第8回:『迷走パズル』——信頼できないにもホドがある人々

全国15カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

加藤:気が付けばもう10月。今はもう秋ぃ〜誰もいない海ぃ〜と、先ごろ亡くなられた山口洋子さんはしみじみと詞に書かれましたが、私の地元は秋祭りのシーズン真っ盛り。皆さん、盛り上がってますか? 「爽やか」は夏ではなく秋の季語なのだそうですね。この季節になると極端に本が読めなくなるのが個人的な悩みです。

 さて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』をテキストに、翻訳ミステリーをイチから勉強する「必読! ミステリー塾」。今回もどうぞお付き合いください。

 第8回となった今回のお題はパトリック・クェンティン『迷走パズル』。こんなお話です。

火事で妻を亡くした演劇プロデューサーのピーター・ダルースはアルコール依存症となり、療養所(実態はセレブ専用の精神病院)に入院する羽目に。そこには個性的な医師や理学療法士のほか、自分が破産したと思い込んでいる億万長者の投資家や、自分をドラッグストアの店員だと思い込んでいるNBLの花形選手、ナルコレプシー(日中に眠りの発作等に見舞われる病気)のイギリス人青年など、様々な人たちが生活していた。ダルースの経過は良好で、退院も近いと思われたある日、殺人事件が発生。レンツ所長により探偵役に指名されたダルースだが……。

 では、まずいつもの周辺情報の整理から行きましょう。

 著者名パトリック・クェンティンは合同筆名。岡嶋二人や藤子不二雄、エラリー・クイーンのパターンですな。でも、ちょっと違うのは、なかの人がちょこちょこ入れ替わってたらしいってこと。『迷走パズル』の頃はヒュー・キャリンガム・ウィーラーとリテャード・ウィルスン・ウェッブの二人が書いていたそうです。まあ、いろいろと事情はあったのでしょうが、こうなると筆名というよりグループ名とかチーム名に近い感じですね。だったら、後から区別ができるように「3代目パトリック・クェンティン」とか「パトリック・クェンティン14」とかにしてくれればよかったのに。

『迷走パズル』は1936年に発表された、ピーター・ダルース物の第1作。2作目の『俳優パズル』、8作目の『女郎蜘蛛』など、世評に高い名作シリーズなんですって。

 ちなみに1936年と言えば昭和11年。日本では二・二六事件が起こり、翌年には盧溝橋で日中両軍が衝突し、日中戦争、太平洋戦争に突入していこうという不穏な空気が流れていた頃です。そんな時代に海の向こうのアメリカでは、こんな平穏な(というと語弊があるけど)日常があったのかと思うと、いつもながら不思議な気持ちになります。

 そんなわけで今回読んだ『迷走パズル』ですが、もちろん初読で、パトリック・クェンティンも初めて。タイトルからして、ポップなユーモアミステリーを想像しておりましたが、意外としっかりしたミステリーでありました。

 この物語の最大の特徴は何といっても特殊な舞台設定と言えましょう。療養所という閉じた世界で進行する話なので、登場する人間も限られます。様々な事情と問題を抱えて加療中の患者たちと、医療側の人々と、通報を受けて駆け付けた警察の3種類のみ。何らかの理由で精神のバランスを崩すか、神経に疾患を持つとはいえ、患者たちは皆、無害に見えますし、医療従事者も仕事熱心な人ばかり。でも、このなかに殺人犯がいるのですねー。怖いですねー。

 神経に障るといけないという理由で殺人事件のことは患者たちには徹底的に伏せられ、警察による尋問や聴取は認められません。そこで、患者のなかで最も正常に近いと思われるダルース(彼は死体の第一発見者でもある)が所長と警察の信任(?)を得て、真相を探ろうとするのですが、そこはもう理屈も屁理屈さえも通じない世界。というか、患者たちは皆、自分だけの世界で暮らしているようなものだから。

 しかも、事件は、主人公ダルースが謎の内なる声を聞くところから始まるのですね。「間もなく殺人が起こる。逃げろ」って。もうこの時点で怪しいわけ。このアル中の主人公はマトモなのかって。とはいえ僕らは彼を信じるしかないのですが。

 そして、読み進めるうちに医療従事者もそれぞれクセがあるのが分かってきて、もう誰も信じられなくなるという。

 そこでわしはハタと考えた(椎名誠風)。

この世界観は何かに似てるって。読みながらずっと気になってたんです。そしてついにヒラメきました。整いました。そうですアレです。スパイ小説です。

 ル・カレの『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』に代表されるエスピオナージュの定番テーマの一つ「モグラ探し」なんです。

 世間から遮断された特殊で秘密ちっくなコミュニティー。その中に犯人(裏切り者)がいるのだけど、それが露見するとコミュニティーはパニックに陥り、世間からの非難も免れない。そこで、組織のボスは事情を知る僅かな人間に緘口令を敷き、一人の探偵役を指名する。

 表立って派手に動けない主人公は隠密捜査を開始するが、真相に近づくほどに危険が迫ってくる。

その静かな緊迫感みたいなところも読みどころじゃないかと。

 ところで畠山さん、今週末はいよいよ『ゴーストマン 時限紙幣』読書会だよね。課題本は楽しめたのかな?

畠山 :なんとなんと。(←『ゴーストマン』を読んだ方がクスッとするところです)

 毎朝体重計にのるたびに目を瞠っております。

 天高く我肥ゆる秋。暑さで寝苦しかった夜はもう百万光年の彼方。爆睡、爆食の悦楽にひたる日々。そして来るべき冬に備えて脂肪を絶賛蓄積中(涙)

 秋の夜長は読書に最適。というわけで『迷走パズル』です。私も初めて読みました。一応、「ダルース夫妻もの」で、夫は演劇プロデューサー、妻は女優という中途半端な情報だけを持っていたので、てっきり懐かしのドラマ「探偵ハート&ハート」みたいな、ゴージャス夫妻が華麗に事件解決! みたいなお話なのかと思っていました。

 思い込みはよくありませんね。冒頭部分ですでにその予想が覆りました。

 せっかくなのでドラマのオープニングナレーション風に(声:熊倉一雄)ご紹介しましょう。懐かしいねぇ、1980年代♪

こちらミスター・ダルース 

演劇プロデューサーで回復途中のアル中患者

こちらはアイリス・パティスン

これがまたとびきり可愛い方

未来の旦那様と同じ病院に入院中

あぁ申し遅れましたが私はレンツ博士

お二人の治療をしております

何しろお二人揃って謎の声を聞いてらっしゃる

(治療ついでの)犯人探しにさぁ参りましょうか!

 舞台が精神病院なのにこんなに軽いノリはないだろうと思われるかもしれませんが、意外なことに心地よい軽さと優しさがあるんですよ、この作品。ジメッとした暗さがない。

 日本で精神病全般に対する理解が深まってきたのは近年のことではないでしょうか? 少なくともこの作品が書かれた時代(二・二六事件! その3か月後に阿部定事件!)、精神病者は非常にネガティブな、禁忌の存在だったと思います。

 ところがこの作品では、そういう差別的な視点がありません。誰にでも心のバランスが悪くなることがあるということ、他人の目には奇妙に映る行動にも理由があること、病によってその人の尊厳が失われることがないこと、治療者に高い職業意識が求められることなどがじわじわ伝わってきます。

 窃盗症のミス・パウエルの鮮やかな手並みたるや一級品の芸術だし、“頭の中のリズムが乱れてしまった”名指揮者シュトローベルが奏でるピアノは心が洗われるよう。彼らの日常を追うだけでもほんわかと心が温かくなります。ダルースは「精神を病んだ人々の感化されやすさにつけ込むのは何と残酷で思いやりのないことか」と犯人に対して憤りを感じているのですが、まったくその通り。

 被害者はなぜ自ら拘束衣を着たのか、患者を操ろうとする“声”の主は誰なのかという不気味さを感じさせる謎、加藤さんが触れている誰も信じられない疑心暗鬼の状況がありながら、ゆるりとしたハートウォームな雰囲気を保っているのってすごいなぁと思うのです。

 そして本を読み終わった私は続けて2作目の『俳優パズル』を手に取りました。だって気になってしょうがなかったんです。ダルースが。完全巻き込まれ型で名探偵には程遠いタイプだから。パズルシリーズって何作もあるのに、彼はこの調子でどうやってシリーズを持ちこたえているのだろうかと純然と心配になりました。

 主人公が心配だなどと何を上から目線にと思われそうですが、実は私、今回は犯人を当てたのです。普段は轟警部(※)並みの的中率を誇る私がですよ。うっひっひ。まぁ特に論理的な理由ではなく“なんとなく怪しい”という野生の勘に他ならないのですが。※「轟警部」〜市川昆監督の金田一シリーズの常連。「よーし! わかった! 犯人は○○だ!」のセリフでお馴染み。もちろん推理は全く当たらない。演じたのは加藤武。

 今でこそマラソンだ、登山だとやたら健康的なイメージの加藤篁さんですが、私の友人から聞かされる逸話はオフ会で酔っぱらっていつの間にかdisappearし、(How cool GHOSTMAN!)別れの挨拶はトイレのドア越しだったという飲んだくれ伝説。通院・・・じゃなくて痛飲歴のある方はいわゆる「アル中探偵」みたいなのにはシンパシーを感じたりするものなのかしら・・・?

加藤:アル中探偵といえば、僕の頭にまず頭に浮かぶのは、やはりマシュー・スカダー。彼も過去の不幸な事故が原因の一つとなって酒に溺れたわけですが、ピーター・ダルースという同じような境遇の大先輩がいたのですね。

 ところで、前から思ってたんだけど、スカダーは『800万の死にざま』で、飲んだら死ぬぞというところまで追い込まれてから一滴も飲まないという模範的な禁酒生活者になったわけで、いつまでも「アル中探偵」というレッテルを貼られるのはかわいそうなのではないかと。むしろ「禁酒探偵」とか「素面探偵」とかが正しい肩書ではないかと思うわけです。

 ちなみに名古屋の某女性書評家は、つい最近まで、このローレンス・ブロックの出世作を「やおよろずのしにざま」と思ってたらしいって話はしたっけ? ぷぷぷ。

 おっと話が逸れました。

 畠山さんも書いてるけど、主人公のダルースは探偵役として張り切ってはいるけど、基本、推理はなってないんだよね。

 とはいえ、ダルースも入院加療中の身であって、自由に動けないのが辛いところ。

 そこで彼がとった行動は、とにかく会う奴全員にカマをかけて「反応した奴が犯人」という危険な作戦なんですねー。

 考えたら、これって名古屋でジル・チャーチル『ゴミと罰』読書会やったときにさんざん言われてたやつだ。「こんなのミステリーじゃない!」とか「ドリフのコントか!」とか。

 しかし今回わしもいろいろ考えた(ふたたび椎名誠風)。行動に制限がある素人探偵にできることって、こんなことしかないよなあって。

 ごめんね、ジェーン。すまんかった、名古屋読書会のジル・チャーチルファンの皆さま。今さらだけど浜名湖より深く反省しています。

 あと、話の途中でダルースがひと目惚れして、その後の犯人捜しのモチベーションとなってゆくアイリスという女性のトッテツケタ感はなんだったのだろう。

 アイリスがダルースに惹かれてゆく過程が全く見えなくて、何故この二人がくっついたのかがサッパリ分からない。

 そこで私が思いついた答えを、畠山さんに対抗してドラマの吹き替え広川太一郎風に紹介しましょう。

あららら、なんともはや

ピーターとアイリスってば

いつの間にか恋人同士でないかい

危ない橋を一緒に渡って

これがホントの「吊り橋効果」

もー憎い憎い〜肉屋のコロッケ

なんて言ってみちゃったりなんかして〜

このこの〜

 昔よく言われたよね「吊り橋効果」。好きな女の子ができたら遊園地へ誘えって。二人でお化け屋敷に入れとかジェットコースターに乗れとか。人間は特殊な状況における興奮と異性に感じるドキドキ感を混同しやすいんだって。女子は「あたし、もしかして、この人が好きかも」って勘違いするらしいぞって。

 個人的な経験では、これには一定の真実が含まれているのではないかと思うのです。若者諸君は是非お試しあれ。というか、二人きりでお化け屋敷に入れる関係になるまでが大変だって話なんですけどね。

 また、これは分かる人にしか分からないネタなんだけど、あえて書かせてください。

 療養所内のパーティーで、ダルースが嫌々ながらブリッジに加わる場面。

相手の「フォー・スペード」に対してダルースのパートナーが「ノー・スペード」をビッド(<ファイブ・スペードかフォー・ノートランプの間違いか?)。さらに相手の「シックス・スペード」にダルースが「セブン・ノートランプ」を被せ、最終的に10ダウンを食らうって、一体どんなハンドでどんな展開だったのだろう。ブリッジが好きな方は、是非読んで推理してみてください。

 というわけで、肩の力を抜いて肩甲骨をゴリゴリいわせながら『迷走パズル』を堪能しました。

 では、熱海合同合宿の課題本『ゴーストマン 時限紙幣』に取りかかろうかな。

そうそう、熱海合同合宿の参加を迷ってる皆さん、いよいよ今週末10月4日(土)24時が参加受付け締切ですよ〜。

畠山 :「浜名湖より深い反省」って名古屋読書会の方はどう捉えてらっしゃるのかしら? 浜名湖って面積は広いけどそんなに深くないハズ・・・ですよね?「鼻からうなぎパイでも食っとけ!」くらい返されちゃったりしないの? ま、いいや(笑)[編集部註:浜名湖の平均水深は4.8m

 真面目な話に戻りますが、確かにダルースの取った方法はかなり危なっかしいんですよね。そもそもカマをかけてる相手は精神病を患ってる人たちだから、わかりやすい反応が返ってくる可能性が低いし、かえって病状を悪化させるリスクもある。もし患者さん達に混乱が起きれば妙な動きをしていることを犯人に悟られる可能性だって高い。とはいえこの閉鎖空間でそれ以上の妙案があるわけでもなく・・・じゃぁやっぱりこの話の展開はこれしかないってことか!? などと考えつつラストまで読むとですね、思わず「あんた! そりゃ無茶だわ!」と言いたくなる事実が待ってるんですよ。ネタバレになっちゃうからここまでにしておくけど。ふふふ。

 それとアイリスの恋心ね。ダルースの一目惚れ視点で語られているのみで彼女の心情はわかりにくいですね。

 吊り橋効果? 加藤さん実践済みなんだ・・・いや、笑わない! 笑わないよ!(手が震えてミスタイプ連発中)加藤青年のなけなしの勇気と下心に乾杯。ついでに「お化け屋敷でガチで悲鳴をあげて女の子に抱きつきドン引きされた」に3000点。ま、その話はおいおい聞かせてもらいましょ。老婆心からご忠告申し上げますが、イマドキは「吊り橋効果」なんて呆れられるだけですからね、男子諸君。

 おっと、また脱線しました。(脱線がメインだろうって言っちゃダメよ)

 私が思ったのは彼女にとってダルースは病んだ世界と健康な世界を繋ぐ存在だったんじゃないかなーってこと。ダルースはすでにかなり回復していてほぼ全快に近い人。でももちろん病の辛さや入院生活の切なさをよくわかっていてそういうのが自然と滲み出てくるからアイリスは他の患者や医療従事者よりもずっと素直に彼に頼ることができたんじゃないだろうか? あくまで「私がアイリスだったら」という想像なんだけど。

 おー! そうだそうだ! 大事なことを忘れてた!

全体的に不安定で怪しげな人ばかりが登場する作品ですが、唯一、「素敵♪」とときめくキャラがいるのですよ。内部を探るべく介護者として病院に潜入しているクラーク刑事! この人がねぇ、性格いいし頭いいしでめちゃくちゃ仕事のデキる人なの。

 最近のミステリー小説はくたびれた刑事とか偏屈な刑事とかダメ男とかクズ野郎とかが多いんだけど、やっぱり本筋は「デキる男」ですよ。今や絶滅危惧種かもしれないけど。組織に一人、一家に一人、隣人に友人にそして人生のパートナーに、もう何でもいいからこういう人にはぜひいて欲しい。

 この方は次の『俳優パズル』では警部に昇進(拍手!)して、またまた心憎いことをやってくれますので皆様ぜひ黄色い声援をお送り下さいませ。

 私も読後感の良いこの作品を楽しみました。

さて、熱海合同合宿に先がけて、今週末は札幌で『ゴーストマン』読書会です。翻訳された田口俊樹さんに読了者からの素朴な疑問にお答えいただいたりなんぞして準備は万端。あとは消えるのみ・・・じゃなくて語るのみ!

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 その昔、パトリック・クエンティンといえば名のみ高くて手に入らない作家の代表格でした。ミステリー入門書にはアイリス&ピーターのカップルが夫婦探偵の典型として紹介され、しかもその間柄が一作ごとに変化していく(どう変わるのかは言いますまい)珍しい例だと書かれていました。今となってはデニス・レヘインのアンジー&パトリック・シリーズなど、男女間のドラマをシリーズの柱にした作品は多く、特筆すべきほどのこともないのですが、当時は新鮮に感じたものです。

 本書で出会った二人は以降コンビを組むことになりますが、その連作は1952年に発表された『女郎蜘蛛』(創元推理文庫)で終焉を迎えます。実は同作は、リチャード・ウィルスン・ウェッブ&ヒュー・キャリンガム・ウィーラーの合作筆名としてのパトリック・クエンティンの最終作でもありました。以降はウェッブが脱落し、ウィーラーが単独で書き続けることになります。実を言うとそれ以降に秀作が多い。『女郎蜘蛛』は巻き込まれ型サスペンスのお手本というしかない作品で、主人公のとった行動が後になって自分自身を追いつめることになる伏線回収の手法などが見事に詰め込まれております。このシリーズではピーター・ダルースを「名探偵」と考えるのではなく、事件の中に巻き込まれてしまう視点人物(読者の代理でもある)と見なすほうが小説を楽しめると思います。『女郎蜘蛛』はその到達点。

 もちろん本書も、サスペンスとしては秀作です。お二人にもご指摘いただきましたが、登場人物の誰も信用できない五里霧中な感じが実に素晴らしい。精神病院を舞台にした作品の最初期にあたる作品ですが、密閉空間で高まる不安が見事に表現されています。ダルースが「お告げ」のような声を聞くところから話が始まりますが、そうした形で展開の無駄を削ぎ落としているのであり、贅肉のないプロットが楽しめます。もしこれを読んで気に入ったら、ぜひクエンティンの諸作に挑戦してみてください。上に挙げた『女郎蜘蛛』の他『わが子は殺人者』などがお手に取りやすいはずです。

 さて、次はレックス・スタウト『料理長が多すぎる』ですね。アメリカが産んだもっともユニークな探偵小説をどう読まれるか、楽しみにしております。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

どういう関係?

15年ほど前に読書系インターネット掲示板で知り合って以来の腐れ縁。名古屋読書会に参加するようになった加藤が畠山に札幌読書会の立ち上げをもちかけた。畠山はフランシスの競馬シリーズ、加藤はハメットやチャンドラーと、嗜好が似ているようで実はイマイチ噛み合わないことは二人とも薄々気付いている。

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