歌の世界、踊りの世界、演劇の世界、CMの世界と、どこを向いても人気グループの関係者で定数が埋まっちゃってる印象の昨今。男性タレントは、ジャニーズ事務所かエグザイル関連の方々、女性タレントは、ハロプロを凌駕するかの勢いのAKB関連の女の子たち。劇場でチラシなんかもらうと、キャストの中にHKTだのNMBだのが( )付きで印刷されてるかわいい娘とか、よく見かけるようになった。とりわけカリスマ的な人気を誇るセンター平手友梨奈を擁する欅坂46なんかは、その昔の昭和歌謡の時代のごとく町中で新曲のメロディーを耳にしない日はないほど。
そんな彼女らの8枚目のシングルのタイトルが「黒い羊」だという。あちゃ、アイドル・グループにしては大胆なアプローチの歌詞で、すごいな、と。なにしろblack sheepは「嫌われ者」とか「やっかい者」のことを指すのだからね。
国際スリラー作家協会主宰の2016年度ベスト・ファースト・ノベルの最終候補に選ばれた『プリズン・ガール(The Drowning Game)』(2015年)で華々しいデビューを飾った、米国のサスペンス作家LS・ホーカー。彼女の第2作のタイトルは、これと同じく『黒い羊(Body and Bone)』(2016年)である。見ればわかるように邦題は原題どおりではない。とはいえ、欅坂シングルが2019年2月リリースでこの作品の邦訳刊行は2018年9月なので、もちろん編集担当の方も、欅坂人気にあやかって無理やりタイトルをつけたというわけでは断じてない。
ちなみに、ブラック・シープ(Black Sheep)というロック・バンドが1970年代のニューヨークには存在していて、2枚のアルバムを発表して解散。後にフォリナーのリード・ヴォーカリストとなるルー・グラムが在籍していたことでも知られている。欅坂46の話題をマクラに選んだ深い意味もないのだけど、妹分的存在の下部組織? で先頃「日向坂46」へと改名した「けやき坂46(ひらがなけやき)」だけは小生が認識できているグループで、そこのリーダー佐々木久美さんのファンでもあって。って、立派におぢさんで、すみませんです。
さて、このLS・ホーカーという作家、デビュー作からして独創的だった。20年以上もの間、父親に監禁生活を送らされてきた女性が、父の死によってはじめて外の世界と接することを余儀なくされるというもので、サスペンス版自分探し小説とでもいった内容であった。
設定からして凄まじいのに、さらにヒロインのペティには遺言によって、親ほども歳の離れた父の友人との婚姻が決められていて、その相手が死亡していた場合には20年間修道女として女子修道院で過ごさねばならないという。婚姻を拒否すれば、遺産が手に入らないばかりかいっさいの権利を失う。監禁されていた間、父親に軍人のように銃器の扱いや対人戦略を叩きこまれてきたペティは、自力で逃亡を図り、監禁生活を強いられたそもそもの理由を解明しようと、自分の家族を探す旅へと向かうのだ。さまざまな陰謀や思惑が交錯して構築されたヒロインの境遇が、少しずつ少しずつ解きほぐされていく過程はスリリングで、まさに圧巻のページターナー。
当然ながら期待された第2作『黒い羊』もこれに負けていなかった。“謎のミルフィーユ”と呼びたくなるほど重層的な仕掛けが施されていて、ジェフリー・ディーヴァー作品を想起させるような仕上がりでありました。
ヒロインの名はネッサ。兄の影響を受けて培った音楽趣味が高じて、一度流した曲は二度と流さず“コアな音楽を紹介する”マニアックなラジオ番組のDJとして成功を手にし、現在は失語症の息子ダルトリーと暮らしている。夫ジョンはドラッグ漬けとなり彼女に嫌がらせを続け、彼女に成りすました何者かはSNSに問題発言を次々とアップして、彼女への誹謗中傷の種を生み出していた。次第に仕事にも家庭環境にも支障をきたしつつあったが、AA(アルコホーリクス・アノニマス)で知り合った大学教授マーロンや、ベビーシッターとして住み込みで家の手伝いをしてくれるイザボーに支えられ、なんとかその逆境を切り抜けていた。
だが、番組の新任プロデューサーは反抗的で彼女にことごとく反発し、問題を抱えて失踪した夫を殺害した疑いをかけられ、ネットのなりすましによる書き込みが原因で見知らぬ男にレイプされそうになり、ドラッグ中毒の過去を知る何者かからはヘロインを仕込んだ注射器が送りつけられ、児童保護局には児童の保護者として養育不適格者の疑いがあると報告され……と、彼女の不運はますますエスカレートしていくばかり。彼女の過去を知る何者かが悪意ある罠を仕組んでいるとしか思えなかった。こうして身近な人間まで疑わしく思えてきたネッサは、精神的に孤立した状態へ追いやられていくのだった。
そしてそして、ラストに明らかとなる掟破りともとれる事件の真相は、いや、だがしかし、きちんと伏線が貼られていて、ぎりぎりセーフといったところだろうか。デビュー作も同様なのだけど、この大胆さがホーカーの真骨頂なのだろう。その意外性たるや、たしかに凡百のミステリー作品とは一線を画するものがある。一読の価値ありです。
そんな作者ホーカーは、ラジオ番組のDJを務めていた経験もある大の音楽ファンだとのこと。デビュー作ではヒロインの名前をトム・ペティからとっていたり、ポリスのヒット曲と同じ名前の女子が登場したりと、さりげなく音楽好きのマインドをくすぐる箇所も見せてくれたが、あくまで控えめなものだった。それが、第2作『黒い羊』ではその音楽趣味を躊躇うことなく炸裂させている。そしてそれが、作品へのスパイスとして効果的に使われているのだ。
ラジオ番組と並行して音楽ブログも定期的に更新しているヒロイン・ネッサのもとへは、コメント欄を使って読者からの質問が寄せられてくる。そんな中に、“ノラ・ジョーンズ、トム・ウェイツ、ジャクソン・ブラウン、AC/DC、二ール・ダイヤモンドに共通するものは?”という質問が。じつは、この5つのアーティストが共通して曲名に使っている名前があって、それはネッサがひた隠しにしている過去に関連した本名だった。つまりは、彼女の過去を知る人物が、自分は知っているんだぞと脅すための小道具として、音楽ネタが巧みに使われているというわけ。
また、1970年代から活躍する米国のパンク・バンド、ディッキーズの「アイム・スタック・イン・ア・コンド(I’m Stuck In A Condo 〔with Marlon Bland〕)」が、物語の最初と最後に流れる。ヒロインが友人マーロンからの携帯着信音に設定してあるのだけれど、“アパートに缶詰状態でマーロン・ブランドの映画を観続けている”――つまりところ、部屋に引きこもって「ゴッドファーザー(The Godfather)」(1972年)ばかり観ているという歌詞の内容。物語の最初と最後とでは、この歌から受ける印象が変わってくる(はず)。ちなみに、一般の着信音はデューク・エリントンの「ジープス・ブルース(Jeep’s Blues)」。
さらに、ヒロインの隠された過去に重要な存在として登場する親友キャンディとの出会いのきっかけとなるライブは、カリフォルニア州出身のオルタナ・バンド、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのもの。彼女の過去のトラウマの原因となった事件の際に流れていたノートリアス・B.I.G.のラップ「デッド・ロング(Dead Long)」、ドラッグの誘惑に負けそうになったときに気を紛らわせるためにかけたグレイトフル・デッドのアルバム『シェイクダウン・ストリート(Shakedown Street)』(1978年)、ラジオ番組のオンエア中にiPadに送られてきた息子の写真と“死ね”という言葉に動揺したネッサが、時間稼ぎのためにかけるキング・クリムゾンの「スターレス(Starless)」(12分18秒の大作)、同じくオンエア中に何者かに監視されていると気づいたネッサが偶然かかっていて気味悪がるデッド・ケネディーズの「プレイ(The Prey)」(餌食の意味)。とまあ、場面のひとつひとつに印象的なナンバーがちりばめられている。
一方で、ネッサがラジオ番組やブログで取り上げる音楽にはこだわりがなく、ウィリアム・バジンスキーの『ディスインタグレーション・ループ(The Disintegration Loops)』(2003年)といった現代実験音楽から、リスナーからのリクエストによるオーストラリアのバンド、サタデー・ナイト・クラブの1970年代のヒット曲「バーンズ」なるマニアックなナンバー(まったくもって調べがつきませんでした)まで、多岐に渡っている。
そういえば、以前にこの連載でも取り上げたクリント・イーストウッド初監督映画『恐怖のメロディ(Play Misty for Me)』(1972年)の原作も、ラジオDJである主人公が、熱狂的な女性リスナーにストーキングされ追い詰められていくというサスペンスで、この『黒い羊』との共通項が見いだせる。また、前述のジェフリー・ディーヴァーもまた、スティーヴン・キングらとともに音楽好き作家として知られているが、“人間嘘発見器”キャサリン・ダンス・シリーズの『シャドウ・ストーカー(XO)』(2012年)では、人気女性シンガーを登場させ、薀蓄をたっぷりと披露していたことも記憶に新しい。
そんなわけで、LS・ホーカーの音楽好きは筋金入り。自身のサイト LSHawker.com には、彼女がこれまでに発表した著作4作のイメージ画像とともにそれぞれに合わせた音楽がBGMとしてかかる仕掛けになっているうえに、それと並べて、ジェリー・リー・ルイス、エルヴィス・プレスリー、ファッツ・ドミノ、ボ・ディドリー、バディ・ホリーという伝説のアーティストたちの肖像画が載せられている。
第3作『End of the Road』(2017年)、第4作『The Throwaways』(2019年)といずれも単発作品で、ペティやネッサにふたたび会えるようなシリーズ作品ではないけれど、順調に作品は発表されているようだ。そこでも、『黒い羊』に負けじと音楽の薀蓄を爆発させてくれていることを期待したい。
◆YouTube音源
■”I’m Stuck In A Condo (with Marlon Bland)” by The Dickies
*米国のパンク・バンド、ディッキーズ8枚目のアルバムに収録されたナンバー。
■”Smooth Sailing” by Queens Of The Stone Age
*作中でヒロインがラジオ番組の中で“リード・シンガー、ジョシュ・オムが日本のサラリーマンたちと一緒に夜通し大騒ぎする”と紹介するシングル「スムース・セイリング」(2013年)のオフィシャル・ヴィデオ・クリップ。
■”Jeep’s Blues” by Duke Ellington
*1956年発表の『エリントン・アット・ニューポート(Ellington at Newport)』に収録されたナンバー。ヒロインの携帯着信音に使われている。
■”The Disintegration Loops” by William Basinski
*2003年に発表されたウィリアム・バジンスキーの同名実験音楽アルバムから。同タイトルのアルバムはその後、第4部まで発表されている。
◆関連CD
『イジ・サヴァン(Idjit Savant)』by The Dickies
*ディッキーズ1994年発表のアルバム。「アイム・スタック・イン・ア・コンド(I’m Stuck In A Condo 〔with Marlon Bland〕)」、シングル「ジャスト・セイ・イエス(Just Say Yes)」を収録。
『ライク・クロックワーク(…Like Clockwork)』by Queens Of The Stone Age
*「スムース・セイリング(Smooth Sailing)」を収録した、米国オルタナティブ・ロック・バンド、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの7枚目のアルバム(2014年)。
佐竹 裕(さたけ ゆう) |
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1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。 |