今回は前回に引き続きトラ猫・ミセス・マーフィー・シリーズで『雪のなかを走る猫』リタ・メイ・ブラウン(ハヤカワ文庫HM)でございます。

 ところで既読の方に素朴な疑問。前回「猫はいいよなぁ……」なんて言っておきながら何ですが、この猫……というかこのミセス・マーフィー、そんなにカワイイ? ことあるごとに上から目線だし、オバチャン口調だし(これは翻訳のせいか)、あんまりかわいくないかも。まあ読んでる限りだとこのシリーズ、猫はメインディッシュじゃなくてスパイス程度なので別にいいんですけどね。

【あらすじ】

 クリスマスを前に様々なイベントを控えたクロゼットの町に新たな住人がやってきた。ニューヨークでモデルをしているという感じのいい男性・ブレアがハリーのお隣り、フォックスデン牧場に引っ越してきたのだ。そして事態は急展開。ハリーの飼い犬タッカーがブレアの敷地でバラバラ死体を見つけてしまう。さらには首なし死体が町一番のお金持ち・サンバーン家の庭で発見されて……。町を上げた大騒動の始まり始まり。

 登場人物の扱い方にもこなれてきた感のある第二作。ミステリの出来はともかく猫も犬もオポッサムもそれなりに活躍して読んでいる側としてはあまり不満がない、ないはず……なのだが書くことがない! というか書くことはだいたい前回で全て書いた!

 と思うくらいに感想が増えなかった。

 二作目にしてすでにこのシリーズの自分の中での評価というのは出来上がってしまった。のちのち変わってくるのかもしれないが——そしてコージー番長こと杉江が指摘したとおり——本シリーズはスモールタウンにおける群像劇小説である。従ってこと群像からキャラクターのひとりひとりごとに話を抽出していしまうことは作者の意図を損じることになる。つまり主人公・ハリー、あるいはその飼猫の一匹の視点からこの物語を語ることは。

 仕方がないのでクロゼットという町からこの小説を語ることにします。まあこれを語ってしまうと、あとはトピックでしか作品を語れなくなってしまうので不安だけれども。

 クロゼットは南部にある人口三千人の小さな町である。ニューヨークからやってきたブレアを北部人=<ヤンキー>と呼ぶくらいに南部の町である。

 日本人にとっては異国であるアメリカ。英語が話せれば世界中どこに行っても通用すると考えて英会話スクールに通っちゃうくらいには英語コンプレックスな日本人もたくさんいるけれど、でも英語の本場たるアメリカに行けば恐らく世界を相手にビジネス! なんてやってるのは人口で言えば極々一部。アメリカにも当然田舎はあるわけで、田舎の象徴たる南部に行けば自分の住む町から一歩も出たことがない人もたくさんいるはずなのだ。そんな人たちの町だからあっちを向いてもこっちを向いても知り合いばかり。下手に悪さなんてすると隣近所のおばちゃんに「あんたのオシメを換えてあげたのは誰だと思ってんの!」と言われかねない。

 クロゼットはそんな人たちの町である。嵐がくれば停電するし、雪が積もれば雪かきを。町のお祭りのときは皆で一緒に騒ぐし、何か事件があれば次の日には町中で噂になっている。

 そしてそんな町にも格差——住みわけは存在する。町のセレブリティーを代表するのが町長&お金もち&名家を鼻にかけるサンバーン家。特に鼻持ちならないのが一家の母親・ミムである。ついでに言えば父親ジムはクロゼットの町長で、娘が名前のとおりリトル・マリリン*1で母親同様段々鼻持ちならなくなってきた新婚さんである。で、この夫が政略結婚でリトル・マリリンと結婚した相手でプリンストン大学出のお坊ちゃんと。まあこんなにいっぺんに覚えられないですよね。私は文庫400ページ×2冊は800ページでやっと全員覚えました。とりあえずこういうセレブ一家が田舎町にもいるんだとだけ覚えておいてください。

 その対局にいる庶民派の代表が親から継いだ牧場でペットと暮らしながら郵便局の職員として細々と生計を立てている主人公・ハリー。周囲には親友やら離婚した夫やら離婚するきっかけになった派手な女性やら……あとは南部ならではのガチガチのプロテスタントのおばあちゃんミセス・ホウゲンドバー。彼女はすごいですよ。名前もなかなか強烈ですが。ホウゲンドバー。前ブッシュ米大統領が演説中に「アブグレイブ」という名前を一回もまともに発音できなかったという逸話がありますが、私も「ホウゲンドバー」って噛まずに発音できる気がしません。ホウゲン、ドバーって分ければ言えるかな。閑話休題。

 ともかくミセス・ホウゲンドバーは強烈なわけです。日本でいうところの「祟りじゃ〜」*2レベルのおばあちゃんだと思うんですけど普通に町に馴染んでますからね。ルター派の牧師と喧嘩しちゃあ騒動を起こし、カトリックに喧嘩を売り、という御仁が信心深くて生真面目だけど愛嬌のあるおばあちゃん程度に描かれた上にハリーの捜査の相棒として登場するという。やっぱりおばあちゃんがいい味出してるシリーズなんだよなあ。

 さて、そんな田舎町にやってきたのが外部要因=<ヤンキー>のブレア君である。イェール大学出身、イケメン、モデル、金持ち、性格よしとどこをとっても文句なし。一見本人には何も問題なさそうに思えるけど、でもこんなヤツが人口三千人の田舎町にやってきたら何か起こるに決まってる! ということで本作は、田舎町に都会の論理を持ち込んだ時に、群像たる田舎の人間たちがどう化学反応を起こすかといった実験の小説なのである。

 もちろんブレア君にも都会の論理を持ち込むだけの過去がある。ここでは(一般的には)都会の犯罪(だと思われているもの)に巻き込まれた過去があるとだけ言っておきましょう。

 ところで本書を読んでいて、ブレア君とリトル・マリリンの夫フィッツ=ギルバートが自分の大学名を言った途端に仲良くなることを不思議に思った人もいるのではないでしょうか。ブレアはイェール大学出身、フィッツはプリンストン大学出身と大学が違うのに。

 この件は多分常識かそうじゃないかのギリギリのラインだと思うので説明しておくと、アメリカ東海岸に集まる名門8大学のことをアイビー・リーグと言います。そしてイェール大学とプリンストン大学はそのうちの2大学なわけです。ついでに言えばビッグ3という言い方もありまして、このビッグ3は世界の大学ランキングの上位3位に必ず載る3大学のことで、この3大学、つまりハーバード大学、イェール大学、プリンストン大学は名実ともに世界的な超名門大学というわけです。そしてブレアとフィッツは共にアイビー・リーガー、エリート同士の仲間意識があるわけですね。アイビー・リーグは私立だから……ブレア君とフィッツ君は日本で置き換えると「俺、早稲田出身なんだよね。え? お前慶應? マジで? 俺、結構慶應に友達いたぜ。共通の知り合いとかいたんじゃね」とかそういうことを話して仲良くなった感じですね。なんか嫌味な会話だなオイ。まあ日本だと東大、京大なんかの国立大学のほうが難関なのでちょっとニュアンスは違うと思いますが。

 さて、本書もちろん見所は舞台がクリスマス前とあってキツネ狩り、ハロウィーン、そしてクリスマスと様々なイベントである。特にキツネ狩りで馬を駆るハリーの躍動感溢れる描写にはアクション小説的な味わいもあってなかなかに楽しい。しかもそれぞれのイベントがきちんとミステリ的な要素と絡んでいるので「コージーだからなんか楽しげなイベント入れておけば読者は満足なんでしょ?」という感じがしなくて個人的には好み。ちゃんとそこでイベントを挿入した必然性があるんですね。

 あとは……ここはお話の核心に触れますのであんまり踏み込めないのですが、前作以上に猫ちゃんワンちゃん(&オポッサム)の活躍もありますのでコージー・ファンは間違いなく満足でしょう。

コージーについて今回まででわかったこと

  1. 虎猫摩菲婦人是米国南部田舎的群像劇小説.*3

そして次回でわかること。

それはまだ……混沌の中。

それがコージー・ミステリー! ……なのか?

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*4

まーでも一冊目から特に印象が変わらないんだよな。

個人的には一冊読めば十分だったかも。

というわけでなしで。

コージー番長・杉江松恋より一言。

 どう見ても2作目ということでだれてますね、ありがとうございます。1作読んでもう十分ということはたぶん、キャラクターに対する愛着が湧かなかったということなんだろう。そこがシリーズ作品の難しいところか。このシリーズの魅力の一つとして、擬人化された動物たちの活動をどう読むかという点がある。猫や動物が書いてあれば何があっても許すという読者もいれば、思考回路があまり人間っぽいと駄目という読者もいるはずだ。そのへんは好みが分かれて当然(私は中途半端な擬人化が好きではない)。このシリーズ、巻を重ねるごとにその点は少しずつ巧くなっていっていると思うのだけど、どうでしょうね。とりあえず途中をすっとばして、第5作あたりを読んでみましょうか。 『トランプをめくる猫』が次の課題作です。君の好きな殺人事件の謎解きが前面に出た作品でもあるよ。

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小財満

ミステリ研究家

1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。

*1:母親のあだ名・ミムはマリリンの略。

*2:このネタ、前にも使った気がしますが。

*3:ごめんなさい。てきとうです。

*4:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。