こんなことで一席ぶつのも何ですが、私の実家では犬を飼っております。黒のラブラドール・レトリバー。と言って分かる方は多少犬に対する知識もおありでしょう。大型犬の部類に入る犬種で盲導犬とか麻薬捜査犬なんかによく採用されるアレです。

 で、まあなんというか……このウチの犬というのがまた何とも言えず情けないヤツでして。もう齢のせいなのか散歩に連れていっても絶対に走ろうとしないわ、元来泳ぎが得意な犬種のはず……なのに子犬のときに溺れて以来水を怖がって近づこうとしないわ。挙句の果てには人懐こい性格のせいか、人だけでなく庭をふてぶてしく通っていく野良猫にすらシッポを振って猫にナメられているという。

 そして全く同じ黒のラブラドール・レトリバーでありながら、情けない我が家の犬とは比べものにならないほどに賢く、強……くもないけど犬としての誇りにあふれた一匹のワンちゃん。彼こそが今回ご紹介する『名犬ランドルフ、謎を解く』の主人公、ランドルフ君であります。ドドン!

【あらすじ】

 小生の名はランドルフ。恋人を失ってからというもの心霊術に凝り始めた画家(ただし今は休業中)・ハリーの忠犬である。犬といってもそこんじょらの駄犬とは違う。人間並みの思考能力を持ち、文学通で有名人のゴシップにまで通じているのだ。クリスマスを控えたニューヨーク、飼い主ハリーは興奮した面持ちでランドルフの待つ家に帰ってきた。文壇の名士・オーヴァートンが死んだ現場(ちなみに死亡現場は御手洗い場、彼は用をたす真っ最中であった)に出会したというのだ。ハリーは彼の死に霊が関わっていると思い込んでいるが、ランドルフから言わせれば殺人の可能性が高い。そんなとき、ハリーを狙う影が現れ……果たしてハリーをつけ回す人物はオーヴァートンの殺人犯なのか? ちょっと間抜けなご主人を助けるため、ランドルフの活躍が始まる。

 とまあ、あらすじでさんざ飼い主・ハリーのことを悪く言ったので彼のことを少しフォローしておくと、時系列的にこの物語が始まる少し前、ハリーの恋人——ランドルフからすれば家族であるイモージェンという女性が行方不明となっているのだ。それで心を痛めたハリーは後見人・ジャクソンの勧めもあり画家は休業中。今一度イモージェンの声を聞きたいがために一縷の望みを託してを心霊術なんぞにハマってしまったのである。うう、悲劇だなあ。

 ちなみにこの模様、犬のランドルフ君の視点から悲壮感漂う独白で語られるため、なんというか……ひっじょーにシュールで笑えます。

 ところでこの行方不明のイモージェンさん、日記に謎の書き置きをしていたのだ。実は彼女、失踪前にオーヴァートンと会い、彼が誰かに狙われていることを相談されていた。それが最後の日記なのである。さらにその日記には暗号が記されており、ランドルフ君がこの暗号を見つけたことから物語は動き出すのだ(ちなみに前述のとおり、ランドルフ君は人間の文字が読める)。

 だがランドルフ君は犬である。犬は事件について考えることは可能でも、人間の言葉を喋ることができぬ。これでは推理をしても事件を解決することは不可能である。これは自然の摂理である。しかして彼は何としたか。

 彼はアルファビッツ、つまりアルファベットの形をした朝食用のシリアル(コーンフレーク)を並べることで、霊界からのお告げとしてハリーに事件について助言することにしたのである。

 ハリー オーヴァートンの死には不審な点がある (中略) 我が名はホームズ 真実を求める霊だ わたしのことは他言するな (中略)どこへ行くにも犬を同行せよ わたしは犬に乗り移っている 犬の指示に従え ただちに着手せよ 危険が迫っている 返信不要 口外無用

 ううむ、なんか釈然としないが、このランドルフ君、「どうせご主人は霊を信じこんでるから言うこときかせるのなんて楽勝だよネ! バカとハサミはなんとやら」ってな具合にご主人のためと言いつつご主人のこと、実はバカにしてるんではなかろーか。実はウチの駄犬もそんな風に私のことをバカにしていたのだろうかと考えて、一瞬ナーバスになってしまったのでした。

 肝心の殺人事件についてはあまり触れていないのだが、はっきり言えば殺人事件の謎解きがどうこう、というところを楽しむ作品ではないだろうというのが個人的な見解。

 やはり犬、ランドルフ視点のあれやこれやと彼が人間並みの知能を持ってしまったが故の——そして彼からすれば欠点だらけの愛すべき人間たちとの関係故の——シュールな楽しさが読むときの原動力であろうと思う。そういう観点から言えば大満足。

 ただ、当然犬好きな人が手に取るものであろうから、犬の生態についてすごく書き込みがあるんじゃないか云々と、そこまで期待するとこちらは及第点レベル。犬にも個性がある、程度の話しはするけれど、読んで犬についてすごく詳しくなった、という感じはしなかったかな。

 シリーズとしてはイモージェンの失踪については一巻では解決されず、話しの軸となっていくようなので期待してシリーズを追っていきたいと思うところであります。

コージーについて今回まででわかったこと

  1. 猫が続いた次は犬。動物縛り……なのか?
  2. 個人的には犬が主人公ならもっと「犬」って感じのほうが好みかなあ。
  3. ところで私、実家の犬のこと散々バカにしてたのだけれど、本当は私が犬にバカにされているのではなかろうか……。さっきからそれが気になってすごく心配。

そして次回でわかること。

それはまだ……混沌の中。

それがコージー・ミステリー! ……なのか?

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*1

ありでお願いします。

 動物が主人公で楽しく読めるということでコージーの枠に入っているのだと思いますが、どちらかと言えば今まで読んできたコージーとはちょっと違う臭いがしました。

 まあほら、舞台はニューヨークで都会派だし。小さいコミュニティの話というわけでもないし(画家とか小説家とかいわゆる文化人のお話なのである意味狭い世界ではあるのだけれど……)。

コージー番長・杉江松恋より一言。

 この本を課題にするべきかどうか実はちょっと迷ったのだけど、ケモノものだし謎解きもちゃんとあるしいいか、と思って決めました。というのは次回作以降「これがコージー?」というような傾向はますます強まっていくからです。まあいいじゃん。この第一作に関していえば、頼りない飼い主(正式なご主人さまですらない)を引っ張って謎解きをしていくという奮闘振りがおもしろく、ぎりぎりストライクゾーンなのではないかという気がします。こういう「推理よりもその推理を人に聞かせることのほうが大変」パターンの小説っておもしろいね他にないかな、と思ったら『名探偵コナン』がそうでした……。

 というわけで次は第二作『名犬ランドルフ、スパイになる』をどうぞ。

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小財満

ミステリ研究家

1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。

*1:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。