第5回翻訳ミステリー大賞授賞式とコンベンションの翌日、2014年4月20日(日)が第2回神戸読書会の開催日。読書会資料の準備に加え、コンベンションの進行と結果をtwitterでの実況ツイートからチェックし、紹介材料を追加して、当日会場に向かいました。

今回の課題書は『高慢と偏見、そして殺人』(P・D・ジェイムズ/羽田詩津子 訳 ハヤカワポケットミステリ1865、2012)。サマセット・モームが世界の十大小説にも選んだ、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』をベースにした作品です。原題“Death Comes to Pemberley(死がペンバリー館にやってくる)”に漂うミステリアスな語感を、さらに強めた邦題も素敵。

まず参加者19名全員が揃ったところで、世話人・眞鍋さん作成の詳細な『高慢と偏見』(以下、『高慢』)人物相関図を背景理解のために配布。次に『高慢』を読んだ経験を参加者のみなさんにお尋ねしたところ、「読んだ」「読んだことがない」はだいたい半々くらい。うんうん、進行上このあたりは想定内。でも下敷きがある作品だからといって、本作品で初めてオースティンワールドに触れるかたにアウェイ感が漂ってはまずすぎる。せっかくピンクの地色にモノクロの馬車という、女子力満点な表紙のポケミスを男性も持ってきてくださったんだ、その勇気に報いなければ…と心の葛藤をしながら、みなさんの自己紹介に進むと、「学生時代にオースティンやりました」の声があちこちから。おお、何て素晴らしいアシスト。読書会の神様、ありがとうございます。これでこの2時間は無事に生きていけます。

課題書の感想をみなさんにうかがうと、

「クリスティの『おしどり探偵』、トミーとタペンスのような主人公夫妻の活躍を期待するとちょっと裏切られるけど、原作の雰囲気をちゃんと継承している」

「『高慢』でわかりにくい部分の補足や容疑者夫婦の扱いに、作者の温かさを感じる」

「治安判事、検死審問といった職務の内容に触れられて面白い」

と、好意的な意見のいっぽうで、

「殺されたデニー大尉はいい人なのに、どうして殺される役に選ばれたのかわからない」

「いわくつきのウィッカムを犯人にしてしまうのは、当たり前すぎてドキドキしない」

「エリザベスの母やレディ・キャサリンを投入したほうが、トラブルが大きくなって盛り上がったかも」

「ミステリー作品としては、やはり原作を持つと犯人設定が難しくなる」

「ロンドンの下宿屋の女将・ヤング夫人の立ち位置がよくわからなかった」

という、ミステリーとしてのもの足りなさを指摘する声(ツッコミともいう)も。感想が飛びかうなか、作品の時代背景などわかりにくい点は、オースティン経験のあるチーム(+この日のためにあれこれ仕込んだ世話人2名)がそのつど説明してフォローするという、期せずして「正しい読書会」の形が出現。原作と課題書のあいだを行きつ戻りつする途中で、「『高慢』自体がミステリー要素に富んでいるのでは」という、エレガントな感想がこぼれる瞬間もありました。念のため言っておきますが、今日の看板は「英文学研究会」じゃありませんよ!

また、『高慢』の構成に深く関わりのある「限嗣相続制」も話題に。男性にのみ財産相続権が与えられ、女性には与えられなかった時代のこの制度は、英国ドラマ『ダウントン・アビー』でもキーになる制度。娘の幸せを願った当時の英国の中産階級以上の父親は、何が何でも娘に富裕な伴侶(ただし、ここでは商人や資格を持った職業人は圏外)を見つけ、生活の糧を確保しなければならない。なぜならそれが直視すべき現実だから。戦国時代的にいえば「是非に及ばず」なのです。ベネット家の5人姉妹とまではいかなくても、姉妹で育った参加者のかたから、実感をまじえてのコメントもいただくことができたので、今回の読書会に参加されたかたは、間違いなく『ダウントン・アビー』の背景が理解できているはずです(たぶん)。

さらに、P・D・ジェイムズの作品としてはどう思うかについて尋ねてみたところ、

「P・D・ジェイムズらしくなく簡明に書かれている」

『女には向かない職業』のコーデリアシリーズを続けてほしい」

「ダルグリッシュとコーデリアの対決が見たい」

との感想や要望の最後に、「結局、P・D・ジェイムズは熱烈なダーシーファンで、この作品はファンブックじゃないんだろうか」という意見が。

ここで、「ダーシー」とはいかなる人物か、ちょっと解説しておきましょう。『高慢』ではヒロイン・エリザベスと恋に落ち、課題書では夫となっている男性で、英文学界では「ツンデレお金持ちイケメン」の代名詞。『高慢』の映像化は過去に何度も行われており、ダーシー役は花形でもあるのですが、今やフットボールジャンキーからMI6のスパイ、はては英国王までこなす、オスカー俳優のコリン・ファースがダーシーを演じた、BBC版『高慢と偏見』が英国ドラマファンの間では鉄板の評価を得ています。「例外は認めません!」の空気が静かに会場に漂い、彼のダーシーの素晴らしさを嬉しそうに話される、コリン・ファースファンがまぶしすぎる。BBC版じゃない映像で復習してきた司会としては、アウェイ感でじりじりと追いつめられるのを感じます。そこで、小ネタとして持ってきた、『天使だけが聞いている12の物語』(ニック・ホーンビィ編/亀井よし子 他 訳 ソニーマガジンズ、2001)所収の、コリン・ファースの初小説『なんでもあるけどなんにもない世界』をご紹介。これが意外にコリン・ファースファンにヒットして盛り上がる。よく考えれば、ここまで、登場人物よりコリン・ファース関連の話題に割かれている時間が長くないか。結局、今回はコリン・ファースファンの集いだったのか。趣旨が変わっているかもしれないけれど、それはそれでいいのだ。

 そしてコリン・ファース談議、もとい課題書の感想がひと区切りついたところで、もう一つの本歌取り作品、『高慢と偏見とゾンビ』(ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス/安原和見 訳 二見文庫、2010)もご紹介。ダーシーとエリザベスは歴戦の戦士であり、誇り高きレディ・キャサリンは常にニンジャを従え、メイドはキモノを着ているという、壮絶に滑稽な設定ながら、『高慢』のなぞりかたの緩急が絶妙な作品です。ネタバレトークは慎もうと思いつつも、この素晴らしいイタさの炸裂ぶりはついつい披露せずにはいられない。さすが他地区の読書会世話人のかた数名におすすめいただいただけある面白本。ナタリー・ポートマンが当初映像化権を取得したのですが、このレポート作成時点では足踏み中のもようです。壮絶な殺陣シーンは、サモ・ハン・キンポー全盛期の香港映画か、莫大な資金をかけて惨敗した『47RONIN』の世界観でぜひ映像化してほしいものですが。

書名の刻印されたクッキーとオースティンゆかりの地にちなんだお菓子、ベイクウェル・タルト(どちらも参加のかたのお手製)、その他の素敵な差し入れとともに、1冊のミステリー本から純文学、映画やドラマ、そして関連本への言及があちらこちらへ広がっていきました。前日の翻訳ミステリー大賞授賞式とコンベンションの報告も詰め込んで終えた2時間でしたが、せっかくのお菓子の写真を撮り忘れたのが、当日唯一の心残りです。

神戸読書会世話人 末原睦美

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