どうも、頭の中が高校生以下で「告白→即付き合えてラッキー」だと思っているので大人の恋愛には程とおい小財満です。*1
大人の恋愛は置いといて、今回の課題本はJ・B・スタンリー『ベーカリーは罪深い ダイエットクラブ1』。ダイエットクラブ、ダイエットクラブ……ジル・チャーチルと比べると急にイロモノ臭がするのう。突然時代も下ったし*2。
【おはなし】
ジェイムズは現在35歳、母親が亡くなり偏屈な父親を世話するため英文学の教授職を辞して田舎町・クインシーズ・ギャップの実家に帰ってきた気弱で引込み思案なバツイチ男である。帰ってきた街にも溶け込めず、父親との仲もままならない。唯一の救いは勤務先の図書館では皆が「教授」と呼んでくれること。元教授なんだけど。そんなジェイムズはある朝重大な決意をした。一年ぶりに体重計に乗ることにしたのだ。締められなくなったベルト、妊娠数ヶ月と言ってもおかしくない丸々と突き出たお腹。体重計の数字は125キロ。そしてわかったことが一つ。ぼくはデブだ。ダイエットしなければいけないのは分かっているが、スナック菓子を口に運ぶ手は止まらない。そんなとき図書館の掲示板にチラシを貼らせてほしいという人がやってきた。それがダイエットのサパー・クラブ*3のお誘い。要するに体重に悩んでいる人で集まって、皆で協力してダイエットしようというわけだ。ジェイムズもいい機会と参加を決め、会の当日集まったのは五人のおデブさんたち。彼らは会の名前を〈デブ・ファイブ〉と名づけてダイエットへの決意を新たにするが、そんなとき街の通りにパトカーのサイレンが鳴り響いた。街のベーカリー〈甘い天国〉で殺人事件が起きたのだ。会のメンバーの一人、保安官事務所勤務のルーシーを心配して彼らが集まった事件現場は甘いものでいっぱいのベーカリーなのだけれど〈デブ・ファイブ〉のダイエットは本当に大丈夫?
で、出たー!! レシピ本だー!! しかもダイエット料理レシピだー!!
これがあれですよ。料理を話に絡ませて、その作中の料理レシピを載せてお得感を演出するという噂のレシピ系コージーミステリですよ。うわー、初めて読んじゃった。しかもダイエットのお話らしく、章の頭にはその章で出てくる食べ物の栄養成分表(カロリー計算表)もついてくるという。すごいなあ。編集者の愛情が偲ばれます(コージー界ではメジャーなことなのかもしれないけど)。
あ、でもレシピの載ってるページに印をつけておかないと、後で作ろうと思っても探すのが大変だ。できれば最後とかにまとめてレシピだけ再録してほしい感じでした。
それにしても〈デブ・ファイブ〉って大丈夫なのだろうか。デブって。人の身体的特徴をあげつらって色々言うもんじゃありません! と小学生のときに怒られた記憶のある自分としては少し心配である。あ、でもいいのか。〈デブ・ファイブ〉は彼らの自虐だから。「お前彼女いないくせに!」って言うと虐めてる感じだけど、自分で「俺彼女いないんスよ……」って言うと急に深刻な感じになるのと一緒か*4。
小説の内容に移りましょう。えーと、今回えらくあらすじが長くなってしまったけれど、原因は簡単。多分シリーズ化を見込んでいるためなのだろうが、冒頭部分に色々と詰め込みすぎだ。ちなみに上の事件現場に集まるところで400ページ中70ページくらい、それまでに出てきた登場人物は12人。登場人物を覚えるだけでも一苦労である。
ただ登場人物の役柄はうまく配置されているので〈デブ・ファイブ〉のメンバーだけでも紹介しておこう。
- リンディ
高校の美術教師。〈デブ・ファイブ〉のまとめ役。教えた生徒のことをよく記憶していて、事件の容疑者・被害者がどのような人物かを語る役。
- ルーシー
保安官事務所の事務員。将来は保安官代理の試験を受けようと思っていて、役に立つところをアピールしようと捜査に首を突っ込む。
- ベネット
郵便配達員。統計データを眺めるのが趣味で物知り。職業柄、町の住人たちの動向をまんべんなく知っている。
- ジリアン
トリマー(ペットのお手入れをする美容師)。ニューエイジかぶれ。ネタキャラ担当。
そして最後にジェイムズである。自分に自信がなくて引込み思案でさらに体脂肪率が平均より高め、と典型的なイジメられっ子をイメージして描かれたと思しきキャラクターだが、彼の言動は同じ男子としてなかなか身につまされる。一度は結婚したこともあるだろうに女性に免疫がなさすぎて惚れっぽく、でも自分がデブで気弱なので何も言えないというあたりがなんとも。そして理由をつけては惚れた相手に味方して、とか。でもたまたま見えたその女性の下着に目がいって自己嫌悪したりとか。応援したくはなるという意味ではありがちなキャラクター造詣ではあるのだが、だってこれ35歳バツイチ、という設定がなければ多分ただのどうて……ま、まあいいや。
ちなみに訳者あとがきによると「わたしのお気に入りのキャラクターは、なんといってもジリアン」だそうだが、私は頭が悪い感じに描かれているジリアンを見て笑うのはちょっと無理っス……。ベジタリアンぶって「かわいそう」と言いながら鶏肉料理を食べちゃったり、ヨガが好きで禅の境地に達したいのに代わりにピーナッツバター・カップが思い浮かぶ、というニューエイジを戯画化したキャラクターなのだが、かなりイライラしながら読んでしまいました。まあ、もともと本屋でスピリチュアルなんかのニューエイジ系の本を見るだけで癇に障るという性分ではあるのだが、戯画化されたものを見てもイライラするというのは、これはもう私の心に余裕がないからでしょう。誰かください。心の余裕。
マイナスな話ばかり書いても仕方が無いので私のお気に入りのキャラクターも書いておくとジェイムズの父、ジャクソンである。自分の経営していた金物屋が買収されて以来、気難しくなり妻に先立たれてほとんど口もきかず、日中は家の納屋にこもってばかり。口を開けばジェイムズへの嫌味が始まるのだが、いつもは聞き流すだけだったジェイムズが初めて口答えをしたあたりからギクシャクしていたこの二人の関係が変化していく。父親が日中は納屋にこもっているというのもポイントになっていて、親子が不器用に愛情を確かめ合う瞬間は結構感動的。つまりこの話はおデブさんたちがダイエットをする過程を通して自己を再生していく物語であると同時に、父子の再生の物語でもあるのだ。おお、なんかすごくいい話じゃないか。
そういえば事件の話をしていなかった。ミステリの部分はかなり強引な部分もあるし、別に殺人事件の部分がなくても上に書いたような「いい話」として成立するはずで、そこまで重要でもないと思う(ハッキリ言えばミステリ部分が浮いている)。なのでここについては一つだけ。犯人の全体像が見えた瞬間がすんげえ気持ち悪いのだ。
40年代な臭いさえする、ある意味出尽くしたタイプの犯人(人物)像のはずなのだけれど、基調が図書館、ダイエットクラブ、ハロウィン、チャリティー・フェスティバルと、それこそ“cozy”、和気あいあいとした感じなので、そことのギャップで気持ち悪さが強調されてるんだな。この瞬間は「日曜の夕方に「サザエさん」を見ていたら急にマスオさんがジェイソンに襲われて「13日の金曜日」になりました」くらいのインパクトはありますよ。恐いわー。
というわけでこの『ベーカリーは罪深い ダイエットクラブ1』ですが、私のようなコージー門外漢でも最初の詰め込みすぎな部分さえ乗り越えれば楽しめるでしょう。いい話だし。恐いし。
コージーについて今回まででわかったこと
- コージー・ミステリには「レシピもの」というジャンルが実在した。
- しかもカロリー計算表まで載っているものまである。親切だ。
- コージーの主人公は主婦ではないこともある。
- ていうか今回は男主人公だ。
- でもやっぱりマッチョだったりクールガイだったりオヤジだったりはしない。
- ダイエットの悩みは世界共通。
- パンチラに目が行くのは仕方がない。いや、本当に仕方ないんですって……。
- あ、ちなみにロマンスもあるよ。
そして次回でわかること。
それはまだ……混沌の中。
それがコージー・ミステリー! ……なのか?
小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*5
うーん、全体としては楽しめるけど色々とツッコミどころもあり、まあびみょー、といったところでは。
コージー番長・杉江松恋より一言。
レシピ・ミステリー、デビューおめでとう。レシピ付き本には二種類あって、各所に分散して掲載されている場合と、巻末にまとめてレシピが載っている場合とあるのね。この本の場合は前者ということです。『ベーカリーは罪深い』は、たしかにご指摘の通りキャラクター紹介編の性格が強くていろいろと詰めこみすぎ、という気がしなくもないですね。〈戦隊もの〉の放映第一回脚本を書く人の苦労が、この小説を読むとわかるのであった。
しかしびみょーでしたか。そうか、その判定は想定外だった。○でも×でもないということね。じゃあ、とりあえずシリーズ第二弾『アイスクリームの受難』いってみましょうか。
小財満
ミステリ研究家
1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。