自分探しの旅に出ようと思ったものの自分を探すためにはどこに行けばいいのか、そもそも自分とは探すもんなのかと疑問に思いつつ温泉に入ったりご当地グルメを堪能したりしていたところ、ずいぶんとご無沙汰な更新になってしまいました。どうも小財満です。

 久しぶりのコージー、今回の題材はゴルフなんですって。ゴルフと聞いて居ても立ってもいられなくなり『黄金のラフ 草太のスタンス(なかいま強)』と『風の大地(作/坂田信弘・画/かざま鋭二)』をまとめ読みした俺に死角はないんじゃね*1

 プロアマ混合の女子トーナメントに出場中の新人プロゴルファー、リー・オフステッドは練習中に池の中から撲殺死体を発見する。死体の正体はリーのあこがれのトッププロ、ケイト・オブライアンだった。ゴルフ場で起きた事件だというのに、捜査を行うのはゴルフ知識皆無のグレアム警部補(ただしイケメン)。彼に事件を任せてはおけないと、リーはおせっかいなアマ・ゴルファー、ペグと共に犯人捜しを始める。

 言葉は悪いですが、毒にも薬にも……という言葉がぴったりな一冊。いや、完成度という意味ではそれなりに高いと思います。なんせ作者のうち一人はスケルトン探偵シリーズのアーロン・エルキンズである。と、歯切れが悪くなってしまったがこのシリーズ、ロマンス作家でアーロン・エルキンズの妻、シャーロット・エルキンズとの共著なのだ。ちなみに本書、翻訳は最近ですが初出は1989年とかなり古め。スケルトン探偵で言うと『呪い!』あたりと同時期の作品です。

 ゴルフ→殺人事件→恋愛→事件解決と押さえる要素はきっちり押さえてテンポもいいとなれば別に文句はないわけですが、大団円を迎えて読み終えた後には読者に何も残らない、ある意味で娯楽小説のお手本のような作品で物足りないと言えば物足りない。お手軽に読めるものを目指した作品にとって毒にも薬にもならないって褒め言葉なのかもしれねえなあ、てなことを思うわけでした。

 ともあれ本書に関して読者の興味として筆頭にあがってくるのは女子プロゴルフの世界でありましょう。ゴルフといえばセレブリティなスポーツ。金満家の政治家や社長さんが接待に使っているイメージしか私の貧困な頭にはないわけですが、プロ1年目の新人、しかも成績だって大したことがないとなればスポンサーがつくわけでも賞金が入ってくるわけでもなく、その生活は厳しいご様子。従って本作のゴルフ要素は貧乏自慢から始まります。

 貧乏自慢その1。なんせ主人公のリーさん、ツアーの移動は基本的に車、しかも自分で運転。日本国内の話であればまあね、遠いと言っても車で3〜4時間の距離なわけですが、なんせアメリカの話ですからね……。リーさんかわいそうです。

 貧乏自慢その2。自分のクラブは人のお下がり。ゴルフを始める人が親のお下がりをもらうとか中古のクラブを買うという話は聞かないでもないですが、もらい物かよ! プロなのに……(一応トッププロのケイトから最高級品のクラブをもらったという設定あり。でも商売道具くらい自分で買っておくれ!)。

 貧乏自慢その3。そもそも借金がある。米国女子ゴルフツアーにはシーズンを乗り切るのに十分な資金を有している者のみが参加を許される。従ってお金がないリーさんは借金をし、それを自分がもとから持っているお金だと偽ってツアーに参加しているのである。そりゃあお金に困ってるわけだ……リーさんかわいそうです!

 とはいえ別にリーがプロ1年目の新人、すなわち“ラビット”として特殊な環境にあるわけではないらしい。華やかに見えるプロゴルフの世界だが、こうした底辺の裾野が広さがてっぺんを獲った時の輝きをまばゆいものにしているのでしょう。もっと平たく言えばタイガー・ウッズの賞金って数多の激貧ラビットの上に成り立っているもんなんだよなあ……って身も蓋もない。本書ではそんなこんなのプロゴルフの世界を読者にチラ見させてくれるのでした。

 ところでこの作品、殺人事件自体はあんまり見せ場がないのです。確かにゴルフならでのアイデアはあるのですが、これも前半で回収してしまうくらいの伏線。しかも解説で「プロゴルファーにはありえない」と否定される始末。このあたりには目をつぶって、ここではコージーの大事な要素、恋愛(ロマンス)の部分を取り上げてみましょう。

 先に結論から言っておきますと、このシリーズ、「簡単にベスト・ハーフが見つかってシリーズ中ずーっといちゃいちゃいちゃいちゃしている」タイプのようです。リーさんの恋のお相手はといえば一人しかいない、グレアム警部補なのだけれど、個人的に気になるのは主人公のリーさん共々なんというか……非常にチョロい点。もう別にネタバレにもならないというか話の展開で気になるところでもないので言っちゃいますが、出会って3日目には互いに告白→カップル成立というスピード恋愛っぷりですよ。なんともチョロい。君たちチョロすぎやしないか? 色恋沙汰に人がどうこう言う筋合いはないかもしれないが、成田離婚をする手合いというのはこういうタイプではなかろうか。彼らにはぜひとも結婚詐欺なぞに引っかからないように注意していただきたい。

 とまれ、スケルトン探偵シリーズの主人公・オリヴァー夫妻もずいぶんなオシドリ夫婦でして、それを考えれば別段不思議でもないです。ただしシャーロット・エルキンズはロマンス小説の作家ということなのだけれど、シリーズ2作目以降ではこのあたり、うまく盛り上げてくれるのではないかと期待しておきます。ベスト・ハーフもの、しかもカップルの相方が警官というのもジル・チャーチルなんかでよく見た形態で、変に奇をてらったもによりは非常に安心して読めます。よきかな。

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*2

 まあ普通にありでしょう。

 それより個人的に気になったのはこのシリーズ、コージーであることは間違いないものの、コージーの読者に対しての希求力はどの程度のものなのか、ということ。

 コージー・ミステリの要素としてはミステリ、そしてロマンスとそのプラスアルファの部分があると思うのですが、本シリーズに置けるプラスアルファの部分というのは間違いなく「ゴルフ」です。今まで扱ってきた作品を見渡すと、子育て、料理、コーヒー、犬猫などなど、このプラスアルファの部分は女性、しかもインドア派にターゲットを絞って展開しているように思えます。ここでゴルフというアウトドア趣味はコージーの読者にとってどうなのか。さらに言えばゴルフ人口における女性の割合は3〜4%*3(日本国内の場合。なおアメリカでは女性の割合は25%程度)とのこと、あまり女性に馴染みのないスポーツでもありさらにどうなのか。読んでしまえば普通のコージーとして楽しめるはず……ということもあり、このあたり市場的な部分で興味はつきません。

コージー番長・杉江松恋より一言。

 小財先生、ご病気からの回復おめでとうございます(棒読み)。本来は先週掲載予定の原稿が今日アップされたいきさつは、みなさん察してください。きっと後で一月遅れのお歳暮がうちに届くんだろうなー。

 アーロン・エルキンズは達者な作家で、スケルトン探偵のシリーズをこつこつと書き続けています。フォーマット通りの観光ミステリーを書いて、毎作きちんと水準を維持できているという職人技が素晴らしい。そういう作家がコージーを描いたらどうなるか、という点に興味があるので、続けてもう一作行ってみましょう。第二作『悪夢の優勝カップ』が一月二十日発売だ。次回はそれでお願いします。

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小財満

ミステリ研究家

1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。

*1:つまり小財満のゴルフ知識はフィクションの中でだけ、と言いたかったらしい。

*2:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。

*3:レジャー白書・2011