第2回:『悪党どものお楽しみ』——“元賭博師 vs いかさま賭博師”の頭脳戦 

全国15カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

畠山:翻訳ミステリーは詳しくありません、自慢できるほどたくさんの本を読んでいませんという紳士淑女の皆様。それってラッキーなことです。だってこれからたんまりと面白いお話しに出逢えるんですから。私たちと一緒に一歩ずつミステリー通への道を歩みましょう。

「必読!ミステリー塾」連載第2回目、お題はパーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』です。

 賭博の世界からきっぱり足を洗い父と一緒に農業を営むビル・パームリー、弱冠24歳。ふとしたことからいかさまポーカーでやられっぱなしの有閑青年トニー・クラグホーンと知り合い、かつて培った知識と経験を元にトニーをいかさまの被害から救い出す。それをきっかけに彼の元には次から次へと依頼が舞い込むようになり……という連作短編集。

「<クィーンの定員>中、最稀覯本」なのだそうですが、あいにく<クィーンの定員>がどれくらい有り難いのかわかっていない残念人間であることを潔く白状しておきます。

 ……と、前置きはこのくらいにして、感想言わせて下さい。思い切り言わせて下さい。

好きだー! こういうの好き好き、大好きだーっ!! しかもビルはめっちゃ好みだーーっ!

 いやぁ、実に愉快! 痛快! 爽快! なお話しです。

【愉快ポイント】

 しっかり者のビルと快調にトラブルに巻き込まれるトニーのコンビはまさしく王道。更に脇を固めるビルの父とトニーの妻ミリーがともに賢人であるがゆえにトニーの笑えるダメっぷりが際立ちます。でもダメなりに懸命に奮闘する姿が微笑ましいんですよ。

【痛快ポイント】

 不承不承引っ張りだされながらも見事な手並みでいかさまを暴くビルの姿はカッコよくてたまりません。

 ちなみにポーカーの知識がなくても大丈夫です。私もワンペアとロイヤルストレートフラッシュの名前くらいしか浮かばないという乏しい知識でここまで堪能しているくらいですから。嬉しいことに巻末にゲームの説明が載っているので、お話の合間にチラチラ眺めて補完するといいですね。

【爽快ポイント】

 真っ当なのです。タイトルは「悪党」だし、内容は「賭博」で「いかさま」だけど、根底にあるのは真っ当な精神。最終話の『アカニレの皮』には作者のこんな思いが。

「正しさが報われ、不正は罰せられ、道徳が最終的に勝利すべきなのは自明の理だ。もしこの世が常にそう運ぶとは限らないのであれば、せめて書物の中では断固そうあるべきである」

 かつて人を騙すことを生業にしていたビルは、”人生の汚点の埋め合わせ”のつもりでいかさまの摘発に乗り出すのですが、被害者の救済のみならず、悪事を働いた人にもちゃんと逃げ道を用意してやる度量があります。最近はちょっとしたことで徹底的に叩きのめす風潮があって少し息苦しさを感じたりしませんか? そんな時はこの本を開いてみるといいかもしれません。縮こまった心がスキッと伸びるかも。

 ビルが悪事から足を洗うエピソードも心理的には実にシンプル。ついついあれこれ悩み過ぎる現代人にシンプル・イズ・ベストの精神を思い出させてくれます。

 活字で夢見る女子達よ、ビル・パームリーはお勧めです♪ 顔良し、頭良し、背が高くて細身の筋肉質、職業は今トレンドになりつつある農家(しかも豪農)、そして今なら慧眼のお舅さんがついてくる!

 真面目な話、狂乱の禁酒法の時代にさっさと悪事をやめて農業を選ぶというのは尊敬に値する見事な価値観だと思いますよ、ホント。

加藤:畠山さんハイテンションだなあ。春も近いとみたぞ。

 さて、「罪を憎んで人を憎まず」は孔子の言葉だそうですが、ことイカサマや詐欺に関しては逆ではないかと思うことがあったりします。人の弱みに付け込む詐欺師は許せないけど、その手口には、惚れ惚れとしてしまうようなものが確かに存在する。複雑に手の込んだ大仕掛けから、単純過ぎて「まさか」と思うようなものまで、よくぞ考えついた(よくぞやろうと思った)と感心させられるというか。

「オレオレ詐欺(→振り込め詐欺→母さん助けて詐欺<なぜこうなった?)」なんかは、昭和の時代にそのアイデアを聞かされたとしたら「そんなものに誰が騙される? オマエはアホか〜(<横山ホットブラザース風に読むと、より昭和の雰囲気をお楽しみいただけます)」と誰も相手にしなかったのではないだろうか。騙しの手口も世につれ人につれなのですね。

 そんなわけで『悪党どものお楽しみ』です。もちろん初読で、パーシヴァル・ワイルド自体が初めて。結論から言うと、凄いぞ! 『海外ミステリー マストリード100』! と褒めてあげたい気分です。まだ2冊目なのに、この本を読めた時点ですでに元をとったというか。とはいえオマエにはまだまだ働いてもらうからな、へっへっへっというか。

 僕のようなギャンブル小説好きでなくても楽しめる、アシモフ『黒後家蜘蛛の会』みたいな連作短編集。スーパー探偵が最後はキッチリ全部解決してくれることがわかっていて、そこまでのプロセスと様式美を堪能するタイプの話ですね。

 とはいえ、『悪党どものお楽しみ』の発表年は1929年(禁酒法下のアメリカ)ですから、『黒後家蜘蛛の会』のずっとずっと前。

 いやー素晴らしいです。

 さて、世にイカサマの種は尽きまじ。博打には負けを最小限にする効率の良いプレー法はあっても必勝法はありません。常に勝つ奴がいたら何か理由があって当然なのですね。でも、それが何であるのか分からないのであれば文句を言うなってのも、この世界の掟。かの名作『麻雀放浪記』でも、出目徳(和田誠監督の映画版では高品格)に天和(一生に一度あるかないか級のチョー強い役)を2回連続で上がられたドサ健がブチ切れたものの、最後はイカサマを見抜けなかった自身を恥じて引き下がる場面は印象的でした。これがギャンブラーの矜持ってやつです。

「奴はイカサマを働いているに違いない」なんて言うこと自体が、みっともない負け犬の遠吠えなのですね。

(つい熱くなって、わかる人にしかわからないことを書いてしまったけど、後悔はしてない)

 そこに登場するのが元賭博師の我らがビル・パームリーです。『悪党どものお楽しみ』の第1話「シンボル」は、長過ぎた放蕩の旅を終え、彼が故郷に戻る感動的な話から始まります。しみじみ、いい話や〜って思っていたら、余韻に浸る暇なく、次の話でトニー・クラグホーンと知り合ってしまい、彼の運命は大きく転換することに。ビルに窮地を救われたトニーによる宣伝のおかげで、話が進むごとに(本人は全く望んでいないのに)ビルがどんどん有名になっていき、最後には全米でその名も隠れぬ「イカサマ破り」となっているのが笑えます。

 もしも、あなたの探偵が「最近キレがないかも」と思ったら、ビルの元で修行させてはどうでしょう。超一流の賭博師である彼には、ズバ抜けた記憶力と観察力そして演技力という、名探偵に必要な資質が完璧に備わっていますからね。

畠山:(……加藤さんのギャンブル語りって熱いのね……)

 私は今までギャンブルは一切やったことがないし興味もないのだけど、そんな私とギャンブルが好きな加藤さんがともに絶賛するわけだから、『悪党どものお楽しみ』は多くの人が楽しめる逸品ですね。

 ビルの元での探偵修行っていうのは想像すると面白い。昼は農作業で夜はカード三昧。こうしてパームリー牧場で育てられる家畜と探偵……。

 ギャンブルを題材にした小説には明るくないのですが、ビルのような農夫兼探偵といういわゆる第一次産業系探偵もあまり覚えがありません。漁師探偵とか木こり探偵(まさかの与作?)とか。ああ、競馬シリーズには牧場主探偵がいるけれども。

 さらに『世界傑作短編集3』に収録された同じくビル・パームリーが活躍する『堕天使の冒険』も読んでみました。これは実話を基にしているだけあって詐欺のディテールに迫力がありましたね〜。しかもなんと!『世界傑作短編集3』には前回のお題だったバークリー『毒入りチョコレート事件』の原型である『偶然の審判』が収録されてるじゃありませんか! こちらのロジャー・シェリンガムは長編と少し雰囲気が違いますよ〜。しかもこの短編では犯人が・・・(以下自粛)。読んでみてのお楽しみです。

 こうして興味を持った本からあちこち派生するのも読書の楽しみの一つですね。

 ところで、賭博師や詐欺師って真剣に縁起担ぎや厄払いをしそうですよね。息子さんが受験を控えている時期にスキーを「滑り」、マラソンで「足切り」され、最後に「インフルエンザ」で締めくくった加藤さんは、我が子の災厄を一身に引き受けたという解釈で正しいのかしら? いっそ来年からは全国受験生のための「厄落とし屋」として盛大に滑ったり落ちたり切られたりしてみてはいかがかと。やがて季節の風物詩として「受験生のお楽しみ」になるかも(笑)

加藤:誤解されているようだけど、僕はギャンブルが好きなんじゃなくて、ギャンブル小説が好きなだけ。中学のときには学ランのポケットにチンチロリン用のサイコロ3つがいつも入っていたけど、そんな時期は誰にでもあったはず。そこんとこ夜露死苦(ついでに哀愁)。

 ギャンブル小説といえば、翻訳ミステリー的にはレナード・ワイズ『ビッグ・ゲーム』『ギャンブラー』は良かったなあ。あと、リチャード・ジェザップ『シンシナティ・キッド』とか。でも、こういう本格ギャンブル小説ってなかなか翻訳されないんだよね。その大きな理由として、スタッドポーカーやブリッジが日本であまり知られていないってこともあるけど、ハードボイルドやノワールにも増して女性受けしないというのが大きいと思う。出てくる女性が概ね男にとって都合の良い従順な女性だったりするのも痛い。名古屋読書会の課題本にしたら、炎上どころか文字通りその場で焚書にされるんじゃないかと。

 その意味でも『悪党どものお楽しみ』はギャンブルを題材にしているにもかかわらず女性にお勧めできる希少な本なのではないかと思います。

 ところで畠山さん、最後に洒落にならない話を振って終わるのは勘弁してよ。確かにこれまで好き勝手にやってきた僕だけど、息子の高校入試前週にインフルエンザに罹ったのはさすがに堪えたよ。家族中の舌打ちが聞こえたもん。時期が時期だけに、家族との接触不可を申し渡されたのは仕方ないにしても、快復してもこのまま接触不可が解除されないんじゃないかと本当にドキドキしたよ。ていうか、まだ予断を許さない状況なんですけど。

 加藤家の皆さん、人生にはトラブルがつきものです。どんな時もイカサマではなく正々堂々と切り抜けることが大切なのだ、という父の体を張った教えが届いたと信じています。

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 パーシヴァル・ワイルドは演劇脚本を本職とする作家で、邦訳が4作出ています。どれを読んでも外れなし、の最強作家なのですが、残念ながら『悪党どものお楽しみ』以外は現在品切れ中なのですね。気になる方はちょっと古本屋などで探してみてください。

 『検死審問 —インクエスト』とその続篇『検死審問ふたたび』は、文庫なので値段もきっとお手頃でしょう。『検死審問』はかつて江戸川乱歩が「1935年以降のベスト・テン」に挙げたこともあり、古くから名作として知られた作品です。この作品は全篇が検死審問(変死事件の死因を法的に確定させるための制度)の審理録の形式をとっているのですが、プロットが見事と言うしかない。検死官を務めるリー・スローカム閣下の賢いんだか馬鹿なんだかわからない語りに翻弄されているうちに罠にかけられ、あっと驚く結末へと連行されてしまうのです。続篇『ふたたび』では、前作でスローカム閣下のマイペースぶりにカリカリきていた陪審員の1人が暴走し、審理録の乗っ取りを図るという展開があって、さらに笑えます。よくこんなこと思いつくなあ。

 そして『探偵術教えます』は、通信教育で探偵になった(と思い込んだ)男が教官の制止も聞かずに事件に首をつっ込みまくり、なぜか解決に導いてしまうという素敵な連作短篇集で、これも書簡形式という珍しい作りになっています。

 次回はダシール・ハメット『ガラスの鍵』ですね。また、楽しみにしております。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

どういう関係?

15年ほど前に読書系インターネット掲示板で知り合って以来の腐れ縁。名古屋読書会に参加するようになった加藤が畠山に札幌読書会の立ち上げをもちかけた。畠山はフランシスの競馬シリーズ、加藤はハメットやチャンドラーと、嗜好が似ているようで実はイマイチ噛み合わないことは二人とも薄々気付いている。

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