い、翻訳の限界など、さまざまな興味深い内容に発展していきました。これまで普及していた旧版もとても読みやすく優れた翻訳ですが、読み比べると時代の変遷や訳者のスタンスなども伝わってきて面白いですね。旧訳からの変更はもちろん1つだけではなく、ありとあらゆる場所に配慮がなされていて、拾っていくとなるほどと深く頷かされるものばかり。
あ、でも1点だけあったんです、参加者に不評だった変更点が。
旧訳でハーミオンとなっていたライト夫人のファーストネーム、じっさいの発音にもとづいた正しい表記に修正されたのですが……。
「ハーマイオニーって言われたら、あの美少女しか浮かびません」
「中年ハーマイオニーが出てくるたんび、違和感がハンパない」
「だってそれは、しょーがないじゃんっ!」(むくれ気味の越前さん(笑))
これから読む人、ハーマイオニーは中年のご婦人ですから、そこんとこよろしくね。
ここまで読んでくださったみなさま、ひょっとして思ってらっしゃるんじゃないでしょうか。(ツッコミはその1点だけ? 読書会の醍醐味って作品にツッコミいれまくることにあるんじゃなかったの? ストレス溜まるわ!)
どうぞご安心ください。
「ところでこの話、プロットは穴だらけですよね?」
「犯人、すぐわかりました」
「エラリイ、鈍すぎ」
「○○の推理に持ち込むまでもないかと」
「そもそもアレにアレがない時点で」
「てか、毒見して砒素みつけたなら通報しろ」
クイーンが大好きでわざわざ名古屋から遠征してくださった参加者までが、
「冷静に考えたら、やっぱりクリスティのほうがおもしろいかな」(身も蓋もなし……)
謎解き部分について徹底的なダメだしがなされた後、参加者Gさんが語りだしました。
「みなさん、これほど『犯人わかりやすっ!』と言われてしまうなんて、巨匠クイーンともあろうものが、おかしいとは思いませんか? そう、まさにこれこそが伏線だったんですよ」(関西読書会のお約束「真相は別にある」シリーズ、キタ━━━━ヽ(゚Д゚ )ノ━━━━!!)
真犯人は—— ※ここから反転。いちおうね(笑)
偽作家のエラリイ・スミスだった!!
「そもそもね、エラリイ・クイーンが素性を伏せるための偽名にしては、“エラリイ”がそのままって、バレバレすぎるでしょ? 実は作家エラリイ・スミスを名乗ったこの犯人、大のミステリ好きで、アガサ・クリスティこそが神と信じて疑わなかった。推理作家きどりのエラリイ・クイーンが嫌いで嫌いで、だから本物に見つからんよう片田舎にやってきて、わざとらしい偽名を使い、にっくきエラリイに恥をかかせてやろうとしたんですわ。愛してやまないクリスティのトリックの、二番煎じをやらせることで!」※反転ここまで
会場、どよめく。
「つまり、マープルのあの作品のトリックを使わせた、ってことですね?」
「あ、ぼくが思ってたんはポワロのあの作品のほうやったんですけど」(G)
「ちょっと待って、マープルのどれ? ポワロのどれ? でもネタばれになるからやっぱり言わなくていいです!」
謎が謎を呼ぶ展開に。
「で、自称エラリイ・スミスこと謎の男の正体は、じつはモリアーティ教授(©コナン・ドイル)だった、とか言うんじゃないの?」(越)
「いやいや、ここはやっぱり謎の男サイモン・アーク(©エドワード・ホック)でしょう。なんちゅうたかて舞台は災厄の町、サイアクの町、サイ(モン)アークの町ですから」(G)
座布団10枚!
————————
ちょうど時間となりまして、一同なごやかに二次会会場へ。お好み焼きを囲んでその後も楽しく大騒ぎが続いたのは言うまでもありません。
それにしてもGさん、今回は冴え冴えでしたね。(いつもの真相シリーズは以下略w)
関西読書会(大阪&神戸)では、6月20日(土)東江一紀さん追悼イベントの一環として『ストーナー』特別読書会のホストをいたします。あと若干名参加可能ですので、ご希望の方は kanmys_dk2011@yahoo.co.jp まで。
トークイベントの終了後には、すぐ近くで懇親会を開催します。『ストーナー』読書会に参加していないかたもぜひどうぞ。そちらへの参加を希望なさる方も上記アドレスへご一報ください。
大阪の次回レギュラー読書会は、初秋の頃にパーカー『初秋』で開催の予定です。