前回、コージー番長・杉江松恋にコージーの「お仕事小説」としての面を指摘されていたく感得。現代の海外ミステリ・シーンにおける主人公は犯罪者と相対する職業に就いている者(警官、弁護士、私立探偵などなど)がかなりの割合を占める。それが良い悪いという話ではないのだが、たまにはコージー・ミステリを読んでみるとそういった職業以外の生活——しかもアメリカという違った文化圏での様々な生き方を体験できるのだな、と思ったり。

 それでは今回のお題、〈名探偵オルコット1〉『ルイザと女相続人の謎』(創元推理文庫)にいってみましょう。

【あらすじ】

 将来『若草物語』を書くことになる小説家志望の女性、ルイザ・メイ・オルコットは親友のシルヴィアと一年ぶりに新婚旅行から帰ってきた友人ドロシーのお茶会に訪れていた。だがドロシーはルイザやドロシーの親戚一同に待ちぼうけをくらわせ、彼女たちが帰る時刻に現れたものの、非常に取り乱した様子で夫のプレストンとの会話も何やらぎこちない。彼女に乞われ再びドロシーを訪れたルイザとシルヴィアだったが、そこでもたらされたのは彼女が溺死したという悲報だった。だが検死の結果、彼女の頸には絞め殺されたと思しき痣があり……。

 舞台は1854年のボストン。探偵役となるのは幼い時に親しんだ方も多いであろう『若草物語』の作者ルイザ・メイ・オルコットである。いや、この設定だけでもワクワクさせられるじゃあないか。著名人を主人公にするというのはヘタをすれば名前負けになってしまうので、作者に相当の自信がないとできないことだと思うのである。そういえば去年のエドガー・アラン・ポーを主人公にした『陸軍士官学校の死*1』ルイス・ベイヤード(創元推理文庫)も力作だったなあ。

 それはともかく。本書の特徴は何といっても時代背景の書き込み、これに尽きる。作者は19世紀アメリカ東部に非常に精通しているらしく、克明にその土地、時代を再現してみせるのだ。奴隷制の賛否に揺れ、プランテーション(大規模農園)を所有する資産家には富が集まる一方で、街では貧しく行き場のない女性が誰の種かわからない子供を生む。奴隷は北へと逃げ、若者は西部に向かう。女性は貞淑を求められ、醜聞を嫌う上流階級には若き日の過ちがつきまとう。大衆紙や恋愛小説、軽薄な芝居が好評を博する一方で、日々の糧を教育と哲学に求め社会改革を目指す者もいる。そうした南北戦争以前の激動の時代を、ルイザという若い女性の目線から描いていくのである。ルイザはシルヴィアやドロシーといった上流階級の人間たちと交流する一方で、自身の家庭は裕福とは言えず、普段は一家が営む学校で子供たちを教え、行き場のない妊娠中の女性たちが集う出産施設〈ホーム〉で彼女たちの世話をする。非常に幅広い人間関係を持った女性だったのだ。

 読者はその時代を提示される中で事件に出会う。ドロシーの死である。当時のボストンでは警察が組織されたばかりで、担当となったコバン巡査が難渋するこの事件をルイザは追いかけることになる。巨万の富を相続したドロシーによい感情を持たない家族も多く、また彼女の夫プレストンや兄エドガーの女性関係のもつれからいよいよ事件は複雑になっていく。彼らは何を隠しているのか、ドロシーが最期を前にルイザに言い残したかったことは何なのか。メイフラワー号の時代から続くボストン上流階級家庭の悲劇の正体とは果たして——。

 とまあミステリとしては変に捻りがないぶん、むしろ丁寧な伏線の描写が目立つ。なんというか由緒正しきパズラー、謎解きミステリといった印象である。謎に通底しているものは家庭の悲劇とはいえ、その解決は例えばロス・マクのように厳しいものではなく、むしろ希望を持たせた終わり方であることは非常に印象に残った。もちろんミステリの部分に触れるので詳しくは述べられないが、このことには出産施設〈ホーム〉での出来事が非常に象徴的だ。ルイザが世話をする妊婦クイーニィは当初、父無し子を産むことを悲観し、子供を欲しくないとさえ言う。そしてそのことはこの時代、むしろ率直な考えだったのだ。父無し子の母親は不埒として非難の対象となり、働くに際しても不遇な扱いを受けたのである。しかしクイーニィの出産後、ルイザが彼女に会いに行ったときには、自分の子どもを目の当たりにした彼女は愛おしげに我が子を抱き頭をなでていた。

 この小説はミステリや時代小説であると同時に、苦難の時代を送った母親たちの物語でもあるのだ。

 あのー、ところで番長、これって……コージー・ミステリなんですか?

コージーについて今回でわかったこと

  1. 今回のコージーは時代小説。

そして次回でわかること。

それはまだ……混沌の中。

それが……コージー・ミステリー!

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*2

面白かったですよ。あり!

コージー番長・杉江松恋より一言。

 いや、君があまりにもミステリーとしては物足りないって言うからさ。ミステリーとしての結構がしっかりしているものを選んでみました。この手の作品をコージーの範疇に加えるべきか否かについては各論あります。時代設定が十九世紀になっているだけで、しろうと探偵の活躍を描くという側面はまさしくコージーのもの、という考え方もあると思うし、歴史ミステリーの要素が強すぎるのではないか、という説もあると思うし。まあ、この連載では周縁のジャンルの作品も扱うつもりなので、今回はあまり深く考えないでください。というわけで次は第二作『ルイザの不穏な休暇』(創元推理文庫)でいってみましょうか。といっても読む前から結果は判っているような気もするんだけど。

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小財満

ミステリ研究家

1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。

*1:ちなみに第二回翻訳ミステリー大賞最終候補作

*2:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。