本のこと活字のこと 1——活中者読本

 できたての本は温かい。

 ということを知ったのは、27年前。わたしは(コホン!)初々しい20代、翻訳を仕事にするなんてまだ思いついてもいない駆け出しのライターだった。

 その戸田競艇場に近い製本工場へは、「紙の一生」というルポルタージュを書くために行った。長いベルトコンベヤーの端っこに立っていると、工場の生産部長さんが、流れてきた本の1冊を渡してくださった。受け取って、はっとした。お堅い土木工学の教科書から、掌にヒヨコを1羽のせたくらいの温もりがつたわってくる。背表紙に触れて、本の背を綴じた糊の熱がまだ残っているのだとわかった。

 あのときじ〜んとしたこと、本というのはこうやって生まれてくるのかと感じ入ったことは、その後の身の振り方にいくぶん影響したのではないかと思っている。

 1折り16ページ分を表と裏に印刷された大きな紙は、1ページの大きさまで機械で折り畳まれ、順に重ねられ、背を削られる。その背にホットメルトという溶かしたボンドが塗られる。温度は180度だそうだ。あとは表紙をかぶせ、小口を裁ち落とせば、できあがり。週刊誌のように針金を打ち込む中綴じはべつとして、いまはほとんどの本が無線綴じ(平綴じも含む)だから、本屋さんに並ぶ本はたいてい、ベルトコンベヤーに載ってほかほかで運ばれてきたということなのだろう。

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 と書いていると、糸綴じ本のことも気になってくる。昔の文学全集は糸綴じに布表紙。糸が見えるページに来ると、つい糸をいじりたくなった。糸綴じ本、どれくらい持っているのかな。本棚を調べてみた。当たりをつけて探すと、わりとすぐに何冊か見つかった(蔵書、そんなに多くありません)。ただし、ほとんど絶版だ。というわけなので、マッカラーズ『結婚式のメンバー』(渥美昭夫訳、中央公論社)ほか、うちのかわいい翻訳書糸綴じっ子トリオを写真でごらんくださいね。いろんな人の所蔵する糸綴じ本を見せてもらったら、さぞかし面白いだろう。新しい本では、去年暮れに刊行された、歌人の東直子さんの短歌日記『十階』(ふらんす堂)が糸綴じだった。装丁は和兎。1日1首を詠んで短い文章を添える日記もすばらしいけれど、和兎さんの装丁もきわめて美しい。

 さて、「紙の一生」というルポは、これも絶版なんですが、《本の雑誌》の別冊6『活字中毒者読本』(1984)の第1部「現代紙々人列伝」に収まった。製紙業に始まり、印刷業、製本業、取次、書店、チリ紙交換、古紙卸問屋と、紙の一生(輪廻?)を追いながら、それぞれの業種の7人の方から話をうかがっている。目黒考二さんから依頼されたので張り切った。拝み倒すようにして同乗させてもらったチリ紙交換トラックで、いきなりマイクを持たされ、「毎度おなじみの〜」と唸ろうにも、声が震えてしまったことなどを懐かしく思い出す。

 この通称『活中者読本』では、本と活字ラブ!をみんなが臆面もなく語り、参加することを楽しんでいた。「活字中毒者」という言葉には本のジャンルを超えて本読みの心をまとめる魔力がある。紙にはヨコ目とタテ目があり、パッと見分けられるまでに10年かかるという国会図書館製本課係長の話。「書店員の生活と意見」。ルビ・フェチ。歩きながら本が読めるかを論じる座談会。われこそ「活中者」と言ってみたい気持ちが、ほうぼうで突撃取材を生んだ。本や活字の周辺、活字に携わる多様な職種に目を向けること、物書きの仕事が本や雑誌の大きな輪廻のなかでは小さなひとこまに過ぎないということも、あの当時の目黒さんや椎名誠さんのスタイルから教わったような気がする。

 わたしはミステリ畑の訳者ではありませんが、お声をかけてもらい、猫屋書店さんの“「死刑囚」売上100冊できるかなっ”と、あのにぎにぎしい平積み&ポップ写真に感動する者ならここに加わる資格ありだよね、と思ってやってきました。よろしくおつきあいください。ちなみに、猫屋書店さんが100冊売った『死刑囚』と同じRHブックスから、『食べて、祈って、恋をして——女が人生で直面するあらゆること探究の書』という拙訳書が出ています。

(写真も筆者)  

那波かおり(なわ かおり)1958年生まれ。おもな訳書に、フィクションとして、ノヴィク〈テメレア戦記〉とリンジー〈華麗なるマロリー一族〉のシリーズ、ハリス『ショコラ』『ブラックベリー・ワイン』『1/4のオレンジ5切れ』、ノンフィクションとして、チェン『人はいつか死ぬものだから』、エンジェル『コールガール』など。ツイッターアカウントは@kapponous

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