「27クラブ」という言葉がある。呪いの言葉といってもいいかもしれない。
弱冠27歳で早世する著名アーティストが多いというのは、何となく知ってはいたんだけど、彼らを総称するこんな言い方があるというのは、最近になって知ったのだった。
この27という数字が注目されるようになったのは、1969年から1971年までのあいだに、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、ドアーズのジム・モリスンと、4名ものカリスマ・アーティストが27歳で相次いで急逝してから。この年齢と死がひとつの符牒として囁かれ始めたようなのだ。
過去にも、ブルースの祖、ロバート・ジョンソン、ゴスペル・シンガーのジョー・ヘンダーソンら多くのミュージシャンが同様に27歳で死を迎えている。追い打ちをかけたのが、「27クラブ」という言葉を生んだと言われている、ニルヴァーナのヴォーカリスト、カート・コバーンのライフル自殺。遺族が「“あのクラブ”にだけは入らないでほしい、とカートに言っていたにもかかわらず……」とコメントしたということから、この「27クラブ」なる名称が一般に広まったのではないか、とのことなのだ。その後、17年の歳月を経て、グラミー賞5部門を受賞した英国のシンガー&ソングライター、エイミー・ワインハウスが、薬物の過剰摂取が原因で急逝。やはり27歳だった。ドラッグがらみの緩やかな自殺とも考えられるけれど、それにしても不可思議なほどの偶然。
ただし、英国の医療専門誌やオーストラリアの統計学研究団体など複数の団体がそれぞれに調査し、27歳という年齢と死亡との関連性はなく偶然にすぎないと発表している。
ちなみに、ミステリー・ファンにはおなじみ、『シャーキーズ・マシーン(Sharky’s Machine)』(1978年)で知られる英国作家ウィリアム・ディールのスパイ小説『27(27)』(1990年)は、たしかこれとは関係なく辣腕スパイのコードネームだったかと。
それにしても、27という数字にこだわらなくとも、アーティストには、若くして自死したり不慮の死を遂げたりという話題がつきまとうのは否定できない、ということか。実父に射殺されたマーヴィン・ゲイ、セスナ機で墜落死を遂げたアリーヤ、いまだに死因が不明なマイケル・ジャクソンなどなど。
そんな27クラブの呪いにも囚われず、仲間入りすら拒否するかのごとく孤独を選び、24歳にして自らの生命を絶ったカリスマ・アーティストがいる。イアン・カーティス。1978年に結成、わずか4年の活動期間しかなかったにもかかわらず、いまだに伝説のバンドとして君臨するジョイ・ディヴィジョンのヴォーカリストだった。
ジョイ・ディヴィジョンは、マンチェスター出身のポストパンクあるいはニューウェイブのバンド。当時は別バンドを組んでいたギターのバーナード・サムナーとベースのピーター・フックが、1976年6月にマンチェスターで催されたセックス・ピストルズのライヴでイアンと出会い、ワルシャワというバンドを結成(デイヴィッド・ボウイの同名の曲から取ったバンド名)。その後ジョイ・ディヴィジョンと改名し、活動を開始。だが、持病の癲癇に苦しみ鬱病に悩まされた末、1980年にイアンが首吊り自殺をはかって死亡。メンバーが一人でも欠けたらジョイ・ディヴィジョンでの活動はしないとの結成時の取り決めから、わずか4年でバンド活動に終止符を打った。残りのメンバーはその後ニュー・オーダーの名前で活動を継続。これまた国民的な人気バンドとなったことは周知の事実だろう。
クラフトワークの大ファンでもあったイアンの趣味で、ジャーマンテクノの要素も取り入れたジョイ・ディヴィジョンの独特の音楽世界は、諦念と絶望とをロマンティックかつセンチに描いたものだと言われ、それはもちろん、ニュー・オーダーにも受け継がれていった。
いやはや、毎度長すぎる前置きにさらに拍車がかかってしまったけれど、今回取り上げる海外ミステリーは、ジョイ・ディヴィジョンの出身地マンチェスター生まれの作家ジョゼフ・ノックスのデビュー作『堕落刑事 マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ(Sirens)』(2017年)。そう、タイトルにあるように舞台も地元マンチェスターだ。そんなこともあってか、この小説、6つにわけられた章それぞれに、なんと、件のジョイ・ディヴィジョンのアルバム・タイトルがそのまま付けられている。
『アンノウン・プレジャーズ(Unknown Pleasuresem>)』(1979年)、『サブスタンス(Substance)』(1988年)、『クローサー(Closer)』(1980年)、『スティル(Still)』(1981年)、『コントロール(Control)』(2007年)、『パーマネント(Permanent)』(1995年)。このうち、オフィシャルで発表されたスタジオ・アルバムは『アンノウン・プレジャーズ』と『クローサー』の2枚のみ。あとはライヴ盤やコンピレーション・アルバム、そしてサウンドトラックということになる。
加えて小説の冒頭にも、『クローサー』に収録された「ハート&ソウル(Heart And Soul)」の歌詞がエピグラフに選ばれている。
“過去はいま未来の一部であり、現在には手が届かない――”
物語は、一人の卑しき街を行く汚職警官を主人公に、麻薬ビジネスの闇と哀しい人間ドラマを描いたハードボイルド・ノワールとでも言ったらいいだろうか。
押収品のドラッグをくすねて停職処分となった刑事ウェイツは、上司命令により、その汚名を利用しての麻薬組織“フランチャイズ”への潜入捜査を余儀なくされることになるが、さらに、その組織のアジトとも言うべきバーに転がり込んでいる少女イザベルの見張りと奪還を父親である国会議員ロシターに依頼される。まずは、汚職刑事をいぶりだすための
組織の懐に潜り込むまではよかったが、潜入捜査官としての正体を暴かれずにふたつの任務をこなすのは至難の業なうえに、カーヴァーの周囲には、彼の恋人のサラ・ジェーン、用心棒のグリップ、ウェイツの心を奪ってしまうドラッグ代集金係の美女キャサリン、フランチャイズの対抗組織バーンサイダーズの幹部ホワイト、レイプ事件の前科がありイザベルに言い寄るバーテンダーのニールと、一癖も二癖もある連中がつねに目を光らせていた。
そして起きてしまうイザベルの死。ドラッグの過剰摂取による死は、彼女にとどまらず何人もの若者にまで広まってしまった。はたしてイザベルは何から逃れようとしていたのか。真相を探ろうとするウェイツの身に、さまざまな方面から押し寄せてくる圧力。口封じのための暴力。複雑に入り組んだ人間関係を紐解いていった結果、やがて想像だにしなかった真相が明らかにされる。
いやはや、このジョゼフ・ノックスという作家、とにかく達者である。ハードボイルドの矜持、パルプ・ノワールの世界観、潜入捜査官ものとしての警察捜査小説の醍醐味を盛り込み、複雑な構造の事件を取り巻く人間関係をヴィヴィッドに描出して、独自のダークな作品世界をみごとに構築してみせた。そして何よりも主人公の抱える諦念と孤立感。それがいかにもジョイ・ディヴィジョンの音楽が持つ世界観と重なり合って、胸を突いてくる。
悪徳警官ものというと、その嚆矢と言われているのが、ウィリアム・P・マッギヴァーンの『殺人のためのバッジ(Shield for Murder)』(1951年)。はじめてギャングから金を強奪して逃亡する警官を描き、その後も、『悪徳警官(Rouge Cop)』(1954年)をはじめとする悪徳警官ものを次々に発表していった。次いで、もっともミステリー読者に印象深かったであろう悪徳警官というと、ジェイムズ・エルロイが創造したダドリー・スミスが思い浮かぶ。『ブラック・ダリア(Black Dahlia)』(1987年)に始まる“暗黒のLA四部作”、そしてそれに連なる、『背信の都(Perfidia)』(2014年)からの“新・暗黒のLA四部作”で、全編を通して、重要な役割を果たす汚職警官で、みごとなヒール。
もちろん、真犯人は警官だった、なんて作品も数多くあるわけだけど、それを悪徳警官ものだとご紹介するのはネタバレもいいところなので割愛させていただく。
が、つまり、言いたいことはというと、ノックス描くところのこの“堕落刑事”は、それらと比較したならば、さほど腐りきった警官というわけでもない、ということ。スリー・ストライクをくらって堕落刑事が確定したと、ウェイツ自身言っているのだけれど、決定打となったそれも、捏造された証拠品のドラッグを持ち出しただけ。それこそ、ヤク中女性から金を掠め取ろうとした先輩の悪徳刑事を咎めたところ、金を返すふりをしてドラッグを持たせて逮捕した、その行為が許せなかったからこその行動。いいやつじゃん。
実際、堕落刑事ウェイツは驚くほどに人間くさい。一夜限りの関係を持ったキャサリンのことを愛してしまう。逃げようのない任務から見張らなくてはならなくなったイザベルのことを心から心配してしまう。施設に一緒に入れられた妹との間に起きた何らかの悲劇的な関係を拭い去れずにいる。挙句の果てに、本物の汚職警官に陥れられそうになる。
ここでもまた、優しさがゆえに妻と愛人との間で板挟みとなり鬱に苦しむ、イアン・カーティスの自傷的行為を思い起こさせる。BGMとしてだけでなく、ノックスは、イアンというカリスマの人間性もまた、主人公ウェイツの人物造型へのたっぷりのスパイスとして利用したのではないだろうか。
じつは、イアン・カーティスのバンド参加から自殺までを描いた映画が制作されている。彼らの撮影を手掛けたりしていたカメラマン、アントン・コービンの監督デビュー作『コントロール(Control)』(2007年)だ。その年のブリティッシュ・インデペンデント映画賞で最優秀作品賞を含む5部門で受賞。独特なステージ・パフォーマンスも含めて、完璧にイアンを演じてみせたサム・ライリーは、同賞の最優秀新人賞に輝いた。
この映画を観ると、堕落刑事ウェイツが迎えることになるエンディングの寂寥感もまた、拭い去れない孤立感から逃げることだけに囚われたイアンの姿と重なるように思えてくる。孤独を抱え、愛する女性に慈しみを求めるも、それを手離さなければならない宿命。
奈落の底へと沈み込んでいくようなイアンの歌声は、作者にとってこの小説にぴったりのテーマ曲だったのだろう。
ちなみに、そうは言っても「24クラブ」は、イアンひとりというわけではなかった。オールマン・ブラザーズ・バンドのリーダー、デュアン・オールマン、メタリカのベーシスト、クリフ・バートンらもまた、事故が原因となって24歳で夭折している。
作中にはジョイ・ディヴィジョンの楽曲自体は登場せず、ただ「27クラブ」のブライアン・ジョーンズが所属していたローリング・ストーンズのアルバム『メイン・ストリートのならず者(Exile On Main St.)』(1972年)が、バーのジューク・ボックスから流れていた。
◆YouTube音源
■“Heart And Soul” by Joy Division
*この小説の冒頭でエピグラフとして歌詞の一節が取り上げられているジョイ・ディヴィジョンの曲。2枚目のオリジナル・アルバム『クローサー』に収録された。
■“Love Will Tear Us Apart” by Joy Division
*ジョイ・ディヴィジョン最大のヒット曲。1980年4月、シングルとして発表直後にイアン・カーティスが自殺した。2002年、英国の週刊音楽誌『ニュー・ミュージカル・エクスプレス』誌で「ロック史上最高のシングル曲」に選ばれた。
◆関連CD
■『Unknown Pleasures』ジョイ・ディヴィジョン
■『Substance』ジョイ・ディヴィジョン
■『Closer』ジョイ・ディヴィジョン
■『Still』ジョイ・ディヴィジョン
■『Control』ジョイ・ディヴィジョン
■『Permanent』ジョイ・ディヴィジョン
◆関連DVD・Blu-ray
■『Control』
佐竹 裕(さたけ ゆう) |
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