第18回 シビアでくらーい諜報戦を描いてイギリスで大人気の「MI−5 英国機密諜報部」

 世界で一番有名なスパイ、007ことジェイムズ・ボンドが所属しているSIS(イギリス情報局秘密情報部)、旧称をMI6(イギリス軍情報部第6課)という組織は、イギリス国外における諜報活動を担当していていることは、スパイ小説のファンなら皆さんご存じのことでしょう。

 一方、イギリス国内における防諜および治安維持を担当する諜報機関は、現在はSS(イギリス情報局保安部)と呼ばれていますが、SIS同様その旧称であるMI5(イギリス軍情報部第5課)のほうで広く知られていることも、これまたスパイもの好きには常識でしょう。

 さて、そのMI5が大活躍するのが、今回ご紹介するイギリスドラマ、その名もずばり「MI−5 英国機密諜報部」です。

 このドラマ、本国イギリスでは今年で第10シーズンに突入という超人気番組で、まさに21世紀を代表するスパイドラマだと言ってもかまわないでしょう。

 主人公達はもちろんMI5のセクションDこと対テロ諜報部所属の捜査員たち。毎回、ありとあらゆるテロリストたちの破壊工作を未然に防ぐべく、危険な任務に飛び込んでいきます……。

 といっても、派手なアクションシーンはほとんどありません。捜査員たちも、機転が少々利く以外は、たいした特殊能力など持っていない普通の人々です。したがって、一つまちがえると、いや、運が多少悪いと、とたんに死んでしまうことに。そして、そんな神経をすり減らす任務が続く中、裏切る者、ミスを犯してしまう者、脱落する者も、殉職者同様、次々に現れてしまいます。

 というわけで、これまでの全9シーズンを通してレギュラーメンバーのままなのは、部長であるハリー・ピアース卿のみ。実働部隊のキャラクターたちは、のきなみ死んだり引退したり裏切ったりで、数年ごとにばんばん入れ替わっているという、ものすごく暗くてシビアでシリアスなドラマなのでした。

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 なんせ、「MI−5」というのは、アメリカや日本でのタイトルで、イギリスでの原題は「スプークス(spooks:幽霊、お化けや、奇人、変人から転じて、スパイを指す俗語)ですからね。かっこいいだけの話になるはずがないのでありました。

 こういうシビアさがリアリティを持っているのも、イギリスが長い間、諸外国との諜報戦に明け暮れ、日常的にテロの脅威にさらされ続けてきた国であるからでしょう。日本もアメリカも、確かに大きなテロが国内で起こったことはあっても、やはり日常化まではしていないし、人々の意識に日頃から上ってないような気がします。

 ともあれ、「24」みたいな派手なアクションと強引などんでん返しの連続や、「チャック」みたいな脳天気で勧善懲悪なお話よりも、緊張感溢れる渋くてリアルなスパイものが見たいという方には、大変オススメのドラマとなっております。

 たしか日本でも、第3シーズンまではDVD化されてて、第6シーズンまではBSで放送されてるんですけど、続きも日本語吹き替えで見たいものです。

 ちなみに、元々、イギリスという国はスパイ小説発祥の地であるだけでなく、ジェイムズ・ボンド型の痛快アクション(あれも原作は映画版ほど痛快じゃなかったり)だけでなく、リアルなスパイものの系譜も、エリック・アンブラー、グレアム・グリーン、ジョン・ル・カレ、レン・デイトン等々、連綿と続いているのでありました。

 中でも、強烈なアクションと緻密な頭脳戦とが合わさって、スパイ小説と冒険小説との絶妙なブレンドを生み出していたユニークな作家に、クレイグ・トーマスがいます。

 そのトーマスが、残念なことにさる4月4日に肺炎でお亡くなりになったという、残念なニュースが入ってきました。享年68歳。

 トーマスといえば何と言っても『ファイアフォックス』に始まるミッチェル・ガントものと、『闇の奥へ』などのパトリック・ハイドものとが有名ですが、あえてそれらを外して推したいのが、『モスクワを占領せよ』と別名義で発表された『モスクワ5000』という、旧ソ連時代のモスクワを舞台にした2作。どちらも、ガチガチの敵対国であった当時のソ連を舞台にしていることもあって、全編を覆う緊張感が半端じゃなくて、読み出したら一読巻置くを能わずという徹夜本だったのを思い出します。

 調べてみれば、処女長篇の『ラット・トラップ』(1976年)から『闇に溶け込め』(1998年)まで、22年間で小説は別名義の作品も含めてたったの18作(他に数冊ノンフィクションがあるらしいです)。

 もっともっと続きを描いて欲しかったし、1作くらい、ガントとハイドが共演する作品が読んでみたかったような気もします。というか、9・11同時多発テロ後の世界で、彼らのボスであるケネス・オーブリー率いる英国情報部がどういう活躍を見せるのか、読んでみたかったと思うのは、ファンのエゴなのでしょうか。

 今はどの作品も入手が難しくなっているようですが、今後も忘れ去られず、読まれ続ければいいなあと願っています。まだ未読の人は、とにかく『ファイアフォックス』『ファイアフォックス・ダウン』だけでも読んでください。むちゃくちゃおもしろいから。

〔挿絵:水玉螢之丞〕  

■クレイグ・トーマス著作リスト■(from ウィキペディア

【クレイグ・トーマス名義】

『ラット・トラップ』 Rat Trap (1976) / 広瀬順弘訳 ハヤカワ文庫NV

『ファイアフォックス』 Firefox (1977) / 広瀬順弘訳 ハヤカワ文庫NV

『狼殺し』 Wolfsbane (1978) / 竹内泰之訳 パシフィカ/河出文庫

『モスクワを占領せよ』 Snow Falcon (1979) / 井上一夫訳 毎日新聞社

『レパードを取り戻せ』 Sea Leopard (1981) / 菊池光訳 ハヤカワ・ノヴェルズ/ハヤカワ文庫NV

『ジェイド・タイガーの影』 Jade Tiger (1982) / 田中昌太郎訳 ハヤカワ・ノヴェルズ

『ファイアフォックス・ダウン』 Firefox Down (1983) / 山本光伸訳 ハヤカワ・ノヴェルズ/ハヤカワ文庫NV

『闇の奥へ』 The Bear’s Tears (1985) (米版: Lion’s Run) / 田村源二訳 扶桑社ミステリー

『ウインターホーク』 Winter Hawk (1987) / 矢島京子訳 扶桑社ミステリー

『すべて灰色の猫』 All the Grey Cats (1988) (米版: Wildcat) / 山本光伸訳 扶桑社ミステリー

『高空の標的』 The Last Raven (1990) / 田村源二訳 新潮文庫

『DC-3の積荷』 A Hooded Crow (1992) / 田村源二訳 新潮文庫

『救出』 Playing with Cobras (1993) / 田村源二訳 新潮文庫

『無法の正義』 A Wild Justice (1995) / 田村源二訳 新潮文庫

『ディファレント・ウォー』 A Different War (1997) / 小林宏明訳 小学館文庫

『闇にとけこめ』 Slipping into Shadow (1998) / 田村源二訳 新潮文庫

【デイヴィッド・グラント名義】

『モスクワ5000』 Moscow5000 (1979) / 小菅正夫訳 ハヤカワ文庫NV

Emerald Decision (1980) / 1987年にクレイグ・トーマス名義で再版

「MI−5」第2シーズンのオープニング

第5シーズンのオープニング

第9シーズンのオープニング

(オープニングを続けて見ると、ボスであるハゲ頭のオヤジ以外、メンバーが一変してるのがわかります。ちょっと「太陽にほえろ!」っぽい?(^_^;))

「MI−5」BBCの公式ページ

http://www.bbc.co.uk/programmes/b006mf4b

「MI−5」BS11の公式ページ

http://www.bs11.jp/drama/144/

〔筆者紹介〕堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。今年の仕事は、『ウルフマン』(早川書房)のノベライズと『ヘルボーイ 壱』、『ヘルボーイ 弐』(小学館集英社プロダクション)の翻訳。

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