——ミステリー好きは業が深い

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

畠山:西日本の豪雨で被災された皆様、心からお見舞い申し上げます。
そして酷暑に喘いでいる皆様、どうぞ無理はなさらず、お体ご自愛下さい。
 毎年熱中症で亡くなる方がいるというのに、関東以南でもエアコンのついてない学校が多いということに大変驚いています。北海道民であるワタクシは、恥ずかしながら30℃超えたら虫の息でございます。「命にかかわる猛暑」と呼ばれる暑さの中で、エアコンなしとか野外活動だなんて考えただけで倒れそう。なにをどうしたらいいのかわからないけど、とにかく一刻も早く必要な場所にエアコンが完備されますように。

 さて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。今回のお題は、ジョン・スラデック『見えないグリーン』。1977年の作品です。

 その昔、ミステリー小説好きが集まって楽しんでいた“素人探偵七人会”。老女ドロシアは、かつてのメンバーでもう一度集まろうと招待状を出した。しかし、孤独に暮らすストークスからは断りと不可解なメッセージが届く。不審(という名の好奇心)をおぼえたドロシアは素人探偵サッカレイ・フィンに相談する。ほどなくストークスは密室状態のトイレで死んでいるところをフィンに発見され、それを皮切りに素人探偵会のメンバーの周囲に危険なことが起き始める。そしてついに次の犠牲者が……

 ジョン・スラデックは1937年生まれ(2000年没)のアメリカ人。ミネソタ大学で文学と機械工学を学んだという下地のせいなのか、暴走するマシンや狂気に陥るマシンなどを題材にしたSF作品を書いています。同時に大御所SF作家のパロディー作品も書いているのだそうで、なんだかとっても読んでみたい。
 ミステリー作品はなんといっても本作『見えないグリーン』がダントツで有名ですね。本作の素人探偵サッカレイ・フィンは他にも長編『黒い霊気』やいくつかの短編に登場しています。

「ダントツで有名ですね」、なーんて知った顔で申し上げましたが、ジョン・スラデックを読むのは初めて。いまさら驚かれはしないと思いますが。
 今回私はビギナーズラックを手にしました。えへへ威張っちゃうゾ。犯人わかっちゃったー♪ その人が登場した途端に「コイツな気がする!」とビビビときたのです。ええ、野生の勘に決まってます。私の名前はカルメンです。もちろんあだ名に以下自粛。

 しかしながら、コイツだ!とあたりをつけて読んではいたものの、動機も方法もまったくわからず。それに何が“見えないグリーン”なのか、人なのか色なのかもピンと来なくて、最後の最後まで悩まされました。まさかあんなに鮮やかに、きょとーんとするほど見事に解決してくれるとは! 探偵推理小説の醍醐味である作者との頭脳勝負が大好きな方は必読です。

 そして「素人探偵七人会」のメンバーがユニーク。中心になるドロシアは頭がよくてキュートなおばあちゃん。でも彼女が旧友の死に直面して、野次馬根性を隠し切れない様子などはいかにもミステリー・フリークのいやらしさ(気をつけようね、ミステリクラスタの皆様!)が出ています。また妄想癖のある元軍人ストークスは、曰く「スパイ小説の読みすぎ」であり、暴力的な言動の多い元警官のダンビは「ハードボイルド愛好者だから」とサクッと括られてしまう。ミステリーファンとしては苦笑の連続。

 力いっぱい dis られた感のある加藤さん、どうよ?


加藤:
もう信じられないくらい毎日のビールがうまい今日この頃。「おまえ一年中ビールがうまいって言ってるだろ」と突っ込んだアナタ、ミネラルが不足しているのかも知れません。経口補水液に味を感じたら疲れている証拠らしいですよ。
 それにしてもこの暑さはどうなのよ。みんなの言う通り、こんな時期の東京でオリンピックをやるなんて本気なの? せめて、マラソンと競歩はどう考えても冬のスポーツなんだから冬季オリンピックの種目にすべきなんじゃね? あ、それを言ったらサッカーもラグビーも冬のスポーツか。
 そうそう、サッカーと言えば、ワールドカップも終わってしまえばあっと言う間でしたね。今回印象に残ったのはロシアのホスト国としての見事な振る舞いでした。ロシアが予選リーグで連敗でもしていれば現地は盛り下がっただろうし、でも、あれ以上勝ったら勝ったで、世界のサッカーファンはシラケたのではないかと。何事もバランスが大事。一年後にラグビーのワールドカップを控えた日本としては見習いたいところです。
 ちなみにラグビーの日本代表は、ワールドカップには第1回大会から欠かさず出ているにもかかわらず、予選リーグを突破したことが一度もありません。日本の世界ランクは11位(2018年7月現在)。番狂わせの起きにくいと言われるラグビーですが、ホスト国として初のベスト8を期待したいところです。

 さて、そんなわけで今回の課題本『見えないグリーン』。なんといっても、いきなり引き込まれたのがこの設定でした。ミステリー愛好家のコミュニティーで起こる殺人事件! こりゃ、どーしたって読書会で顔を合わせるいろんな人たちの顔に当てはめて読んじゃうよね。
 でも、コミュニティーのなかでスパイ小説好きの退役軍人とハードボイルド好きの元警官がともに変人で、しかも1番目と2番目に殺されるって、悪意ありすぎだろ。畠山さんの「disられてやんの(半笑い)」みたいな態度にも腹立つわあ。ちなみに僕は、この二人に名古屋読書会の荒ぶる保育士あっきーと、日〇協のナベタニさんを脳内キャスティングして読みました。いや、彼らが特に問題があるってわけじゃないですよ。一般的だとも言わないけど。なに? オマエには言われたくない? 上等だオモテでろ。僕は裏口から失礼します。じゃ、そういうことで。

 そして、この話の素晴らしいところは、探偵で主人公のサッカレイ・フィン君が丁寧に読者をエスコートしてくれるところ。この手の頭を使う話があまり得意でない僕が楽しめたのは、ひとえに彼のお蔭です。フィン君は、その時までに知り得た情報と、まだ残っている謎を、たびたび整理して読者の前に並べてくれるのですね。本格ミステリー(永遠の)初心者には嬉しい親切設計。いやーホントに助かりました。


畠山:
なんて迷惑な脳内キャスティング! スパイ小説、ハードボイルド好きの方はご用心。いやそれより、自分のことを棚に上げて、読書会のメンバーを引き合いにだすとは、見事な器の小ささだよね、加藤さんも。「卑しい街をゆく高潔の騎士」に胸打たれながら手近の人を売り渡す……そりゃスラデック先生に dis られても仕方がない。

 加藤さんは特異な例としても、ミステリー好きって変なイメージを持たれていません?「変わった人」「理屈っぽい」「こじらせてる」「殺人と聞くとテンションが上がる」…とかなんとか(全否定できないところがアレ)。
『見えないグリーン』ではそんなミステリー好きの(あくまで一般にそう思われてるらしき)面倒くささを軽くイジられたようなところがあります。なにせ探偵サッカレイ・フィンは「きみ、アガサ・クリスティー好きかい?」と聞かれて、「アガサ・クリスティーって誰です?」と答えるのですよ。冗談なのか皮肉なのか素なのかわからない。これってミステリーファンが風刺されちゃってるってこと? イヤマイッタネ、でもちょっとくすぐられちゃうね、というのが率直な感想です。

 さて、本作では3つの殺人事件がおこります。これがまたどれもこれも強力。
 第一の殺人は密室で、死因も病死と見分けがつかない。第二の殺人は顔見知りばかりが集まっていたはずなのに、被害者が犯人に「お前は誰だ」と問いかけている不思議。第三の殺人は鉄壁のアリバイ・トリック。
 第二と第三の殺人では人の出入りも頻繁ですし、全編にわたって真と偽の手掛かりがいーっぱい散りばめられています。全部覚えていられなーい! と普通ならギブしそうになるのですが、そこを見事に探偵がフォロー。加藤さんの言う通り、とてもわかりやすくしてくれているので、三歩で忘れる鳥頭仲間の皆様もご安心下さい。
 ちなみに、サッカレイ・フィン氏は無頓着すぎて奇天烈な服を着てしまうというちょっと面白いキャラ設定。関係者たちと行動を共にしながらあれこれ嗅ぎまわりはするのですが、嫌味のない性格なので安心して読み進められます。
 そしていざ謎解きをすると、犯行の手段も犯人の動機も、あらゆるところに伏線が張ってあったことがわかって驚嘆します。ちょっと気になってたアレも、え? そんなのありました? っていうくらいさり気なくて気づかなったソレも、ぜ~んぶ合理的な説明がなされて、超納得。痒いところを全部掻いてもらったスッキリ感です。

 でも、もしこの本で読書会をするならば、私が力説したいのはただ一つです。犯人は鬼畜! その所業、許しがたし! 特に○番目の犯行! 犯行の手段を知った時、私は被害者を思って涙してしまいました。天誅を下してやりたい!


加藤:
『見えないグリーン』は僕にとって、久しぶりに見たことも聞いたこともない本でした。タイトルを聞いたときは、ゴルフ場で殺人事件が起こる話に違いないと思ったよ。
 でも(あの)畠山さん(ですら)も知っていたってくらいだから、その筋では有名なんでしょうね。なんだその筋って。なんだか久しぶりにミステリーらしいミステリーを読んだという達成感というか満足感を味わえた本でした。70年代に入ってからここ暫くのマストリードは、僕にとってドストライクのアッチ系が続いていたので、めっちゃ新鮮でした。なんなんだアッチ系。

 なるほど、言われてみれば連続で起きる3つの殺人事件はそれぞれタイプが異なる不可能犯罪なのですね。しかも、最初に殺されるあっきーとナベタニさんじゃなくて、退役軍人と元警官は、隠れ家に住んでいるうえ、必要以上に身辺に気を配ったりしているので、そもそも殺すのが難しそう。どれか一つでも長編ミステリーとして成立しそうなのに、3つも詰め込むなんて凄いことです。
 さらに「またこのなかの誰かが殺されるんでしょ、誰?誰?(ワクワク)」みたいな『そして誰もいなくなった』的な要素まで詰め込むなんて。なんという贅沢な話でしょう。

 そして、畠山さんの言う通り、この話は最後まで読むと「なるほど」と唸る、とてもフェアな作りになっているのに気づかされます。強引なミスリードもなければ、ことさら隠されている情報もない。それどころか、前にも書いた通り、探偵のフィン君がたびたび情報を整理してくれ、すべてのカードをテーブルに広げてくれる。これには著者スラディックの絶対の自信が感じられました。「タネも仕掛けもありません。なんなら裸になりましょうか?」みたいな。
 絶対にありえないと思えた3つの犯行が、フィン君によって解き明かされるさまは気持ちいいの一言でした。
 未読の方は、毎日の寝苦しい夜のナイトキャップ代わりにいかがでしょうか。

 

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 ジョン・スラディック『見えないグリーン』の翻訳刊行は1985年のことでした。1980年代前半は翻訳ミステリーの過渡期にあたります。いくつかの動きがありましたが、一つ重要だと私が考えるのは謎解き小説復権の動きがあったことです。東京創元社の専門レーベルである創元推理文庫では、1982年に一部の古典作品が「探偵小説大全集」というコピーの書かれた帯付きで売り出されます。〈シャーロック・ホームズのライバルたち〉のアンソロジー刊行も同時期に進行し、それまで名作ガイドなどでしか目にすることができなかった作家・作品が身近な文庫で手にとれるようになりました。現在に至る古典発掘ブームの種は、この時期に蒔かれたといっていいでしょう。

 同じく専門出版社である早川書房第一の功績は、当時旬だった作品を文庫オリジナルで刊行したことではないかと思います。1981年のウィリアム・デアンドリア『ホッグ連続殺人』はミッシング・リンクものの新たなバリエーション、1983年のピータ―・ラヴゼイ『偽のデュー警部』は近代史もの、かつ豪華客船ものという新たなマスターピース、そして1985年のスラディック『見えないグリーン』は、ミステリー中毒者たちの間で起こる連続殺人というマニア向けの状況設定と、新種のトリック創出という謎解き小説好き垂涎の趣向を盛り込んだ一作でした。インターネットによる情報収集が容易になった現在では笑い話の領域に入りますが、1980年代前半という時期は「海外では謎解き趣味のミステリー(いわゆる本格)はほぼ絶滅状態にある」という怪説がまことしやかに囁かれたこともありました。もちろんそれは間違いで、形を変えて謎解き小説は書かれ続けていたわけですが、そうした実態が少しずつわかってきたのもこの時期だったのでした。『見えないグリーン』という題名を見ると、当時の熱狂的な気持ちが蘇ってくるのを感じます。ちなみにもう一冊の長篇ミステリーである『黒い霊気』も、本書ほどではないですが独創的なトリックが用いられており、できれば再刊を希望したいと思います。海外ミステリーの新刊で新しいトリックを読んだ、とそれだけで興奮できたあのころが実に懐かしい。

 背景の話が長くなりすぎました。『見えないグリーン』は、いわゆるコージー・ミステリーの走りでもありました。現在ではだいぶ色合いが異なる受け止められ方をしているコージーですが、もともとの意味合いは、古典探偵小説へのオマージュとして、純粋な謎解きを楽しめる作品を読者に提供しようということだったはずです。本書刊行と同年の1985年、アメリカ作家マーサ・グライムズのジュリー警視ものの第一作『「禍いの荷を負う男」亭の殺人』が文春文庫から刊行されました。グライムズとスラディックの共通点は、古典的探偵小説というジャンル自体のパロディを企図して自作を書いたということです。本書もその色彩が濃いですが、『黒い霊気』ではさらに強く、「パリのアメリカ人」ならぬ「ロンドンのアメリカ人」、すなわち新大陸の人間が父祖の地であるイギリスを訪ねたことによって生まれる頓珍漢な笑いが、さりげなく背景に描きこまれているのでした。そのようなパロディ的な趣向の作品は1990年代以降もどんどん翻訳されるようになりますが、その先駆けとしてジョン・スラディックを再評価してもいいのではないでしょうか。

さて、次回はケン・フォレット『針の眼』ですね。これまた楽しみにしております。

加藤 篁(かとう たかむら)

愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?)twitterアカウントは @shizuka_lat43N

 

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