さらば大都会ニューヨーク、そしてこんにちはカントリーライフ。そんなわけで「孤島ミステリーだよ」という触れ込みで読むことになったカレン・マキナニー『注文の多い宿泊客 〈朝食のおいしいB&B1〉』なのですが、うーん……孤島かぁ。孤島と言われると、どうしても「嵐の孤島で連続殺人!」という筋を思い浮かべてしまうのは『そして誰もいなくなった』の影響が大きいのでありましょうか。ミステリではそんな血なまぐさいイメージのつきまとう「孤島」ですが、コージーミステリでは孤島はどう調理されるのか! 北の海に浮かぶ孤島の謎を追え! というノリで今回はひとつ。

【おはなし】

 B&Bとはベッド・アンド・ブレクファスト、朝食のみを出す民宿のことである。テキサス州公園動物野生局で長年働いていたナタリーは、ある時訪れたクランベリー島で築百五十年の船長の家に一目惚れ。家を売り貯金をはたいて家を買い取り、美しい島で長年の夢であったB&B〈グレイ・ホエール・イン〉を開くことにしたのだ。そして開店から三ヶ月後、ナタリーには悩みがあった。実は以前からカッツという男が島のリゾート開発を計画していたのだ。そしてナタリーは開発反対派。カッツに対抗して環境保護団体〈アジサシを救う会〉を作り、リゾート開発予定地になっているアジサシが巣を作る土地を守ろうとしているのである。だが当の開発業者カッツの一同は〈グレイ・ホエール・イン〉に宿泊中で、なんとも気まずい。そして島行政委員会の決議で土地がカッツに売られることが決まってしまった次の日、偶然ナタリーは崖の下でカッツが死んでいるのを見つけてしまう。第一発見者でもあり、土地の件でカッツを殺す動機もあった彼女は完全に容疑者扱い。身に降りかかった火の粉を払うため、ナタリーは自ら捜査に乗り出した!

 おお、孤島だなあ(当たり前)。メイン州クランベリー諸島というあまり日本人……というか筆者には馴染みのない土地なので、ここで地理のお勉強といきましょう。メイン州はアメリカ合衆国の最も北東に位置する州で、ちょうどカナダと大西洋との境界にあたる角っこに位置します。緯度としては北海道より高いぐらいなので結構寒いようです。まあ少なくともこれまでナタリーが住んでいたテキサス州に比べればそりゃー寒いでしょう。クランベリー諸島(アイルズ)は5つの島からなり、地域全体での人口は816人(2000年当時)。本土からはフェリーで30分程度。一番大きなグレート・クランベリー島でも186人。主要産業はロブスター漁を中心とした海産業であります。ま、このあたりの詳細は諸島の公式サイトを見ていただくとして。

 うーむ、なるほどー。孤島だなあ。本の中でもナタリーは自分の船を買うまで本土との往来や宿泊客の送り迎えなど全てを郵便船に頼っている。ナタリーの友人で〈アジサシを救う会〉の会員でもあるシャーリーンは島にはひとつしかない物販店の店主、ナタリーがインで預っている姪・グウェンの恋人がロブスター漁師であったりと、主人公一人称視点を基本にしながら島の情景とともにその生活は自然に挿入されている。ここは読みどころでしょう。

 コージーとしては料理レシピもので、巻末にレシピがまとめられているタイプなのだが、このために用意されているのがB&B。あらすじで説明したとおり朝食を出すだけで料理そのものはそれほど凝ったものではないのだが、代わりにナタリーはクッキーやスコーンなどを作って宿泊客やシャーリーンの店に供するわけだ。ただし意外なほど料理のシーンそのものはあっさり。料理のシーンがあからさまに挿入されるとテンポが崩れるなあという気はするので、こういうのもアリかな。

 ところでこの主人公、三十代後半で引退(?)し、貯金をはたいてB&Bを経営しているのだが、これってちょっと前に流行った団塊世代のセカンドライフ的なものじゃないだろうか。いや、別に主人公は団塊世代じゃないですが。「俺、引退したら田舎に引っ込んで退職金で小さい店でも開くんだ」みたいな。あるいは一昔前の脱サラか。うーむ、理想のセカンドライフみたいな幻想はアメリカにもあるんだろうか。謎である。

 で、ここからが本題でありまして、田舎で理想のセカンドライフ。そんなものがあるワケがない! というのは本書で感心するところ。だって島だよ、島。漁業メインの田舎なんです。人口が200人未満ということは顔を見れば皆知り合いで、さすがに「祟りじゃー!」と言い出す人はいないにしても「ここで禁酒法時代は密輸やってたらしいぜ」くらいの伝説が残ってたりするわけですよ。そんなところに新参者が入っていけば当然白眼視されるのは当然で、色々と諍いの種になるのは……まあ間違いない。島にはこういった新旧の住人どうしの諍いという部分は今まで読んできたコージー、〈主婦探偵ジェーン〉や〈ダイエットクラブ・シリーズ〉でも頻繁に扱われていたポイントなのだが主人公が諍いのの種になったケースはさすがに今回が初めて。これだから田舎は面倒……じゃないや、孤島は面倒なんですわ。

まあ本書は主人公の一人称視点で書いてあるので読者は面倒に巻き込まれた上に容疑者扱いされて大変だなあと思うのかもしれない。が、冷静に考えると反発する島の住民の反応は順当ですぜ。だっていきなり島にやってきた新参者が環境保護団体を作って島の問題に口を出しし始めたわけで、これはちょっと主人公が空気を読めてないキャラという表れではなかろうか。

 しかし本書、これ本当にコージーなのか? と思うところも多い。いや、コージーミステリなのは間違いない。料理レシピあり、ロマンスあり、素人探偵ものであり。間違いないのだが、ひとつは主人公のアクションシーンが多いことと、もうひとつは全体的に緊迫感がありすぎて全く”cozy”な雰囲気ではないこと。この二点は本書の特徴だと思う。

まあそのあたりは「こういうコージーもあるんだな」くらいにしか思わなかったのだが、主人公の行動には非常に違和感を覚えた。アクションシーンが多いことと、また主人公が「空気を読めてない」ことと関係してくるのだが、どうにも主人公が直情的で何も考えていない、プラス常識で考えると明らかに変な動きをする。このあたりは「素人探偵もの」というジャンルの欠点のカバーに失敗している印象である。

 素人探偵ものということは主人公に「素人なんだけどこういう理由で捜査をするよ」という理由をうまくくっつけなければならない。もちろん本書の場合は主人公が自分の容疑を晴らすためなのだが、ではそのためなら主人公の行動はどのくらいのことが許されるだろう。筆者には主人公に違法な行動——例えば人の部屋を勝手に漁ったりだとか不法侵入したりだとか、そうでなくとも現場を荒らしたりだとか——までが許されるとは思えない。本書はこのへんをクリアしていないのだが、このあたりを上手くカバーするために素人探偵ものでは偶然主人公が情報を得る、もしくは積極的な情報提供者が現れるといった演出がなされることが多い。さらに言えば主人公が容疑者である場合、自分が容疑を免れるような、あるいは他人が怪しいと思われるような情報を見聞きしたならばそれを警察に渡し、自分はむしろそれ以上怪しまれないように大人しくしておけば済むのではないか。というようなことを考えると本書での主人公の動かし方はあまりに強引だ。

 少し長いがネタバレにならない範囲であらすじの続きを説明しよう。

【あらすじの続き】

 カッツが殺され、ナタリーが第一容疑者となったところまではあらすじで述べた。だが物語の中ではさらにこの後、彼女が経営する〈グレイ・ホエール・イン〉で事件が起きる。夜中、殺されたカッツの部屋に何者かが侵入している様子なのだ。ナタリーは火かき棒を持ってカッツの部屋に行くも、あえなく侵入者に昏倒させられる。気がついたときには部屋は荒らされた後だった。ナタリーはもしかすると侵入者が探していたものがまだ残っているかもしれないと考え、部屋をさらに調べることに。カッツの書類や領収書などを調べ、ある手紙を見つける。その手紙はカッツが何者かを脅迫していた証拠だと思ったナタリーは手紙をポケットに入れ、その後も部屋を一時間弱調べたがもう何も見つからなかった。仕方がなく床に就いたナタリー。朝になって保安官補に連絡をとれば警察が片付けてくれるだろう……。

……あのさ。侵入者に気づいた時点でとは言わないが、侵入者に襲われた時点で警察に通報しろよ! だってこれ、自分で事態をややこしくしてますよ。なぜ部屋を自分で調べるのか。自分で部屋を調べたせいで殺された被害者の部屋に警察が調べる前に入って証拠品にベタベタと触り、部屋をナタリーが調べまわったという証拠まで残してしまっているではないか。ここで捜査を行う警部補は主人公の視点からは先入観で主人公を犯人だと決め付ける愚か者、主人公の引き立て役として描かれている。しかし警察から見れば最有力容疑者が封印したはずの被害者の部屋を漁ってたわけですよ。犯行からすぐに通報しなかったということも怪しさを倍増させ、頭の怪我を見せても自演ではないかと疑うのも当然でしょう。挙げ句の果てに証拠品の手紙盗んでるし。明らかに怪しいじゃないか! もっともこのような間接的な証拠で主人公をカッツの殺害犯として立件するのは難しいと思うが。そしてこの後々の主人公の行動も情報を得るためならば違法行為に手を出すことにほとんど引け目を感じている様子はない。こうういった強引さには無理があり上手く処理してほしい箇所だった。

 しかしこういった素人探偵ものの悪いところが出たな、というところに目をつぶりさえすればなかなか楽しめることも事実である。村の住民たちの過去、カッツたちのスキャンダル等々を捜査する合間に主人公のロマンスから友人・シャーリーンとの関係、姪の行先を心配する主人公まで様々な人間模様、そして島の情景と生活、さらには主人公の無茶なアクションまで。

 ううむ、なんとも歯切れの悪い感じになってしまったが今回の教訓としては……もしあなたが住居侵入罪及び傷害罪の被害者になったならば警察に即通報すべし、というところだろうか。

 いや、こう書くとすごい当たり前のことなはずなんだけどなあ。

コージーについて今回まででわかったこと

  1. 孤島でもコージー。
  2. アクションシーンが多くてもコージー。

そして次回でわかること。

それはまだ……混沌の中。

それがコージー・ミステリー! ……なのか?

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*1

シリーズの今後に期待してなし

コージー番長・杉江松恋より一言。

 うっはー、否定的な意見きたきた! 素人探偵の行動についての違和感がそんなに強かったとは意外だったよ。そうか、コージーのお約束として読んでいるから、こちらの感覚が麻痺しているのかもしれませんな。フィクションゆえの作り話、と見るか、フィクションの中でも行動のもっともらしさは担保されるべき、と考えるか。私もどちらかといえどば後者ですが、そうか、そんなに違和感があったのか。しかしめげずに次いってみよう。孤島コージー第二弾『料理人は夜歩く』である。

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小財満

ミステリ研究家

1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。

*1:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。