「浣腸は好きかい?」
もとい、「フロスト警部は好きかい?」という呼びかけのもと、『クリスマスのフロスト』を課題書として、2020年1月25日に大阪翻訳ミステリー読書会を開催いたしました。
ゲストに課題書の翻訳者である芹澤恵さん、翻訳者の越前敏弥さん、そしてフロスト警部の大ファンというポルトガル語翻訳者の木下眞穂さんをお迎えし、総勢25名での盛会となりました。
この『クリスマスのフロスト』からはじまるフロスト警部シリーズは、イギリスの架空の田舎町デントンを舞台とし、作者R・D・ウィングフィールドの死去によって最終作となった『フロスト始末』まで、全6作が刊行されています。『フロスト始末』が第9回翻訳ミステリー大賞に輝いたのも記憶に新しいのではないでしょうか。
というわけで、このサイトの読者のみなさまにはフロスト警部の人となりは説明不要かと思いますが、あらためておさらいしますと、おきまりの“浣腸”をはじめとする下ネタを次々にくりだし、上司である“眼鏡猿”ことマレット警視の「経費削減」「残業申請」「効率第一」といった小言も完全にスルー、不眠不休の24時間体制で難事件の捜査にがむしゃらに取り組む男、それがフロスト警部です。ブラック企業さながらのデントン署の万年人手不足ぶりと相まって、いま話題の“働き方改革”からもっともかけ離れた存在と言っても過言ではありません。
今回の読書会でも、陰惨な(関西弁で言うと“えげつない”)事件が描かれているにもかかわらず、フロスト警部のキャラクターのおかげで後味が悪くなく、最後まで楽しく読めたという方が大半でした。
そのほか、出世至上主義のマレット警視やアレン警部と、出世なんて眼中になく、ひたすら事件を追いかけるフロスト警部との対照的な配置がおもしろかったという分析や、電車で読んで夢中になり、降りるのを忘れそうになったという感想も。そう、このフロスト警部には読者をトリコにする中毒性があり、訳書が出るのがとにかく待ち遠しくて仕方がなかった! という熱心なファンの方もいらっしゃいました。ゲストの木下眞穂さんも、新刊が出ると四人姉妹で順番待ちをして読みふけったと語られました。
浣腸や痰つぼ、はてはチン〇〇までしょっちゅう口にするフロスト警部ですが、下品とは感じなかったという声も多数ありました。フロスト警部の人柄か、作者R・D・ウィングフィールドの手腕か、芹澤恵さんの気品ある文体か、そのすべてが理由だと思われますが、品格ある下ネタがこのシリーズの魅力のひとつと言えましょう。ゲストの越前敏弥さんは、ご自身の著書『この英語、訳せない!』で鈴木恵さんの「おったまゲロゲロ」といった名訳を紹介されていますが、このフロストシリーズからも載せたかったと話されていました。
また、『クリスマスのフロスト』は、記念すべき第2回名古屋読書会の課題書だったとのことで、その読書会に参加された方もいらっしゃいました。どんな話題になったのか伺うと、浣腸の指の形について語りあった、と。
なぬ? 神聖なる読書会で、浣腸の指の形について語った?? そんなことってあり得るのか……??? と失礼ながら半信半疑でしたが、あとで当時のレポートを確認したところ、実際に語られていました。世話人を引き継いで1年以上経ちますが、自分はまだまだ甘ちゃんだったと猛省いたしました。
文体のみならず佇まいも気品ある芹澤恵さんに、正直なところ、フロスト警部の翻訳についてどう感じたのかお聞きすると、楽しかったと笑顔で答えてくれました。下ネタについては、誰か止めてくれるだろうと思いながら訳したら、編集の方も校閲の方も誰ひとりとして止めてくれなかった、と。
また、訳していて楽しかった、印象に残ったキャラクターは、検屍官のドライズデールとのことでした。(『クリスマスのフロスト』では、まだ名前がついていませんが)シリーズが進むにつれてグロテスクさが増していく検屍場面、そして謎の美人秘書との関係……たしかに気になります。
そうして大阪読書会の名物(?)、真犯人説の時間へ。物語の裏側にある事の真相を読み取り、作者が提示していない真犯人をあぶり出す、「ミステリアスにミステリーを読む」手法とのことですが、いつも突拍子もないようで、理屈を聞くと思わず納得してしまう真犯人説。興味がある方は、大阪読書会にご参加いただければ生で体験できるかも?(毎回あるとはかぎりませんので、運が良ければですが)
先にも書きましたように、フロスト警部シリーズは作者の死去によって終わってしまいました。じゃあこれからいったい何読んだらええねん!? と悲しみがとまらない方へ朗報。なんと別の作家が(二人一組で)、フロスト警部を書き継いでいるのです。フロスト警部の若かりし頃を描いているらしく、芹澤さん曰く、「真面目なフロスト」を味わえるようです。
また、読書会でも話題にのぼったドラマ版を見てもいいかもしれません。小説とはちょっと雰囲気が異なるようですが、イギリスの刑事ドラマとして楽しめそうです。
最後に、「ワタシのイチ推し名探偵」として名前が挙がったのが、ジェフリー・ディーヴァー『ボーン・コレクター』のリンカーン・ライム、マイケル・ボンド(『くまのパディントン』でおなじみ)による『パンプルムース氏のおすすめ料理』のパンプルムース、C・J・サンソム『チューダー王朝弁護士シャードレイク』のシャードレイク、ミック・ヘロン『窓際のスパイ』のジャクソン・ラム(フロスト警部に一番近いキャラクターではないでしょうか)や、『特捜部Q』シリーズなど。木下さんご推薦の『1793』は怒涛の展開に目が離せない北欧歴史ミステリーのようで、ぜひとも読んでみたくなりました。
さて、次回の大阪読書会は初夏の頃に開催する予定です。
大阪、神戸、京都、大阪ノンジャンル、そして京都ノンジャンルもめでたく発足しました。関西(とくに大阪)の土地柄として、読書が趣味なんて言うと、あいつかしこや、と冷やかされたりするので、本好きの方は肩身の狭い思いをすることもあったかもしれませんが、関西でも読書の楽しさを共有できる場がもっと増えたらいいなと期待しています。