年末ともなると、いくつものミステリー・ベスト10アンケートが行われるが、広義のミステリーとして、スティーヴン・キングのホラー作品が候補として選ばれることが、ままある。エンターテインメント小説として、あまりに優れているからだろう。圧倒的な筆力と縦横無尽な語り口——。そんなキングが、自身もバンドを組んで演奏したりレコーディングしたりするほどの音楽ファンであることは、つとに知られていて、これまでに発表した数々の作品中でも、その作品背景を彩るポップ・チューンなどが散りばめられてきた。

 ベン・E・キングの1962年のヒット曲をふたたびリバイバルヒットさせることとなり、ロブ・ライナー監督の出世作となった映画原作「スタンド・バイ・ミー(The Body)」はとりわけ有名なわけだが、中篇集『恐怖の四季(Different Seasons)』(1982年)の収録作というかたちのこの小説のなかに、「スタンド・バイ・ミー」が実際に出てきたのかどうか、じつは記憶にない。とはいえ、キングの一連のノスタルジー溢れる作品と同様に、その時代背景をつぶさに感じさせる当時のヒット曲の数々が顔をのぞかせていたのは事実だ。ジャック・スコット、エルビス・プレスリー、ロイ・オービソン……。

 キングの邦訳としては最新作となる大作『11/22/63』(2011年)もまた、ドノヴァン、ジョン・デンヴァー、エヴァリー・ブラザーズ、ジェリー・リー・ルイス、ボビー・ダーリン、ディーン・マーティン、ビートルズ……と、そんな音楽たちが溢れる作品である。

 主人公は高校教師ジェイク。ある日、友人のダイナー経営者アルから夜中に呼び出されて、奇妙な頼みごとをされる。いつの間にかガンに蝕まれ痩せ細っていたアルは、ある使命を彼に引き継いでもらいたいというのだ。言われるがまま店の奥にある倉庫に足を踏み入れたところ、ジェイクは過去へと通じる「穴」を潜り抜けることになる。アルが望んでいたのは、ジョン・F・ケネディ暗殺を阻止し、歴史を変えることだった——。

 ケネディ暗殺をテーマとする歴史改変ものはこれまでにもあって、とりわけスタンリー・シャピロ『J・F・ケネディを救え(A Time To Remember)』(1986年)などは、ヴェトナム戦争で命を落とした兄を救いたいがために暗殺を阻止しようとする青年の物語ということで、『11/22/63』との類似点も多い。つまりはキングのこの新作、けっして目新しい発想の小説でもないということなのだが、ファンタジー、SF,サスペンス、ラヴストーリーと、エンターテインメント小説としてのあらゆる要素が詰め込まれていて、巻措くあたわずの傑作に仕上がっているのである。

 主人公ジェイクが過去への旅によって出会うことになる運命の女性が、ジョーディの町で彼が勤めることになるハイスクールの新任司書セイディーなのだが、彼女とのダンスシーンは、作品中の白眉。何度か繰り返されるそのシーンには、グレン・ミラー楽団の十八番「イン・ザ・ムード(In The Mood)」が使われている。軽快かつ軽妙で、それでいて郷愁を誘うこの唯一無二の名曲は、作品のテーマ曲といってもいいほど、重要なシーンを効果的に彩っているのだ。

 これまで、山ほどたくさんのオーケストラやアーティストが演奏してきた有名曲なのだが、最近の演奏でぜひとも聴いていただきたいのが、ブラス・ロックの雄シカゴがスタンダード・ナンバーばかりを取り上げた通算22枚目のアルバム『ナイト&デイ〜ビッグ・バンド(Night & Day Big Band)』(1995年)に収録されたヴァージョン。「素直になれなくて(Hard To Say I’m Sorry)」(1982年)のヒット以降、すっかりAORのバンドという印象になってしまっていたシカゴが、ひさびさにホーン・セクション大活躍の、ファンキーかつノスタルジックな、まさにゴキゲンのサウンドを創り上げているところがいい。ヴォーカル・パートを入れ込んだ大胆なアレンジも素晴らしいかと。

 余談ながら、キング自身がファンだと言ってはばからないバンドに、ザ・トラクターズがいる。セッションマンが集まったオクラホマ州のバンドで、ギタリストのスティーヴ・リプリーをリード・ヴォーカルに据え、リズミカルなシャッフルのカントリー・ロック・ナンバーやロックンロールを披露する、骨太のバンドである。『デスペレーション(Desperation)』(1996年)には、彼らの「Baby Likes to Rock It」の歌詞が登場するシーンが描かれていた。

■”In The Mood” by Chicago

*アルバム発売当時の1995年日本でのライヴより

■“Stand By Me” by Ben E. King

■”Baby Likes to Rock It” by The Tractors

【CDアルバム】

佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

 直近の文庫解説は『リミックス』藤田宜永(徳間文庫)。

 昨年末、千代田区生涯学習教養講座にて小説創作講座の講師を務めました。

 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

【連載エッセイ】ミステリー好きは夜明けに鍵盤を叩く バックナンバー