ピーター・ストラウブ。凄い作家だ。
ダーク・ファンタジー大作『タリスマン(The Talisman)』(1984年)とその続篇『ブラック・ハウス(Black House)』(2001年)でのスティーヴン・キングとの共作で知られる英国作家だ。この共作以前に、キングとの出会いから大きな影響を受けて書いた『ゴースト・ストーリー(Ghost Story)』(1979年)が、古今東西のホラー小説の持つあらゆる要素の集大成となるメタ・ホラー作品として高く評価され、人気作家の仲間入りを果たした。
その後、数冊のホラー作品を経て発表され、彼の代表作となった〈ブルー・ローズ3部作〉と呼ばれる3長篇がある。再読の機会があってこの大部な3作に挑んだところ、いやあ、凄い。ふたたびストラウブの作品世界の濃厚な魅力にすっかりとり憑かれてしまった。
全篇を通してヴェトナム戦争の傷跡が暗い翳を投げかけ、多分に主流文学とジャンルミックスされた印象の強い、この3部作。なかでも、完結篇にあたる『スロート(The Throat)』(1993年)は、ヴェトナムでの狂気が生む連続無差別殺人を描いた3部作の第1作『ココ(Koko)』(1988年)の主人公である作家ティム・アンダーヒルと、第2作『ミステリー(Mystery)』(1990年)で父親の仕事を継いで私立探偵となって活躍するトマス・パスモアが登場し、殺害現場にマーカーで「Blue Rose」と書き残していく連続猟奇殺人犯の事件に挑む、という内容。ミステリー作品として、けだし傑作といえるだろう。
発端は一本の電話。ある日ティムのもとに、ヴェトナム戦争での戦友ジョン・ランサムから、彼の妻エイプリルが襲われて瀕死の重傷を負ったという電話がかかってくる。その手口が、40年前にティムの姉を殺害した連続殺人犯ブルー・ローズのものと瓜二つだったのだ。事件は真犯人だったとされる刑事ダムロッシュの自殺によっていったんは解決したと思われていた。ティムもまたこの事件を題材にした自身の作品の結末にそう記していた。だが、事件はまだ終わっていなかったのだ。故郷のミルヘヴンに戻ったティムはトマスに協力を仰ぎ、過去の事件の洗い直しから手をつけるが、どうやら、ヴェトナム時代に伝説の存在とされていた少佐がブルー・ローズで、いまはミルヘヴンの警官になっているらしいことが判明する。数日後、快復の兆しが見えていたエイプリルが何者かに病院で殺害され、ティム自身も誰かに追われていることを知るのだった。そして明かされる、ヴェトナムでの不可解な出来事、封印された過去の事件——。時を越えて複雑に交錯しながら迷走していく調査の果てに、驚くべき真相が明かされる。多少強引な力技による場面もないではないが、連続殺人犯の正体をめぐって二転三転していく後半のスリリングな展開はおみごとだ。
たとえばヘンリー・ジェイムズの描く心理小説の緊張感、スティーヴ・エリクスン作品を想起させる「幻視」の多用など、ダーク・ファンタジー的要素の強い作風自体がストラウブ作品ならではの空気感であり、いちばんの個性である。それに加えてストラウブ作品の大きな特長となっているのが、音楽の上手な使い方だろう。とりわけ、彼の嗜好であるジャズのナンバー。
〈ブルー・ローズ3部作〉自体が、そもそもそこから取られているのだから。
『スロート』の作中では、登場人物の一人であるグレンロイ・ブレイクストーンというテナー・サックス奏者のアルバムが『ブルー・ローズ(Blue Rose)』というタイトルで、彼のリーダー・バンドのピアノ弾きだったジェームズ・トレッドウェルを追悼して作られたとされている。トレッドウェルもまた、連続殺人鬼ブルー・ローズの犠牲者だ。設定自体がそんなふうだから作中には出てこないのだけれど、おそらく、女性ジャズ歌手ローズマリー・クルーニーがデューク・エリントン楽団のバックアップのもとに発表した、デビュー作『ブルー・ローズ(Blue Rose)』(1956年)のタイトル曲を想定していたのだろう。楽団のみのイントロが長めに演奏され、ローズマリーの歌声がようやく入ってくる美しい曲なのだが、歌詞はなくスキャット。そういえば3部作第1作の『ココ』のタイトル(および殺人犯の通称)もまた、デューク・エリントンがディジー・ガレスピーと共演した有名な同名ナンバー(1941年)からとられていた。
このサックス奏者グレンロイのキャラクターが、じつに魅力的だ。事件の舞台のひとつであるセント・アルウィン・ホテルにずっと住み込んでいて、ミルヘヴンの町で起きた数多くの出来事を見てきた歴史の証人でもあるのだが、調査のために彼を訪ねるたびにティムは、部屋に通してもらうため、ジャズに関する問題を出題されるのだ。ライオネル・ハンプトンの「フライング・ホーム」のテナー・ソロは誰か? 「ラッシュ・ライフ」は誰の作品か? ベン・ウェブスターの誕生日は? キャブ・キャロウェーのバンドのテナー奏者は? 云々。
件の架空アルバム『ブルー・ローズ』の収録曲は、A面「These Foolish Things」「But Not For Me」「Someone To Watch Over Me」「Stardust」、B面「It’s You Or No One」「Skylark」「My Ideal」It’s Autumn」「My Romance」「Blues For James」と、死んだピアニストに捧げた(設定)と思われるラストの曲以外は実際にあるスタンダード名曲ばかり。『ココ』と『スロート』にはどちらにも、戦場でオープンリール式のテープ・デッキでジャズをかける戦友スパンキーが登場。早送りでみごとに曲の頭出しをして、「チェロキー(Cherokee)」と「ココ」、「インディアナ(Indiana)」と「ドナ・リー(Donna Lee)」といった同曲違題の曲をセレクトしたり、次から次へと至福の音楽をかけるシーンがある。こんなところにも、ジャズ好きであるストラウブの遊び心が見られて、思わずにやりとさせられてしまう。解説でも触れられているが、「危険の縁から」という映画が重要な道具として繰り返し登場するが、実在の俳優をキャスティングしたりしながらも、やはり架空の作品なのである。
〈ブルー・ローズ3部作〉には、べつに関連する短篇がある。『ココ』に登場するハリー・ビーヴァー少尉の少年時代の狂気を描いた「ブルー・ローズ(Blue Rose)」と、作家が性的虐待を受けた少年時代を回想する「レダマの木(The Juniper Tree)」で、短篇集『扉のない家』(1990年)に収録された。とくに後者は、『スロート』を読み解くうえで重要と思われるので、ぜひとも読んでいただきたい作品でもある。
ついでながら映像化作品の情報をば。じつは、1981年に、ジョン・アーヴィン監督、フレッド・アステア主演で『ゴースト・ストーリー』がひっそりと映画化(同タイトル)されている。他には、キングとの共作『タリスマン』が、スピルバーグ監督のドリームワークスのスタッフによって映像化が進行中との噂だったが、なかなか実現しない様子だ。
【youTube音源】
“Blue Rose” by Rosemary Clooney, Duke Ellington and His Orchestra
“Ko-Ko” by Duke Ellington
“KoKo” by Charlie Parker & Dizzy Gillespie
*レイ・ノーブル作曲による「チェロキー」のコード進行で演奏したセッションから
生まれたチャーリー・パーカー版の「ココ」。
【CDアルバム】
『Blue Rose』Rosemary Clooney & Duke Ellington
『Duke Ellington at Fargo, 1940』Duke Ellington
『Charlie Parker: Savoy Master Takes』Charlie Parker
佐竹 裕(さたけ ゆう) |
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1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。 直近の文庫解説は『リミックス』藤田宜永(徳間文庫)。 昨年末、千代田区生涯学習教養講座にて小説創作講座の講師を務めました。 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。 |