——私の記憶が確かなら、彼女こそ本格ミステリのアイアンシェフ! アレ・キュイジーヌ!

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

畠山:もうすぐ新元号が発表になりますね。すわ今月が“平成最後”のミステリー塾か!? と思ったけど、4月のうちはまだ平成なのだった。落ち着け、自分。
 目下進行中の“平成最後”のイベントはコチラ翻訳ミステリー読者賞です。年に一度、読者同士で「面白かった本」を教えあい、作り手にエールを送るお祭りを楽しみましょう。ただいま絶賛投票受付中。ぜひぜひご参加を!! 締め切りは3月31日24時ですぞ。

 さて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。今日のお題は『招かれざる客たちのビュッフェ』。アガサ・クリスティーと並び称される英国ミステリの重鎮、クリスチアナ・ブランドの短編集です。1983年の作品。

 16の短篇を料理に見立てて構成した、スリルと謎のフルコース。
 まずは食前酒。シリーズキャラクター、コックリル警部の名を冠したカクテルは、ガチの本格『婚姻飛翔』、最後の一撃が鮮やかな『カップの中の毒』を含む4編。
 メインの肉料理は3編。謎解きゲームの果てに見る現実に悪寒が止まらない『ジェミニー・クリケット事件』、隠された真相と異常心理の『スケープゴート』、宗教画を彷彿させるような『もう山査子摘みもおしまい』を堪能したら、ドタバタコメディの趣のある『スコットランドの姪』でお口直しを。
 食後は復讐、因果応報、悪意の連鎖などが散りばめられた小菓子を、嘘という名の珈琲で召し上がれ!

 クリスチアナ・ブランドは1907年イギリス領マラヤ生まれのインド育ち。のちにイギリスに戻りましたが、17歳の時に父親が破産してからは、さまざまな職業に就いて苦労をしたそうです。16回目の持ち込みでようやく出版にこぎつけた処女長編『ハイヒールの死』は、職場の嫌な同僚に小説の中で仕返しをしてやりたくて書かれたとか。
 第2作『切られた首』に登場するケント州警察のコックリル警部は、その後シリーズ化され、『緑は危険』『ジェゼベルの死』など傑作と謳われる作品が生まれました。
 本格ミステリーの名手として高い評価を得、1972年~1973年には英国推理作家協会の会長も務める一方、児童文学も手がけました。『マチルダばあや』をお読みになった方も多いのではないでしょうか?
『招かれざる客たちのビュッフェ』では、冒頭で評論家ロバート・E・ブラウニーが丁寧かつ簡潔にブランドの生い立ちからひととなり、作品の特徴まで解説しています。これだけでも一読の価値あり。さぁ、本屋へGO!

 とかなんとか言いながら、私は初めてのクリスチアナ・ブランドです。ご高名はかねがね伺っておりましたですよ。『招かれざる~』も本棚で寝かせること数年。イイカンジに熟成したところで、ミステリー塾の課題回がきたわけです。機を逃さないってこのことですよ、あっはっは!

 軽~~い気持ちで、第一話『事件のあとに』(俳優一座で嫌われ者の女優が殺されるお話)を読み始め、「これって犯人〇〇じゃね? 意外にチョロいゼ、クリスチアナ・ブランド」と余裕かましていたのはほんの束の間。あれがこうなって、この人がこうして、あれやこれやでいったい何回ひねったのかよくわからないうちに着地させられ、ココドコ? 犯人……あ、あれ? と一杯目のカクテルですでに目が回っているじゃありませんか。ヤバイ。心してかからないと肉料理に辿り着けない。ここは一発、鉢巻を締め直さねば!(誰ですか、バカボンのパパを想像した人は)
 いずまいを正し、しっかりフォークとナイフを握って(もちろんこっそりとスカートのファスナーを緩めることも忘れない)ご馳走を堪能。念入りに調理された16篇はすべてが上質で抜群の読みごたえで、どうしてもっと早く読まなかったのか、5つ星級の傑作を本棚の肥やしにしていたなんてアタシのバカバカ、と大反省です。

 

加藤:全国各地から桜の便りが届き始めた今日この頃。花の見頃ももうすぐそこって感じでしょうか。そして今年もやってきました花粉の季節。なんだか、今年はいつもよりもひどくない? 目は痛いし鼻水は止まらないし、気付けばボーっとしてる。脳味噌の中で花粉が受精して花が咲いてんじゃないかと怖くなるよ。

 それから驚きましたね、イチローの引退。まさに平成を代表するスーパースター。今上天皇の退位とあわせて「一つの時代が終わる感」がハンパないですなあ。

 さて!  そんなこんなで、読みましたよ!  クリスチアナ・ブランドの『招かれざる客たちのビュッフェ』。
「なんだかサッカーが上手そうな名前だな」と前から思っていたクリスチアナ・ブランドでしたが、読んだのは今回が初めて。本書は、本文の前に解説があるという、珍しい構成なのですね。でも、そのおかげでいろいろ助かりました。そもそも、サッカーが上手いかどうか以前に、女性だったというのが驚きでした。大変失礼いたしました。

 そして、いよいよ本文へ。最初の一篇はわれらが宇野利泰訳『事件のあとに』。僕も畠山さんと同じように軽い気持ちで読み始めたのですが、まったく違う感想になってしまいました。畠山さんのようにツイストに振り回されたというのではなく、何が起きているのか分からないまま終わってしまったのです。
 違う意味でのサプライズ。僕が人より読解力が劣るのは(渋々ながら)認めるけど、ここまで何も理解できないなんてことある?  もしかして、ガチなミステリーきちゃった?

 次の『血兄弟』(小尾芙佐訳)は気合い入れて読みましたよ。そしたら、すべての文章、すべての台詞がもう怪しい。句読点の位置の意味まで考えてしまう。何もかもが伏線かもしれないし、そうでないかもしれない。全身の神経を張り詰めてページをめくる、この緊張感と緊縛感が溜まらない。ああもっと縛ってもっと強く。ああもう何がなんだか分からないぃぃぃ。

 しかし、チコちゃんと僕は知っています。畠山さんはこの本を絶賛してるけど、本当はそーとー苦労したに違いないのだ。根本は「ドカーン」「ちゅどーーーん」「頭から血がどぴゅー」とかの人だもん。「ギムレットにはトゥーアーリー」とか「シッドとチャールズの関係性がだな」とかの人だもん。何とか言ってみれ。

 

畠山:鼻からホース突っ込んで、脳まで洗ってあげようか?
 
 たしかに、クリスチアナ・ブランドはチャラチャラした気分で読みこなせると思っちゃイカンね。特に我らのような「ドカーン」「ちゅどーん」系は、相撲の立ち会いくらいの気合で挑まないと、振り回されてすっ飛ばされてバイバイキーン!(もしくは緊縛SM)
 
 本格ミステリーの謎解きで、ピースが理詰めでカチカチとハマっていく過程は気持ちがいい……はずなのに、ブランドの手にかかるとどことなく気味が悪い。しかも謎解きオンリーではなく、日常に潜む狂気、異常心理の描き方の厭らしさったらないです。まるで冷たいナイフでぐりぐりと抉られるような感覚。
 アペリティフからは、めっちゃ焦った気分になる『カップの中の毒』を選びたいですね。予想もしないところから決まり手がぶっ飛んできて、一瞬きょとんとしました。メインの肉料理は、やはり『ジェミニー・クリケット事件』でしょうか。ネタ的には“時代を考慮した割引”が必要なのだけど、それでも、ラストに最悪な気持ちになれるのは間違いない。デザートの一品『ジャケット』は、“残念 of 残念”な気分にひたれるお菓子だし、最後のコーヒー『この家に祝福あれ』にいたっては、情け容赦がないどころか神をも畏れぬ所業と言えましょう。

 人の心の裏側をべろんとめくってみせるのは、アガサ・クリスティーの十八番と思っていたけど、クリスチアナ・ブランドもどうしてどうして。右往左往する人間たちの観察日記をつけているような、あの(おそらくは自分自身でさえも)突っ放したような視線は、若い頃の苦労の産物なんでしょうか。もしかしたら彼女の方がクリスティーより性格悪いかも……もちろん褒めてます!!(慌)

 加藤さんの期待を裏切って、私はかなり楽しみました。というか、今までもガチの本格ミステリーはいくつか読んできたのに、どうして今回に限って加藤さんがそんなに苦労しているのか、不思議なんだけど。

 

加藤:そんなこんなで、序盤かなり苦手した『招かれざる客たちのビュッフェ』でしたが、意外なことに最後の方はスンナリでした。
 でも、こんなにも集中して読むことを自分に課したのは久しぶり。雰囲気を楽しむとか、どこへ連れて行かれるのかとワクワクしながら流れに身をまかせる、というような読書とは対極にあるような、作者が張り巡らせた罠につまずいたり見破ったりを楽しむような本だった気がします。

 で、ここからは一人反省会。
 僕は、本書の各章のタイトル『コックリル・カクテル』『アントレ』『プチフール』がそれぞれ人の名前(シリーズの名前)だと思い込んでいて、設定や登場人物が共通している前提で読んでいたので、大混乱。最後まで「僕はどこか大切なところを読み違えているのかも知れない」という不安を抱えた読書となってしまいました。
 そして、この原稿の冒頭、畠山さんが書いたあらすじを読んだ後ググって、やっと意味が分かったという次第。全体の構成も『招かれざる客たちのビュッフェ』というタイトルも、分かってしまえば「ああーーそういうことか!」という感じだけど、その程度のスッキリ感では相殺できない苦い記憶が残る読書となってしまいました。残念すぎる。これから読む方はご注意を。

 そんなわけで、今回は本当に苦しかった。
 正直に言って、面白いと思えるようになったのは終盤に差し掛かった「口直しの一品」くらいから。やっと楽しめるようになったと思ったら、あっと言う間に終わってしまいました。
 残念ながら今回は、未読の方に本書の魅力を語ることがイマイチできないのを申し訳なく思っているわけですが、もしミステリー好きを自認する皆さんのなかで本書を読み逃している方がいるのであれば、まさに「必読」であると思います。
「加藤には理解できないくらいレベルの高いミステリー」といえば、読んでみたくなる? その程度じゃダメ?  たいして高いレベルとは思えない?  ちょっと表出ろ。一人で泣かせてくれ。

 そして、読者賞の投票をお忘れなく!

 

■勧進元・杉江松恋からひとこと

『マストリード』には可能な限り短篇集を入れたいと思っていました。クリスチアナ・ブランドは長篇の主要作品が当時品切れだったこともあり、『招かれざる客たちのビュッフェ』に。私が最初に読んだブランドでもある『ジェゼベルの死』が手に入るようだったら、そちらと悩んでいたかもしれません。観衆の視線がある舞台の上に突如死者の生首が出現するという不可能犯罪ものであり、後半では容疑者たちが次々に自白を始めるという多重解決の趣向もあります。この小説のゲーム性は後世に大きな影響を与えているはずです。

『招かれざる客たちのビュッフェ』には「婚姻飛翔」「ジェミニー・クリケット事件」「スケープゴート(EQMM訳載時の「ミステリオーソ」という題名のほうが私は馴染みがあります)」という三作の謎解き小説の傑作が収録されています。それ以外もすべて読むべき佳品ですが、お時間がないという方はこの三作だけでも、ぜひ。特に「ジェミニー・クリケット事件」は掲載誌によって違う二つの結末があることでも有名で、本書には作者が選択したバージョンのほうが採られている。解説の北村薫が言うように、もう一つのほうが出来はいいように感じるのだが、もし気になる人は早川書房の『37の短篇』を再編集した『51番目の密室』(ハヤカワ・ミステリ)に当たっていただきたい。

 ブランドは論理の迷路に読者を誘い込み、足元が不確かな状態で立たせ続けることを好む作家だった。日本においてクリスティーほどの人気を得なかったのは、この底意地の悪い感じがあったからだと思う。しかし、彼女によって日本の読者は多重解決のおもしろさを知ったのだし、謎解き小説がトリックだけではなくロジックやレトリックによっても支えられているということを再認識もさせられた。1990年代のミステリー・ブームを経たことで好みが多様化した現代の読者のほうが、ブランド作品は楽しめるのではないかと思う。長篇の入門書としてはやはり『ジェゼベルの死』か容疑者がクローズド・サークルに閉じ込められる(孤島ではなく都会の真ん中なのに)『緑は危険』の二作がお薦め。一部で評価の高い『疑惑の霧』は、ページをめくっているうちに読者までが疑惑の霧の中に突入してしまうので、最初に手に取ることはあまりお薦めできない。こちらは改訳が必要なのではないだろうか。

さて、次回はダニエル・ペナック『人喰い鬼のお愉しみ』ですね。次回も楽しみにしております。

 

 

加藤 篁(かとう たかむら)

愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?)twitterアカウントは @shizuka_lat43N

 

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