——翻訳ミステリーの魅力がいっぱいに詰まった宝箱や~

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

加藤:まだまだ先と思っていた東京オリンピックですが、ここに来てなんだか急に動き出しましたね。聖火ランナーの募集が始まったと聞いて、張り切って応募しようと思ったものの、いざとなると説得力のある自己アピールがぜんぜん思いつかない。なにか自慢できることは無いだろうか。最近『薔薇の名前』を最後まで読みましたってのはダメですかね?
 それから、チケットの当落の発表もありましたね。我が家は見事に全部ハズレたのですが、それはまあ仕方ない。何が許せないって、ドサクサに紛れて大阪マラソンの落選通知も届いたこと。エロ本の後ろに隠してこっそり新訳『血の収穫』を買う高校生みたいな真似してんじゃねえよ。※『血の収穫』はそのようないかがわしい本ではありません。

 そんなわけで、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。今回のお題は、アメリカの作家アーロン・エルキンズのエドガー賞受賞作『古い骨』。1987年の作品です。

物語の舞台は北フランス。かつてレジスタンスの英雄だった老富豪は、重大な発表を伝えるために国外に散らばる一族を呼び集めたが、まさにその日に不慮の死を遂げた。そしてその館の地下室から、第二次大戦中のものと思われる人の骨が発見される。フランスの科学捜査セミナーに講師として招かれていたギデオン・オリヴァー教授はその鑑定を依頼されることに。しかし、彼が出した所見は驚くべきものだった!

 著者のアーロン・エルキンズは1935年生まれのアメリカ人作家。大学で教鞭をとっていた47歳のときに、スケルトン探偵ことギデオン・オリヴァー教授が主人公の 『Fellowship of Fear 』(1982)を発表し、専業作家となりました。スケルトン探偵シリーズのほかに、主人公が美術館学芸員のクリス・ノーグレン・シリーズや、夫人のシャーロット・エルキンズと共著のプロゴルファー・リー・オフステッド・シリーズなどがある人気作家です。

 そんなアーロン・エルキンズの代表作が、スケルトン探偵シリーズ4作目で、1988年のエドガー賞を獲った本作『古い骨』。これがまた、翻訳ミステリーを読む醍醐味、魅力がいっぱい詰まった実に贅沢な本なのです。
 異なる文化や歴史、その土地の持つ背景に触れる喜び。そして、未知の空気、風景のなかを漂うワクワク感。かれこれ20年以上も飛行機に乗っていない僕ですが、この本を読み終えたときは、もう居ても立っても居られなくなって、名古屋から北海道と沖縄までのLCCの料金を調べてしまったくらいです。ああ麗しの非日常。えーと何のことやらよく分からないと思いますが、とにかくこの本を読むとモン・サン・ミッシェルに行ってみたくなること請け合いなのです。なんならモン・サン・ミッシェル湾で溺れてみたい。
 骨の権威であるギデオン・オリヴァー教授が、古い骨から紐解くある一族にまつわる過去とその謎。いやあ面白かった。

 そんな、翻訳ミステリーの魅力がこれでもかってくらい詰まっている本書ですが、同じように翻訳ミステリーならではの罠もいっぱいあったりして、読みながら畠山さんが心配になっちゃった。主要な登場人物だけでもジュール、ジュリー、ジョリ、ジョンって名前が紛らわしいうえに、一族の人間関係が分かりづらい。巻頭に家系図か相関図が無いのは不親切じゃないか、どないなっとんねん、責任者でてこーーーーい! と怒り狂っている畠山さんが目に浮かんだんだけど、実際どうだった?

 

畠山:確かに「ジ」始まりの名前に軽く翻弄されたし、一族の関係も微妙な遠縁だらけで悩ましかったけど、それより何より驚いたのは、スケルトン探偵って生きてる人だったんだ! ってこと。骸骨がカタカタ言いながら事件を解決するホラーファンタジーだと思ってました。誤解したまま死なずによかった。

 資産家のお爺さんの不慮の死と、古い館に集った一癖も二癖もある遺産相続人たち……なんだか陰々滅々とした古式ゆかしい設定だなぁと最初は思ったのですが、意外にも明るくさっぱりとした気持ちの良い小説でした。
 これは主人公ギデオン・オリヴァー博士によるところが大きいですね。学者探偵というと、論理に忠実なあまり人の気持ちを忖度しない、つまり「感じが悪い」という印象を持っていましたが、彼は常識人で健全、快活。友人であるFBI捜査官のジョン・ロウとの掛け合いなんかは思わず笑いがこみ上げます。
 捜査の陣頭に立つフランス警察のジョリも最初のうちはしかつめらしかったのですが、ギデオンの雰囲気にほだされて(?)だんだんやわらか~くなっていくところは腐的に白眉!

 ギデオンの魅力はまっすぐに学問と人生を楽しんでいるところでしょうか。タイトルどおりの「古い骨」を撫でまわすがごとく観察する姿も、妻ジュリーとのラブラブぶり(今回ジュリーは電話出演だけなのに!)も好感が持てるし、なにより食事のシーンがすごくいいのです。夜中に読むと腹が減って困るという本はたくさんありますが、このシリーズもお腹の虫が黙っちゃいません。
 通りがかりのレストランから漂ってくるフライド・ポテトやステーキの匂い、手づかみでむしゃぶりつくエビの塩味、パンでぬぐって最後の一滴まで味わうスープ、無言で堪能するガレットにクレープ……うわー! こう書いてるだけで唾液がとまらん! 行きたい! ブルターニュ! モン・サン・ミッシェル!(>食い気専門)
 老ギョームが溺死したサン・マロ湾の潮の満ち引き(差が15メートル以上あるらしい)も必見の価値があるんでしょうね。津軽海峡を越えたことのない加藤さんですらその気になったほどですから、ミステリー版『地球の歩き方』の肩書をあげたい。

 世に読書会は多々あれど、国内遠征あたりまえ、海外活動あり、ときどき島を借り切っちゃうのは翻訳ミステリー読書会のみ(なはず)。モン・サン・ミッシェルで半分溺れながら『古い骨』読書会だってできるかもしれませんね。
 あ、加藤さん、せっかくLCCの料金まで調べたんだから札幌においでよ。パスポートは要らないし、検疫もないから安心して!

 

加藤:これまで国内を飛行機で移動するという発想がなかったんだけど、LCCってメッチャ安いんですね。新幹線で名古屋から東京に行くより、飛行機で札幌に行く方が安いってスゴくない? もしかして今さら? 札幌読書会の世話人2人がよく名古屋読書会に来てくれるんだけど、申し訳ない気持ちもありつつ、実のことろ少し「こいつらバカなんじゃないか」って思ってましたゴメンナサイ。近々かならず行くのでどうぞよろしくお願いします。

 畠山さんの言う通り、ギデオン教授はマニアックな一芸に秀でながらも常識人なのがとても好感が持てますね。安心して気持ちよく読み進められるというか。
 そして、今回調べて分かってきたのは、作者のアーロン・エルキンズとギデオン・オリヴァー教授がとても似ているということ。エルキンズ先生も元は骨を専門とする人類学者で、さらに若いころにボクシングもしていたのだとか。そしてトドメは有名な愛妻家だってこと。作家って、多かれ少なかれ、主人公に自身を投影するもんだとも思うけど、コレそのまんまじゃんw

 本作では、舞台である北フランスがとても魅力的に描かれているんだけど、その景観や雰囲気だけでなく、その場所が持つ固有の物語や文化を、上手に咀嚼して話のなかに折り込んでいるから深みを感じるんですよね。戦争が終わってフランスが解放された後の、ナチスドイツに従わざるをえなかった人々と、あくまで抵抗を続けた人々との確執とか。そして、それが地域の人間関係に大きな影を落としただけでなく、その子世代、そして今もそれを引きずっているという……。
 我々読者はいわば究極のアウトサイダーにすぎないけれど、そんなことを少しでも知って、考えさせられただけでもこの本を読んで良かったと思っちゃう。全体的にとても満たされた気持ちにさせられた本でした。激しく堪能。

 そうそう、本作はあのオレンジ背のハヤカワ・ミステリアスプレス文庫の1作目だったんですってね。ロス・トーマスとかウェストレイクとか結構読んでいたのに、アーロン・エルキンズに手が出なかったのはどうしてだろ。今となってはちょっと不思議。
 畠山さんはスケルトン探偵シリーズを何冊か読んでるみたいだけど、他の話はどんなだった?

 

畠山:『古い骨』が面白かったので、前後の初期作品にも手を伸ばしてみました。
 アメリカのオリンピック国立公園、イギリスのジュラシックコースト、ユカタン半島の古代遺跡など世界遺産に登録されている場所が多く舞台になっていて、『古い骨』に負けず劣らず旅心が刺激されました。脳内では米米CLUBの「浪漫飛行」が流れっぱなし。ついでにサーカスの「アメリカン・フィーリング」もいっちゃいますか、御同輩!

 場所がどこであろうとも必ずあるのはもちろん骨の鑑定。検死解剖とは違うアプローチで、古い古い白骨が自らのこと(年齢、性別、体格、ケガや病歴、死因など)を雄弁に語りだし、時には土地の風習など民俗学的な分野に及んだりもして、知的好奇心をくすぐられます。この本を読んで人類学に興味をもつ人もいるんじゃないかしら?

 さて、天下のベタ甘夫婦ギデオンとジュリーですが、彼らはシリーズの始まりである『暗い森』(実際にはその前に未訳が1冊ありますが)で出会い、あっという間に恋に堕ちてスピード結婚。以降、変わることなく仲良しなようです。
 しょっちゅうプライベートが事件と骨に浸食されるけれど、それを諦め半分で受け入れるジュリーって偉いと思う。ギデオンにとって「古い骨」は猫にまたたびみたいなものだとわかっているからですね。
 それどころか事件においてはジュリーの直感力がギデオンの考察力の半歩先を行くことがあって、これぞまさしくよきパートナー。家庭が崩壊する殺伐とした話に疲れたときは、スケルトン探偵シリーズで癒されて下さいませ。

 そして私のイチオシはギデオンの師匠エイブ・ゴールドスタインです。すでに高齢ではありますが、知識と好奇心とユーモアが歩いているような人。超超超チャーミングなおじいちゃまです。ハリー・ポッターにダンブルドア先生、ルーク・スカイウォーカーにヨーダがいるように、強烈な師匠はお話に重みを加えつつより楽しいものにしてくれます。エイヴを見ていると歳を重ねることに希望が湧いてきますね。ちなみにさり気なく(というより強引に)ギデオンを事件に巻き込むのも彼です(笑)
 残念なことに『古い骨』には登場していませんので、エイヴにまだ出会ってない方はぜひ他の作品もお読みになってください。惚れちゃいますよ~~!

 

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 観光ミステリーという言い方があります。文字通り名所や景勝地、リゾート地が舞台となった作品で、最も有名な書き手はアガサ・クリスティーでしょう。有名すぎる『ナイルに死す』や『白昼の悪魔』、夫とのなれそめの地でもある中東を舞台にした『メソポタミアの殺人』など、作家生活の中期から後期にかけて定期的に作品を発表しました。やや遅れて『はなれわざ』などの海外を舞台にした作品のあるクリスチアナ・ブランドが出て、さらに『死人はスキーをしない』で日本では地名度の高いパトリシア・モイーズが現れました。モイーズは、その作品の多くが観光ミステリーです。ここまで全員イギリス作家ですが、お国柄なのかもしれませんね。ミステリーの発展史の中で語られることは少ないですが、観光小説の要素は大事だと思います。エルキンズ作品を入れたのはそれが第一の理由でした。とにかくギデオン・オリヴァーが旅先で事件に巻き込まれる話なのです。

 毎回なんらかの変死体が見つかり、人類学者のギデオンが骨を改めて殺人の痕跡を指摘する、というのがこのシリーズの定型です。骨からそんなに情報が引き出せるというのが当時は驚きで、特殊知識を持つ探偵の作品がエルキンズ以降には多く翻訳されました。本国アメリカでも同じだったのかはきちんと調べられていませんが、エルキンズの影響は大きそうです。最も有名な特殊技能探偵の一人を創造した作家と呼んで差支えないのではないでしょうか。ギデオン・オリヴァー作品の美点は骨という物証を扱っているからか、毎回視覚的にわかりやすいトリックが使われていることです。『古い骨』も、「その作品で使われているトリックを20文字以内で書きなさい」という試験問題があったら、間違いなく取り上げられそうな作品です。トリックに驚かされたい、謎解き小説として安心できるものを読みたい、という方にはぜひお薦めしたい。

 本書はまた、コージー・ミステリーの優良ブランドでもあります。コージーというと最近では、何かの職業をもったしろうと探偵が事件にぶつかる、という設定部分のみが注目される傾向にありますが、もともとは夾雑物なしに古典的な探偵小説の謎解きを楽しめるミステリーというのが出発点でした。そういう意味ではギデオン・オリヴァーものは間違いなくコージーであり、安心して謎解きに集中することができます。謎解き小説の基本形に戻りたい、それも現代を舞台で、とお考えの方にもお試しいただきたいシリーズなのです。

 さて、次回はスコット・トゥロー『推定無罪』ですね。これまた楽しみにしております。

 

加藤 篁(かとう たかむら)

愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?)twitterアカウントは @shizuka_lat43N

 

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