みなさんこんばんは。第13回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。
 
 今月は2018年のカーネギー賞が発表されます。英国の児童文学賞であるカーネギー賞には、以前にこのコラムでも紹介したシヴォーン・ダウドの『ボグ・チャイルド』や日本でも人気の高いデイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』やパトリック・ネス『怪物はささやく』などが選出されていますが、今年の候補作もあらすじを読むとどれも面白そうでワクワクしてきます。
 
 ヤングアダルト/児童文学作品には映画化されるものも多く、今後の日本公開が楽しみな映画も色々。ターゲットの中心は現役のティーンエイジャーではありますが、元ティーンエイジャーだった大人たちも楽しめるこうした作品には、ある種の「ミステリ性」を持ったものも結構ある模様です。もうすぐ(6/23~)日本で劇場公開予定の『死の谷間』も原作は邦題『死の影の谷間』(ロバート・C・オブライエン)としてYAミステリのレーベルから刊行されている作品ですし、日本での公開予定日は未定ですが「私は選ばれし存在……」をこじらせているウサギ耳をつけた変わり者の女の子が主人公の『I KILL GIANTS』(原作のグラフィック・ノベルは全米図書館協会のGreat Graphic Novels for Teensを受賞)も気になるところ。
 
 本日はそんなYA原作映画の世界から、昨年ようやく原作邦訳が出た(実はまだ読んでないのですが……)韓国産の青春ミステリ映画をご案内しましょう。イ・ハン監督の『優しい嘘』です。
 

■『優しい嘘』(THREAD OF LIES) [2014.韓国]

●『優しい嘘』予告編

あらすじ:姉のマンジはあまり愛想がよくない高校生。妹のチョンジは優しく明るい中学生。父を亡くして以来、スーパーマーケットで働く母ヒョンスクと支え合って3人で暮らしてきた。ある日、いつもと変わらず過ごしているように見えたチョンジが突然自殺してしまう。一体、何があったのか?妹の死の真相を探るため、彼女の学校での様子や友人関係、生前の行動を調べ始めたマンジは、それまで知らなかったチョンジの日常を知ることになる。

『ワンドゥギ』(これも素敵な青春映画でした。原作邦訳も有)の原作者キム・リョリョン、監督のイ・ハンのコンビが手掛けた今作は広義の「ミステリ」ではありますが、先にお断りしておくと「あっと驚く真相」がある話ではありません。大事な人を喪った者にとって普遍的で、だからこそ痛ましい謎解きと、その先にあるものを描く映画です。妹の死をめぐって姉(ときどき母)が探偵となって、時制を単純に遡るかたちではない話法で過去と現在が絡み合いながら進んでいくこの青春ミステリは、「責任は私にある/悪いのは私じゃない」の間で揺れ動く複数の登場人物の丁寧な心理描写が大変素晴らしい一作。シビアな題材に誠実に向き合いつつ、くすっと笑ってしまうようなユーモアを忘れていないという点でも大好きな映画です。
 
 詳しい内容は実際に見て確認していただければと思いますが、亡くなった妹の残したものによって「三人家族」としての輪はゆるやかに、より大きな人間関係の輪へと変容していきます。その「既にここにいない人の意思によってつながれた人の輪と再生への道筋」の象徴として「赤い毛糸玉」が使われているのがとても美しいことにも触れておきましょう。あるシーンでその毛糸を解きながら笑顔で駆けていた少女ふたり、彼女たちが緑の庭で過ごしたごく短い安寧な時間は映画の中のハイライトであり、思い出すだけでもせつなくなります。
 
 また私は常々「食事の描写に優れたフィクションは傑作率が高い」と思っているのですが、今作はまさにそういう「食卓映画」としての魅力にも溢れています。日常描写の中に織り込まれたさまざまな食事の様子、みんなとにかくよく食べる!「朝からカレー?」に始まり、朝ごはんの目玉焼き、おごりのトンカツ、お母さんが試食販売で売っている豆腐、食堂の呪わしいチャジャン麺、友達姉妹の食卓に招かれたマンジが文句をいうさつま揚げ抜きのトッポッキ……不和の場にも、和解の場にも、喜怒哀楽のある場にいつだって「食」がある――母ヒョンスクが「娘を失ってこんなに哀しいのに、お腹はすいてしまう」と泣きながら2人前の麺を啜るシーンでの「残された者が生きていくこと」の悲しみはしみじみとつらく、しかしそれでも私たちは今日のご飯をしっかり食べて明日もまた生きていくのだという強い思いに強く胸を打たれます。
 
 そしてその思いのあたたかい描き方は「時間がかかるかもしれないけれど、傷ついても、間違ったことをしても、私たちはきっと前に進んでいける」と若い人たちの背をそっと押す、作り手の優しい眼差しそのもののように感じられました。YA文学らしさにあふれた良作ですので、気になった方は是非。私もそろそろ積んでいる原作を読み始めることにします……!


■よろしければ、こちらも1/『嘘の木』


 こちらは昨年話題になった1冊で翻訳ミステリー大賞候補にもなっているため、お読みになっている方も多いことと思いますが、改めてご紹介を。19世紀後半の英国、博物学者である父の化石捏造スキャンダルが原因でロンドンを離れ、ひっそりとヴェイン島に移住してきたサンダリー家の聡明な14歳の娘フェイスは父の死をきっかけに「嘘の木」の存在を知ることとなり……という物語はミステリとしてもYAとしても第一級。真実に近づく方法としての「嘘の木」のファンタジー性の高い仕掛けを使った14歳の孤独な探偵の謎解きを取り巻く環境は極めて複層的で、2010年代に登場すべくして登場した少女小説といえるでしょう。事件の真相と同時に、冒険を通じてフェイスが知った最大の秘密はきっと「良い女の子は天国へいける、悪い女の子は何処へでもいける」ということ。それこそが未来に続く女子たちの扉を開ける鍵なのですよね。


■よろしければ、こちらも2/『シアター・プノンペン』


 かつて女優だった母が主演する映画を「自分のために」かけていた映画館のおじさんにフィルムの扱いを教わった若い娘ソポン。彼女は結末の失われたその映画を大学の映像学部の協力を得て自分たちで完成させようと奮闘するうち、祖国と家族の悲しい過去の扉を開くことに……大学生主人公の青春映画要素もありつつ、堂々たる大河浪漫ミステリになっているこちらの映画も、どこか少女小説のような、YAのような雰囲気を感じた映画でした(若く侮られがちな跳ねっ返りの女性主人公、家族の秘密にまつわる話である点など、おそらく意図的にそのように描かれたものなのではないかと想像)。これが「映画の話でなくてはならなかった」理由が舞台となるカンボジアの歴史とそのまま重なっているのが本当にいたましいのですが、絶望の時代の話から「若い人への希望」につないでいるところが素敵です。個人的に少々演出がぎこちなく感じられた部分もあったのですが、それを上回る、大変見応えのある作品でした。
 
●『シアター・プノンペン』予告編

 
 さて、昨年6月より連載を始めたこのコラムシリーズも今回で13回目を迎え、どうにか1年間毎月続けることができました。「展開のネタバレはどこまでOKか?」「例に挙げる作品がわかりにくすぎないか?」など自問自答しながら記事を書いてまいりましたが、どの程度出来ていたものか……ともあれ翻訳ミステリー大賞シンジケート読者様のうちどなたかおひとりにでも、このコラムをきっかけとしたお気に入りの映画や本との出会いがありましたら幸いです。メジャー大作も取り上げているのですが、劇場未公開作品や少し前の作品など比較的紹介記事が少ない作品を積極的に取り上げることをひとつのテーマにしているため、ここから何か「発見」してもらえるのが最高に嬉しいので……! それでは今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。今後もどうぞよろしくお願いいたします。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。


■【映画コラム】ミステリアス・シネマ・クラブで良い夜を■バックナンバー一覧