明けましておめでとうございます。日本にコージー・ミステリがあればおせち料理なんかが格好のネタになるのかしら、などと思いながら正月を過ごしていました。と、そんなこととは全く関係なく〈ダイエットクラブ・シリーズ〉の第三作、J・B・スタンリー『料理教室の探偵たち』、いってみましょう。

【おはなし】

 運動と節制で既にそれなりの減量に成功しているジェイムズをはじめとした〈デブ・ファイブ〉のメンバーたちも、そろそろダイエット用の食事には飽きてしまいがち。ダイエットのことを忘れようと、リンディの提案で土曜日だけはスペイン・メキシコ料理の教室に通うことにした。〈デブ・ファイブ〉以外に料理教室に集まったのは、新聞記者のマーフィーと、その友人のキンズリーとパーカーの双子姉妹、そしてパーカーの恋人コリンの四人。リンディはキンズリーが恋のライバルだと知りおかんむりだが、そんな中〈デブ・ファイブ〉とキンズリーが校外実習の付き添いとして駆りだされた洞窟で、ジェイムズはキンズリーが殺されているのを発見する。だが皆がキンズリーだと思っていた被害者は、実は双子のパーカーのほうで……?

 前作で無事ルーシーと付き合うこととなったジェイムズ君。だが彼は悩みに悩んでいる。頭痛持ちになるくらいに悩んでいる。彼の悩みは一つ。どうやったらルーシーと一線を超えられるか、である。いいぞジェイムズ、交際まで持ち込んで尚一喜一憂を繰り返す君こそ我々非モテの星だ……などと思っていたらとんでもない。その後、彼は「ぼくたちの関係が進展しない理由」とやらを聞き出そうとしてルーシーを怒らせ、ケンカ別れしてしまうのだ。実に、実に素晴らしい。結婚経験があるにもかかわらず、まるで童貞をこじらせたかのような彼の姿に思わずガッツポーズを決めたことを告白しておこう。

 一応のっけからこんなしょうもないことに触れたのには理由がある。前作までと違い、本作は物語の筋がかなり整理されていて(それでもまだまだ、という感は否めないが)ロマンスと捜査、という二本の筋にほぼ集約されているのだ。ルーシーが保安官代理の試験を受ける過程で知り合った男性のことを好きになっていることが分かって本格的にルーシーと分かれたジェイムズに、今度は以前から彼に粉をかけていた新聞記者マーフィーがアタックをかける。いまいちどこがいいのか説明されないルーシーよりもマーフィーのほうが魅力的に思えるのだが、これは私だけだろうか。例えば以下の会話。

「どういうつもりなのか、きみのことがよく理解できないんだ、マーフィー」ジェイムズは正直にうちあけた。

(中略)

「それなら説明してあげる。初めて会ったときから、ジェイムズには好感を持っていたの。あなたの体重も、離婚したことも、引きこもりがちのお父さんと暮らしていることも、なんにも気にならない。頭が切れるし、魅力的だし、話をしてて楽しいし。あなたがルーシーとつきあいだしたときには、本当に落ち込んだわ」

(中略)

「でも、わたしもまだ好きなのよ。未来の保安官代理と本当に別れたのなら、こちらを向いてくれるのを待ってる」そこで顔の前でぶんぶんと指を振った。「とはいえ、そんなに長くは待てないわよ。なにしろわたしはモテモテだし、気が長いほうでもないし、それに、自分から誘うのも好きじゃない。だから、今度はジェイムズがはっきり意思表示をしてくれなきゃ駄目よ」

 主人公のことを「前から好きでした」なんて都合がいい、と言ってしまえばそれまでなのは分かっているが、このくらい積極的なタイプのほうが引っ込み思案なジェイムズとの対比もあり単純に読んでいて楽しい。マーフィーはもともとルーシーと性格も容姿も正反対で、恐らく彼女のアテ馬として登場させたキャラクターだと思うのだが、すわ本命馬か。マーフィーと付き合うことになったもののルーシーのことが完全には忘れられないジェイムズ、そしてジェイムズに未練を残すルーシーと典型的な三角関係の行方は気になるところである。

 その他にもリンディと上司のチャベス校長の関係、〈デブ・ファイブ〉が通う料理教室の先生ミラとジェイムズの父ジャクソンの心温まるエピソードなども入りまじり、最も恋愛要素の強い一冊となっている。

 前作で迷走していた〈デブ・ファイブ〉の面々の使い方も元に戻って一安心。物知りで捜査の手がかりを示すベネット、まとめ役でもあり事件のきっかけとなるリンディ、そしてペット・トリマーのジリアンも被害者パーカーを獣医に設定したことで捜査に一役買っている。

 ただジェイムズとマーフィーの捜査小説とも読める本作だけに、終盤も終盤で新たな事実が一気に判明するのは興をそがれる。このあたりのミステリ要素はもう少し頑張ってほしいところ。ただ捜査の部分が料理教室、恋愛要素などなどを繋げる糊の役目は果たしていて、前作のように各要素がバラバラというほどではないことは評価したい。ただ不思議に思ったのは、図書館に誰のものか分からない宝くじが紛れ込んだというエピソード。相変わらず南部特有の相互扶助精神の表れかとは思うのだが、他の話の軸とは全く関係なく挿入されている。そこに割かれている分量も少ないのでサイドエピソードのひとつとして捉えればいいのだろうが、わざわざこのエピソードを挿入した作者の意図はちょっと分からない。いい話といえばいい話なのだが……。

 というわけで本作はロマンス要素に軸を集して物語が動いていて、そのぶん全体的に会話も朗らかで細かいことを気にしなければ楽しめる一作でしょう。

 そうだ、大事なことを忘れていた。二作目ではレシピが消えた本シリーズでしたが、本作では料理教室のレシピが本の最後で公開されています。チキン・エンチラーダやチリコンケソなんて日本ではなかなかお目にかかれないものも。前々回でコージー番長が

レシピ付き本には二種類あって、各所に分散して掲載されている場合と、巻末にまとめてレシピが載っている場合とあるのね。

と言っていたけれど、今回は後者なのでした。

ところで作中ではその章に出てくる食べ物とともに「一人前の塩化ナトリウム*1……○○mg」と書いてあって「なんじゃこりゃ」と思っていたのだけれど、途中でジェイムズが高血圧気味だということが判明するわけですね。ダイエットとともに塩分も気にしなくちゃならないジェイムズも見所です。

 私もまだまだ美味しい物を食べたいお年頃なので、ちょっとは気をつけるかなあ、とシンミリしてしまいました。

コージーについて今回まででわかったこと

  1. ロマンスはコージーの輝き。
  2. 正ヒロインでも浮気する。
  3. 四十前のいいトシこいた大人の恋愛でも悩みは一緒。
  4. そういえば本作のクライマックスは年越しパーティー。新年明けましておめでとうございます。

そして次回でわかること。

それはまだ……混沌の中。

それがコージー・ミステリー! ……なのか?

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*2

んー、かなり甘めにありかな。ミステリ要素は不満。

コージー番長・杉江松恋より一言。

 なにを考えているかわからないわがまま女性よりも、自分のことを全肯定してくれる積極的なタイプのほうがいい、という意見に筆者の恋愛観を垣間見てしまったような気がしてちょっと不安なコージー番長です。大丈夫か? そんな積極的な態度をとる女性はほとんど実在しないから(キッパリ)。いたとしたら、何かのセールスか宗教の勧誘だ。まあ、それはともかく本シリーズを課題作として選んだ理由は、この主人公の煮え切らない恋愛生活を読んでもらうためだったのでした。簡単にベスト・ハーフが見つかってシリーズ中ずーっといちゃいちゃいちゃいちゃしている主人公もあれば、ジェイムズのように「お預け」を喰って悶々とする主人公もいるわけ。どっちがおもしろいかというと私は後者だと思うのだけど、読者のみなさんはいかがでしょうか。さて、次回の課題作は別シリーズ。『名探偵のコーヒーの入れ方』でいってみましょうかね。喜べ、小財満。君があれだけ読みたがっていた、都会派のコージーだよ。

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小財満

ミステリ研究家

1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。