(承前)

 三冊目は、フランスのコンビ作家、ボワロー、ナルスジャックの長篇『私のすべては一人の男』(1967年/早川書房/中村真一郎訳)。

 この二人の作品は、大半がポケミスと創元推理文庫から出ているので、比較的入手は容易だが、ソフトカバーのハヤカワ・ノヴェルズで出たこの本は、その奇ッ怪な内容と相俟って、近年プレミア価格(2009/11/24 04:04時点)が付いているようだ。

 マレック教授によって開発された画期的な臓器移植技術の実験として、ある死刑囚の体が頭部、胸部、腹部、両腕、両足の七つに分断され、それぞれの部位を損傷した患者に移植される。手術は成功するが、やがて患者たちは次第に精神に変調を来たし、自殺するものまで現れる。そしてついに殺人が起こるのである——。

 SF的な設定のスリラーとしか思えないのだが、最後の最後で意外な犯人が登場して絶句すること間違いなし。お前が犯人なのかよ! 真っ先に容疑者リストから外してたよ……。でも読み返してみると、こいつが犯人で辻褄は合うし、筋も通っているのだ。

 この本を読んだけれど、真相があまりにバカバカしくて評価できない、という感想を聞いたことがある。確かにそういいたくなる気持ちは判らないでもないが、しかし、それでも本書は、一読の価値がある第一級のミステリだと思います。

 なお、ボワロー、ナルスジャックは、二回も映画化されたサスペンス『悪魔のような女』(1955年/ハヤカワ・ミステリ/北村太郎訳→1996年/ハヤカワ・ミステリ文庫)がいちばん読まれている代表作だと思うが、個人的には、死人が甦っているとしか考えられない奇怪な現象に合理的な解決が提示されるスリラー『死者の中から』(1956年/ハヤカワ・ミステリ/日影丈吉訳→2000年/パロル舎/太田浩一訳)、ブルートレインの停車駅ごとにひとつの事件を描くトリッキーな連作短篇集『青列車は13回停る』(1955年/ハヤカワ・ミステリ/北村良三訳)あたりを、お勧めしておきたい。

(つづく)