犬猫物だってだけでコージー・ミステリに入れちゃっていいのか? うーむ、微妙なところなんだよなー、というところで前回終わっていた〈黒ラブ探偵・ランドルフ〉シリーズ。今回は二作目になってランドルフ君の遭遇するおかしなシチュエーションもパワーアップ、『名犬ランドルフ、スパイになる 』を扱います。それでは張り切っていってみましょー。どどん。

【おはなし】

 黒ラブラドール・ランドルフの元飼い主=ハリーの元恋人のイモージェンが失踪して一年。ランドルフとハリーは警察に呼び出され、彼女がつい数日前まで暮らしていたとみられる下宿を訪れていた。イモージェンが生きているのではと喜んだのもつかの間、彼らは驚きに包まれることになる。なんとイモージェンはその下宿でおきた殺人事件の容疑者になっていたのだ。ランドルフは元・飼い主の容疑を晴らさんと調査を行うため、住人のセラピー犬としてこの下宿に潜り込むことに成功する——が、この事件の後ろには国際的な謀略が隠されているらしく!?

 国際的な謀略って何ぞ……と一巻から比べると急に話が大きくなってきて一抹の不安を覚えるわけであるが、これにはちゃんと理由があって、一巻で明かされたイモージェンの生い立ちが関わっている。これは失踪前には彼女自身も知らなかったことなのだが——なんと彼女はオーストラリアの巨大なウラン鉱脈を有する土地の相続権を持っているらしい。彼女が相続できるのはまだ先のことにも関わらず、この巨大な天然資源をめぐって各国政府が暗躍し、イモージェンに様々な働きかけをしている。そして今回、イモージェンが殺人事件の容疑者になってしまったのもその一環なのである。

 それにしてもこれ、素人探偵もので(素人玄人以前に犬なわけですが)、犬猫もの——とコージー・ミステリの要素はもちろんないではないけれど、今まで読んできたコージーと比べると国際謀略なんて言葉が出てくるくらいなので、その色は薄い。で、かわりに意識させられるのが「あ、これってコメディなのか」ということなワケ。考えてみればワンちゃんが各国政府のスパイたちに混じって事件を探りながらご主人を助ける、なんて構図はコメディのそれではないか。”犬”と”国際謀略”というかけ離れた二つの要因の落差で笑わせてくれるコメディなのだ。

 ところで今回驚きだったのは一巻でランドルフがハリーに意思を伝えるときに重要な役割を果たしたアルファビッツ*1がアッサリと使われなくなってしまったこと。ちなみに理由はといえば、ハリーが足を痛めて(自称)自然療法医にかかったところ「あなたは小麦アレルギーなのでいかなる小麦にも触れてはならない」と言われ、小麦を原料とするアルファビッツも捨てられてしまうため。こう……ツッコんだら負けな雰囲気が漂いますな。

 個人的には四苦八苦しながらランドルフ君がアルファビッツを並べて文章を作る姿は嫌いではなかったのですが、犬が好き放題に意思を人間に伝えられるとするとある種作者のやりたい放題というかあまりに都合よく話を動かせてしまうので、消さざるをえなかったのでしょう。

 で、代わりに登場するのが現代の必須アイテム、インターネット&Eメール。なるほど巨悪に立ち向かうためには犬もテクノロジーを使いこなす必要があるのか! などと思うのもつかの間、実際にランドルフ君がやることと言えば飼い主ハリーのクレジットカードを使って勝手にインターネット・ショッピングをすることくらい。確かに犬がAmazonなんかで買い物ができたら何を買うんだろうって興味はあるけど……ランドルフ君、本当にそんなんでいいのか!?

コージーについて今回まででわかったこと

  1. シリーズとしてはまだまだイモージェンの失踪を中心に話が進みそう。頑張れランドルフ、負けるなハリー。
  2. あんまりコージーっぽくはないけど、背表紙のラベルにはしっかりと「COZY」と書いてある……からコージーなんでしょう。多分。

そして次回でわかること。

それはまだ……混沌の中。

それがコージー・ミステリー! ……なのか?

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*2

ありでお願いします。

 コージーかどうかは置いておいて、犬の目線で人間社会を練り歩く珍道中記というか、前述したように落差を利用したコメディとしてかるーく読めるのはいいところ。別に不満もないので続きも読んでいきたいと思います。

というわけであり

コージー番長・杉江松恋より一言。

〈名犬ランドルフ〉シリーズのすごいところは、最初の枠組みからどんどん外れていって、話が壮大な規模になってしまうところなんですね。こうなるともうコージーという語義からは完全に外れてしまうような気もする。何かに似ていると思ってここしばらくずっと考えていたのだけど、思い出しました。あれですよ。小林信彦〈オヨヨ・シリーズ〉ですよ。あの〈大人の童話〉風の雰囲気がお好きな方はぜひ一度試してみてください。

 というわけで今回でこのシリーズもおしまい。次はもうちょっと正攻法のミステリーに行きましょうか。アーロン&シャーロット・エルキンズ『怪しいスライス』でどうだ! 次はゴルフですよ、みなさん!

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小財満

ミステリ研究家

1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。