シリーズは二作目が肝要である。それは「ロボコップ」シリーズが名作扱いされ、「スターシップ・トゥルーパーズ」シリーズ*1がB級映画の扱いをされていることからも分かる。二作目でコケると三作目はどんなに面白く作っても見てもらえないわけだ。いや、『スターシップ・トゥルーパーズ3』は大好きなんですけどね。個人的には……斜め上の方向で。
映画の話はともかく、シリーズの要となる〈ダイエットクラブ・シリーズ〉の第二作、J・B・スタンリー『アイスクリームの受難』はいかに。
【おはなし】
一作目で成功したかに見えた〈デブ・ファイブ〉のダイエットも段々マンネリに。主人公のジェイムズをはじめ、食生活が荒れ始めたメンバー五人全員の体重がリバウンドしてしまった。そんなジェイムズがディスカウントストアで出会ったのが彼らの住むクインシーズ・ギャップのショッピングモールでフィットネスクラブ兼ダイエット教室を始めるというヴェロニカ。彼女はレジ待ちの間、ジェイムズたちの前でやたらと押しの強い勧誘活動を始めたのだ。ジェイムズはどこか胡散くさく思いながらも、最近体重が減っていないことも事実。ヴェロニカのダイエット教室に通うことに決めた〈デブ・ファイブ〉のメンバーたちがダイエット教室のちょうど向かい側に見つけたのはウィリーという男が始めた〈輝くパゴダ〉というアイスクリーム屋だ。〈輝くパゴダ〉の開店当日、新しいアイスクリームを食べようとする長蛇の列を見たヴェロニカはそこでもすかさず営業活動を開始。当然アイスクリーム屋とダイエット教室では水と油で、すっかり商売がたきになってしまった彼らには不穏な空気が漂い始める。そんなとき〈輝くパゴダ〉が火事になり、従業員が焼死した。果たしてこれは事故なのか放火なのか——。
う、うむ? レシピ本だと思って読んでいたらレシピが出てこなかった。主人公たちが料理をするシーンがないので当然といえば当然なのだが、微妙に騙された気分である。まあ前作もレシピは単なる添え物な扱いだったので別にいいと言えばいいのだが。ただ次作では復活するそうな。
その代わりにジェイムズの勤める図書館でスプリング・フェスタを開催し、帽子品評会や豚レースを行う楽しげな描写、またジェイムズがダイエット食品にどうしても耐えられず、思わず食べてしまったクロワッサンの美味しそうな描写などコージー的な彩りはそれなりに豊富である。
小説の部分に関しては……うーん、これはいかがなものか。問題の一つには物語の軸が多すぎること、そしてその多すぎる物語の軸が交差しないことにある。
『アイスクリームの受難』の話の軸を並べてみよう。
- ダイエット
- ミステリ
- ロマンス
- 図書館のスプリング・フェスタ
- 父子関係
と、ざっとこの程度。ダイエット、ミステリについては説明不要だろう。
ロマンスというのはジェイムズと〈デブ・ファイブ〉のメンバーで保安官事務所勤務のルーシーとの関係だ。前作のラストでちょっとだけいい雰囲気になった二人だが、それから半年ほど後の話である本作に至っても、離婚した経験から、あるいは自分の体型のこともありジェイムズに自信がなく、ルーシーに結局何も言い出せずに進展なし、という状態から始まる。そしてジェイムズが新聞記者のマーフィーに取材という名目で粉をかけられている現場をルーシーが見てしまったのでさあ大変。みるみるルーシーの機嫌が悪くなり、あてつけのように彼女も新しく町にやってきたカーターと親しくなる。二人の関係やいかに、というところである。
図書館のイベントに関しては前述のとおり。ジェイムズが街の人々、そして図書館の部下たち、特に双子のフィッツジェラルド兄弟と協力し、いい図書館を作っていく過程を通してジェイムズが街の人々に受け入れられ、またジェイムズ自身も成長し、自分に自信をつけていく、という部分である。
父子関係については前作について書いたときに触れたのでいいだろう。和解してからの父・ジャクソンとジェイムズは互いに新たな部分を発見していくことで読んでいて随分と心地よい関係を作っている。
このようにいくつか話の軸があること、それは問題ない。だが、主軸となる軸がなく、それぞれの軸が交わらない、もっと言うと必然性なしにいくつかの話を一冊の本に詰め込んだように見える、というのは小説の出来という面からして疑問符をつけざるを得ない。
ちょっとだけダイエットをしてちょっとだけ二時間ドラマ以下のミステリ要素、あっけないロマンスがあって、一方では図書館の話も父子関係の話もしなきゃいけない、というのは前作に関しても同じように思ったのだが明らかに詰め込みすぎなのだ。せめて主軸を定めて他はサイドストーリーという扱いにすべきだろう。コージーに要求される要素をギュウギュウに詰め込みすぎて全ての要素がサイドストーリーになってしまっては意味が無い。
前作と比べても初出ではないので〈デブ・ファイブ〉という設定のインパクトが差っ引かれる、〈デブ・ファイブ〉のメンバーを上手く動かせていない、ミステリ・サスペンス要素が弱い、強くなったロマンス要素も正直褒められるものではない、となればちょっと何を楽しめばいいのかわからなくなってくる。ミステリ要素が弱いということで言えば、本作のミステリ部分は何のためにあるのだろう。ミステリには人が死ぬことを前提に楽しむ反倫理的な要素があることは間違いない。その反倫理を楽しみに変えるものはトリックだったりストーリーだったりで、つまり何が言いたいかというと……作者は作中で人を殺してるんだからその死に値する何かは描いてもらわないと単に無駄死にした人がいたというだけのようで気分が悪い、という読者のワガママなのだが。そして一作目『ベーカリーは罪深い』には間違いなくその死に値するもの——スモールタウンの平和な日常の裏に隠れていた気持ちの悪いもの——はあったと思う。
また、ここで触れておきたいのがシチュエーション・コメディとしての〈ダイエットクラブ〉シリーズである。デブの五人が集まってダイエットについて会話している場面を想像していただきたい。きっとその場面はシュールな笑いを誘うはずである。明らかにこれはシチュエーション・コメディを意識した設定だ。
本書でも、アイスクリーム屋〈輝くパゴダ〉が開店した際に店主のウィリーはアイスクリームと一緒に宣伝用のTシャツを売っているシーンがある。そのTシャツには『クールなウィリーを試したか?』と印字されていて、「ウィリー」には男性器という意味もあるため、教会の女性たちが「多感な若者にこんないやらしい服を見せるわけにはいきません!」と殴りこんでくる。何がいやらしいのか、と惚けるウィリーに歯噛みするお堅いオバサンたち、という図も「お堅いオバサン」の極端な像を笑いものにする意図が恐らくあるはずである(前作でジリアンのニューエイジかぶれを笑いものにしたように)。
こういった笑いの要素は前作よりも強く打ち出されている。なのでここは読みどころですよ、と言うことができればいいのだが、残念ながらそういうわけにもいかない。コメディには軽妙洒脱な会話が求められるが本作にはそれがなく、シチュエーション・コメディとしては片手落ちとしか言いようがないからだ。シチュエーション「だけ」は面白いとおもうのだが、それが可笑しいというところまでいかないというのはちょっと惜しいし残念である。いや、そもそも全篇通してジェイムズがルーシーにツッケンドンにされたり、ダイエット教室のヴェロニカが気に食わなかったりと、視点となる主人公の精神状態があまりよろしくなく、どことなく暗い雰囲気が通底しているので「笑える」という感じでもないのだよなあ。ただし訳者あとがきだと「笑い満載」とのことなので笑いに関しては感じ方に個人差があるかもしれない。
逆に二作目まで読んで段々分かってきた注目すべき点は、やはりアメリカ南部(のスモールタウン)の話なんだな、ということだろうか。
アイスクリーム屋の店主、ウィリーは記憶にも新しいハリケーン・カトリーナの被災者で、ミシシッピ州ビロクシ*2からクインシーズ・ギャップにやってきた新参者である。最初に描かれるのは彼と地元住民たちとの文化的な違いからくる諍いで、アイスクリーム屋をパゴダ*3風の建築にしたところ、そこは保守的なお国柄で、郡歴史協会の会長が「南部の伝統的な建築様式ではないじゃないか」と文句を言いに来る。あるいはキリスト教が非常に強い地域でもあるのでTシャツに「ウィリー」という単語が印字されているだけで牧師の奥さんが文句を言いに来たりもするわけだ。「燃やしてしまうべきよ!」とかなんとかかなりヒートアップしていて宗教という盲目的な大義名分があるぶん日本のPTAなんかより大真面目かつ過激で(いやーこれやっぱり笑いを取ろうというより諍いの種を描いているように思えるんだけど、それはともかく)、この保守具合は新聞記者マーフィーに「この町は新入りに冷たいのよね」「この町の住民は変化が好きじゃないから」と言わせる程である。
その一方で一作目では大怪我をした人のためにチャリティー・フェスティバルを行う、図書館の寄付を募るためにフェスティバルを開催するなどフロンティアスピリットから連なる相互扶助の精神が受け継がれてもいる(本作では特にこれが豚レースの場面で表現されている)。このへんはよく特徴を捉えて描かれており興味深い。
まあしかし結論としては本作はコージー好きな方以外には薦められません。もう私もこのシリーズはいいかなあ、と思ってしまったりするわけで……うん、やっぱり二作目は大事なんですよ。
コージーについて今回まででわかったこと
- 『レシピものを読んでいると思ったらレシピがなかった』な……何を言ってるのか分からねーと思うが(ry
- おいしいものは我慢できない。
- 豚レース……そういうのもあるのか……(初めて存在を知ったらしい)
- ダイエットの悩みはやっぱり世界共通。
- 怪しいヤツには気をつけろ。
- コージー・ミステリも、ものによってはミステリ部分がお粗末なこともある。
そして次回でわかること。
それはまだ……混沌の中。
それがコージー・ミステリー! ……なのか?
小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*4
すまぬ。これはなしだ。
コージー番長・杉江松恋より一言。
シリーズ作品は2作目が大事というのはその通りだと思います(しかし、なぜ『スターシップ・トゥルーパーズ』? ここは『ロボ・コップ2』を引き合いに出すべきなのでは、とつっこんでおく)。『アイスクリームの受難』は、指摘のとおり、保守的な人々の偏見がテーマになっている本なので、物語全体のトーンは能天気に明るいものではないです。読みどころとしてはそこなんですが、たしかに軸が多い観はありますね。「びみょー」「なし」ときて、次の『料理教室の探偵たち』で判断してみましょうか。〈デブ・ファイブ〉が選ばれた理由もそこで明らかになるであろう。
小財満
ミステリ研究家
1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。