サウンド・オブ・サイレンス(Sound of Silence)〉、〈コンドルは飛んでいく(El Condor Pasa)〉、〈ミセス・ロビンソン(Mrs. Robinson)〉、〈スカボロー・フェア(Scarborough Fair)〉など、自作曲からフォークロアまで、誰にもおなじみの名曲を世に知らしめた不世出のポップ・デュオ、サイモン&ガーファンクルの二人が、いまだに不仲だというのは、一部では有名な話らしい。
 そういえば、ポール・サイモンが自身監督主演映画のサウンドトラックとして制作したアルバム『ワン・トリック・ポニー(One Trick Pony)』(1980年)を発表した頃、自分は歌を作るしか能のない男だというのを“一つしか芸のない仔馬”というふうに表現してみせたという話をきいたように記憶している。つまり、“天使の声”を持ち俳優業もこなす、気まぐれな天才アーティー(アート・ガーファンクル)と違って、自分には音楽しかない、という意識だったのだろうか。
 二人の仲違いのきっかけになったのは、サイモン&ガーファンクルが音楽を担当し彼らが一躍大スターにまつりあげられることとなった『卒業(The Graduation)』(1967年)のマイク・ニコルズが監督した、ジョーゼフ・ヘラーのベストセラー小説『キャッチ=22Catch-22)』(1962年)の映画化作品『キャッチ22』(1971年)からだという。サイモン&ガーファンクル両方に出演依頼が来てそれぞれのシーンの撮影はしたというのに、ポールの出演部分だけカットされたというのだ。
 以後、それをきっかけに二人の仲は最悪になったというけれど、だったらニコルズ監督のせいだとも思うんだけれどもね。たしかに、その後もアーティーはニコルズ監督作品『愛の狩人(Carnal Knowledge)』(1971年)にも起用されてジャック・ニコルソンと共演、1993年にはひさびさにジェニファー・リンチ(デイヴィッド・リンチの娘)監督による『ボクシング・ヘレナ(Boxing Helena)』に出演したりしている。とはいえ、ポールだって、ウディ・アレン監督の代表作『アニー・ホール(Annie Hall)』(1978年)に音楽プロデューサー役で出演しているんだから、おあいこのような気もするけど。
 とにもかくにも彼らは、アルバム『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』を発表した1970年に活動休止してしまったわけで、このアルバムとタイトル曲が大ヒットを記録し、ポールの作った同曲はポピュラー音楽史にその名を刻まれ、数々のアーティストによってカヴァ―されることになった。
 じつはこの歌のタイトルと詞は、1960年代にさかんに歌われたゴスペル・ナンバー〈Mary Don’t You Weep〉の歌詞の一部「I’ll be your bridge over deep water, if you trust in my name, Mary.」からポールが取ったものだという。それが、翌1971年には、アレサ・フランクリンによってゴスペルとしてカヴァーされたというから、ジャンルの逆輸入?みたいでおもしろいではないか。

“ぼくはきみのそばにいる、つらいときが来てもそばにいる(I’m on your side/Oh, when times get rough)/きみが落ちぶれはて、路上を彷徨っているとき。闇が訪れ、苦痛がいたるところにあるとき(Oh, when darkness comes and pain is all around)”

 この歌詞の内容から察するに、ポールはなんとかアーティーに寄り添おうとしていたようにも思えるんだけど、当のアーティーはそんな想いなどまったく意に介さずで、最近のインタビューでも、一方的にポールのことをアホだのチビだのさんざ罵っていたらしい。
 あの美しいハーモニーを思うと、なんとも切ない話ですね。

 そんなことをつらつらと考えていたら、どんぴしゃにこの歌の詞がつき刺さる小説に遭遇いたしました。デビュー作にしてCWA最優秀新人賞に輝いたクリス・ウィタカーの『消えた子供 トールオークスの秘密Tall Oaks)』(2016年)を以前ここで取り上げた際に、ちらりと触れた第3作『われら闇より天を見るWe Begin at the End)』(2021年)。
 みごと2021年のCWAゴールドダガー(最優秀長篇賞)を射止めたこの小説、言ってみれば、小さな町の閉塞した人間関係の中に生じる過去からの因縁、そしてそれが巻き起こす現在の悲劇の物語。けっして少なくはないテーマだし、実際、デビュー作『消えた子供 トールオークスの秘密』も、そしてグレースの町を舞台に少女の失踪事件を描いた第2作『All Wicked Girls』(2017年)も同様だった。それに次ぐこの第3作が素晴らしい犯罪小説、いや、ほんとうに素晴らしい人間ドラマなのでした。

 物語の舞台は、カリフォルニア州にある海辺の小さな町ケープ・ヘイヴン。この町で警察署長をつとめるウォークには、30年ほど遡る少年時代、つねにつるんでいた仲間がいた。現在は民事弁護士を営んでいる恋人のマーサ、親友のヴィンセントと彼の恋人スターとの四人。だが、ヴィンセントが誤ってスターの妹シシーを轢き逃げ運転で死なせてしまい、それをウォークが警察に告げたことでヴィンセントは投獄され、さらに獄内での喧嘩で囚人の一人を殺害してしまったために刑期が延び、彼らグループはバラバラになってしまっていた。
 この事件を引きずり、以後、酒とドラッグに浸ってしまっているスターには、父親もわからない13歳の娘ダッチェスと6歳の息子ロビンがいる。みずからもパーキンソン病という問題を抱え仕事に不安もいだいているウォークだったが、スターとの昔の友情から、何かとこの家族のことを気遣ってあげているのだった。マーサとは彼女に子供を中絶させたことから気づまりになって別れてしまっていた。
 いまやケープ・ヘイヴンの町にも大きな変化がおとずれ、富裕層の別荘が増えてきていたが、仲間たちとの過去にとらわれていて町の変貌を望まないウォークは、新規の土地開発や建築計画にも反対の立場をとっていた。とりわけ、ここ十年、町に進出していきている不動産業者ダークを警戒してもいた。ダークの経営するナイト・クラブでバーテンダーの仕事をしていて雇用関係にあるスターが、ダークともめているのを何度か目撃されていたからだ。
 いっぽう少女ダッチェスは、無法者を気取り、荒くれながら繊細な心を持った少女。すべての人間を敵視して心を開かず、母と弟を必死に守ろうとしている。ウォークに対しても、どうせ男なんてやりたいだけで母親に近づいているんだ、と心を開かずにいる。そんななか、どうやら母親を不幸にさせた張本人と思われるヴィンセントが、刑期をつとめあげ、町に戻ってくると知る。
 そんなある日、ダッチェスは家の前で母親が顔を殴られて倒れているのを発見する。ダークの仕業と思い込み、報復のために彼のナイト・クラブに放火。防犯カメラのテープを盗み出し処分してしまう。証拠となるテープを奪われたことで保険金を受け取ることができないダークは、犯人と思われるダッチェスをつけ狙うことに……。
 顔なじみばかりの小さな町。人間関係は複雑に絡み合って、つぎつぎと予期せぬ悲劇を巻き起こしていく。過去の悲惨な事故で人生を狂わされてしまった人たち――ヴィンセント、スター、ウォークにマーサ。ダッチェスとロビーを引き取ることになる、疎遠だった祖父ハルもまたその一人だ。そして、ダークですら大きな苦しみを抱えているのだった。

 ここには詳しくは書けないけれども、無法者の魂がみずからを滅ぼしてしまい、すべてを失ってしまったという想いにうちひしがれることになるダッチェスは、ウォークとともに、この物語を牽引していく主人公の片側となるのだけれど、強さと弱さを、がさつさと繊細さを、単純さと複雑さを同時に持つ、あまりに魅力的なキャラクターだ。以前も書いたけれど、ディック・ロクティの名作『眠れぬ犬Sleeping Dog)』(1985年)のセレンディピティや、ジョーダン・ハーパーの『拳銃使いの娘She Rides Shotgun)』(2017年)のポリー、ハンナ・ティンティ『父を撃った12の銃弾The Twelve lives of Samuel Hawley)』(2017年)のルーといったティーンエイジの魅力的なヒロインたちを想起させる破壊力十分の存在。
 そんなダッチェスが物語の後半で、ようやく辿り着いた町はずれのバー。そこで彼女はギターを持った常連客に歌いたいのかと訊ねられ、母親が歌っていたタイトルすら知らない曲を歌い上げることになる。最初はか細く震えていた声も、やがてすべての想いが込められて彼女は歌い上げる。

“ぼくはきみのそばにいる、つらいときが来てもそばにいる/きみが落ちぶれはて、路上を彷徨っているとき。闇が訪れ、苦痛がいたるところにあるとき”

 作中もっとも心を鷲摑みにされるシーンのひとつ。そして、すでにお気づきだろうが、この歌が〈明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)〉(1970年)なのだった。

 そんな、トラブルに見舞われまくる少女ダッチェスだけれども、実際には彼女を見守り続ける人々の優しさに恵まれているのだ。それに目を向けようとしないところが、これまた、歯痒かったりする。警察署長のウォークだけではない。長い間ずっと疎遠だった祖父ハル、ダッチェスに何かと優しく接してくるハルの知人である老婦人ドリー、ダッチェスを慕う小児麻痺を抱えた黒人少年トーマス。その誰もがダッチェスのことを大切に思っているというのに。作者のウィタカーはその一人ひとりの人物造型に、たっぷりの魅力を注ぎこんでいる。『消えた子供 トールオークスの秘密』でもギャングに憧れる高校生マニーという傑出したキャラクターを生み出したように。このキャラクター造型こそがこの作家の特筆すべき点だろう。
 はてさて、そして、そう、これは、挫折してもがいている大人ばかりを見つめてきたために、素直に優しさを受け止めることができずにいる少女の、成長と喪失の物語だ。それこそ喪失と挫折をくり返し擦り切れてしまった大人たちを間近に見続けたダッチェスには、わずかな優しさすら目には入らない。弱みを見せたが最後、自分の心が折れてしまうからだ。大切な人たちを失ってしまうことになるからだ。
〈明日に架ける橋〉には、そんな彼女を鼓舞するような一節がある。

“銀の少女よ、漕ぎだせ/漕ぎつづけるんだ/きみが輝く時がきたんだから(Sail on Silver Girl/Sail on by/Your time has come to shine)”

 ダッチェスだけではない。おそらく世界中の多くの人々を勇気づけ、明日へと目を向けさせてきた歌。それが〈明日に架ける橋〉だ。
 そんな奇跡のような歌をうみだした不世出のデュオなのだもの、いつの日か、サイモン&ガーファンクルのわだかまりも解ける日がやってきてくれたら……そう願わずにいられない。

◆関連書籍







◆YouTube音源
■”Bridge Over Troubled Water” by Simon & Garfunkel

*《ローリング・ストーン》誌が選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500で48位に選ばれた、あまりに有名なサイモン&ガーファンクルの代表曲。邦題にある“明日”というのは歌詞の中にない言葉ながら、歌詞全体がもつ未来に向けたイメージから付けられたらしい。

◆関連CD
■『One Trick Pony』Paul Simon

*1980年発表のポール・サイモン監督主演映画のサウンドトラック・アルバム。

■『Bridge Over Troubled Water』Simon & Garfunkel

*〈明日に架ける橋〉をタイトル曲として収録した1970年発表のサイモン&ガーファンクルのラスト・アルバム。

◆関連DVD
■『キャッチ=22』

*ジョーゼフ・ヘラーのベストセラー小説をマイク・ニコルズ監督が映画化した作品。

■『卒業』

*サイモン&ガーファンクルが音楽を担当した、マイク・ニコルズ監督1967年の映画。

■『愛の狩人』

*ジャック・ニコルソンとアート・ガーファンクルが共演した1971年のマイク・ニコルズ監督による恋愛映画。共演はアン=マーグレット、キャンディス・バーゲン。

■『アニー・ホール』

*アカデミー作品賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞を受賞し、ウディ・アレン監督の名声を決定づけた1977年の恋愛コメディ映画。主演ダイアン・キートン、ウディ・アレン。

佐竹 裕(さたけ ゆう)
 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。
 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

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