第七回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションの第2部:懇親会のオープニング・イベントとしておこなわれた第4回出版社対抗ビブリオバトル。きょうはその模様を、参戦者のひとり、文藝春秋の永嶋俊一郎氏による参戦記でお伝えいたします。
当日、参加者の方に配布いたしました「ビブリオバトル本」の宣伝リーフレット、および参加各出版社の「わが社の隠し玉」フライヤー、それぞれのPDFファイルも一挙公開いたします。ご自由にダウンロードして、これからの読書の指針としてください。
2013年の第四回翻訳ミステリー大賞贈賞式&コンベンションから始まった「出版社対抗ビブリオバトル」も今年で4度目。翻訳ミステリを刊行している出版社の担当編集者が、これから出るオススメの作品の魅力を制限時間内(今年は3分)に観客に向けて語り、「読みたい!」という声をより多く集めれば勝ち、というものである。
編集者の仕事の核心は、目の前にある作品を読者に最大限アピールすべくパッケージすることにある。そのために装幀を考え、帯の文句に呻吟し、邦題をひねり出す。つまりこのビブリオバトルはわれわれの仕事の根本を問われる死闘なのであり、一敗地にまみれることは、己の職業的な誇りに直結する屈辱なのだ!
それぞれに不退転の決意を胸に今年の闘技場に集ったのは5名。東京創元社の宮澤正之氏、扶桑社の吉田淳氏、藤原編集室の藤原義也氏、早川書房の根本佳祐氏、そして文藝春秋のわたし永嶋俊一郎。
制限時間3分——どの程度の情報を提示すべきであるか。話のマクラをどの程度やるべきか。按配をみるには出場があとのほうがいい。出場順は登壇者の名前の五十音順でどうかと提案され、わたしは同意した。だが、そこで悲劇が起きる。他の4人の名前は「よ」と「み」と「ふ」と「ね」だった。“統計的にありえない”だろうそれ。田中とか鈴木とか伊藤とかいるだろう普通。
かくしてわたしがトップバッターである。今年は直球勝負と決めていた。最愛の作家ジェイムズ・エルロイの新作だからだ。「暗黒のLA第2カルテット」の開幕を飾る大作『背信の都』(佐々田雅子訳)——1941年12月6日、ロサンジェルスで日系人一家が惨殺される。しかし捜査が本格化した翌日、大ニュースがLAを揺るがす——日本軍が真珠湾を奇襲! 日系人たちが続々と収容所に送り込まれる中、日系人鑑識官アシダ・ヒデオは、悪徳刑事ダドリー・スミスとともに真相へとにじり寄ってゆく。新四部作は『ブラック・ダリア』の直前まで続き、これまでのエルロイ作品のオールスター・キャスト、エルロイ世界を統合する大プロジェクトであり、同時にこれまでエルロイ作品に触れてこなかった読者に最適な一冊である! ……ということをどうにか語り終えて任務は終了である。
つづいて、コンベンションでも馬車馬のように働いていた早川書房のルーキー、根本氏が登場。巨匠ロス・マクドナルドの古典的傑作、『象牙色の嘲笑』だ。昨年逝去されたハードボイルドの巨星・小鷹信光氏と松下祥子氏による新訳版である。問答無用の名作『ウィチャリー家の女』『縞模様の霊柩車』『さむけ』の「不幸な娘三部作」に先立つ初期作品が『象牙色の嘲笑』で、探偵リュウ・アーチャーもまだ若く荒々しい一面をもっていた時代の一編。根本氏は動じたふうもなく飄々と、アーチャーのカッコよさについて語り、小鷹信光氏の最後の名訳について語りきった。初出場なんだからすこしは動じろよというわたしの願いもむなしく、根本氏は堂々と戦いを終えた。くそ。
そして「世界探偵小説全集」などで知られるヴィンテージ・ミステリのゴッドファーザー、藤原氏である。いつもどおり物柔らかな口調で語られるのは、フランシス・M・ネヴィンズ『エラリー・クイーン 推理の芸術』(飯城勇三訳)。クイーン研究で高名なネヴィンズによるクイーンの伝記とでもいえばよいか。フレドリック・ダネイとマンフレッド・リーの共作の実際や不和、後期作品の代作についての記述、クイーン名義で最末期に多数刊行されたペーパーバックの舞台裏など、まさにマニア垂涎の本のようである。気づけば完全に一読者と化して氏のプレゼンに聞き入ってしまっていた。そして降壇しつつ氏は泰然たる口調で言ったのである、意外と時間ありましたねえ、と。チッ。
つぎはスイーツ男子として知られる東京創元社の宮澤氏が悠然と世間話のようなマクラで話をはじめる——本邦初紹介の作家キャシー・アンズワースの『埋葬された夏』(三角和代訳)。20年前に起こった殺人事件を私立探偵が再調査するミステリだという。すでに犯人として少女が刑に服していたが、新証拠が発見され……という筋立てで、事件の被害者や状況は伏せられ、それが徐々に明かされてゆくのだという。面白そうではないか。氏は悠然たる語りを崩さずに語り終え、あまった時間に著者名と作品名を連呼して美しく締めた。だがわたしは見たのだ、はじまる前に氏が自分のスマホのストップウォッチを起動してわきのテーブルに置いたことを。ズルだ! 先生、みやざわくんがズルしました!
最後は扶桑社の法被に身を包んだ吉田氏。第一回のビブリオバトルではこの法被効果で第一位をもぎとった策士である。今回紹介するのは扶桑社のレーベルの看板であるスティーヴン・ハンターの新作——ただし今度の新作は切り裂きジャックの真実を追う異色作、『我が名は切り裂きジャック』(公手成幸訳)! 看板作家に異色作を書かれちゃうとホント困るんすよねえなどと巧みに笑いをとりながら、名匠ハンターが膨大な資料を読み込み、ハンター印の綿密な武器描写をまじえた歴史ミステリになっていると語る。まじか。面白そうじゃないですか。時代に合わせて文体/訳文も凝ったものになっているとの由で、現在鋭意編集中なのだそうだ。華麗に法被をひるがえし、吉田氏も軽快にプレゼンを終えたのである。
今年の死闘は懇親会の前座興行であり、懇親会中に参加者のみなさんがそれぞれ「いちばん読みたい」と思ったものに投票、最後に集計されて勝者の発表となった。
さあ果たしていかなる結果となったか? 集計結果は票数の少ない順に読みあげられる。なんでそういう意地悪なことをするのか。
それはともかく、会場のみなさんの投票の結果、堂々の第一位は——キャシー・アンズワース『埋葬された夏』、東京創元社・宮澤正之氏!
かくして編集者たちが血で血を洗う闘いは幕を下ろした。今年も面白い本が出るのだなあという期待に胸を躍らせつつも、わたしたち敗者は来たる第五回での雪辱を期し、屈辱の苦汁を舐める一年間を生きることとなったのである。
(記事内全写真:© 永友ヒロミ&矢野広美)
第七回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションの本会でおこなれた「七福神でふりかえる・翻訳ミステリーこの一年」。読書の達人である七福神のうち、北上次郎氏、吉野仁氏、酒井貞道氏がスウェーデン大使館に降臨、当シンジケート事務局の一員でもある川出正樹、杉江松恋(司会)とともに、ときには真剣に、ときには軽妙洒脱に、そしてときには暴走しつつ、翻訳ミステリー・シーンをふりかえりました。
以下は当日配布された、書評七福神の年間セレクトの一覧表です。既読・未読のチェックに、購入本リスト作成のおともに、どうぞご活用ください。
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