昨年夏、音楽評論家の友人に誘われて、南青山にあるライヴ・レストランへ年若い女性ヴァイオリニストの演奏を観に行った。

 リンジー・スターリング。アメリカのオーディション番組「America’s Got Talent」で注目され、激しいダンスとともにヴァイオリンを弾きまくるアクロバティカルなパフォーマンスで人気を博してデビューした美少女だ。その時点ではまだアルバム『リンジー・スターリング(Lindsey Stirling)』(2012年)を発表して間もない新人アーティストだったにもかかわらず(2014年にはセカンド・アルバム『Shatter Me』を発表)、会場はほぼ満員だったと記憶している。

 どれも似た印象の楽曲が多かったけれど、後半にはマイケル・ジャクソンの楽曲メドレーなんかも演奏したりしてヴァリエーションを加え、聴衆を沸かせていた。ヴァイオリンという楽器も幅広いジャンルに広がっていっているのだな、と感心してしまった次第です。

 その後、サザンオールスターズのレコーディング等で活躍した金原千恵子さんのヴァイオリン・フュージョン・ライヴなども観たせいか、自分の中のヴァイオリンに対する意識は、だいぶ変わってきた気がする。というのも、ヴァイオリンというとどうしてもクラシックの楽器という印象が強いからで。じつは音楽オタクを自認するぼくも、クラシックというジャンルだけはハマったら底なしという気がして意識的に敬遠してきた。イコール、ヴァイオリンもまた苦手という図式ができあがっていたのであった。もちろんブルーグラスだとかカントリー音楽ではフィドルが大活躍するわけだけど、それはそれでまったく異なるものと考えてきたのである。

 ところで、話を戻すとリンジー・スターリングだ。

 たまたま読んだ英国人作家ポール・アダムのデビュー作『ヴァイオリン職人の探求と推理The Rainaldi Qurtet)』(2004年)に、このリンジーを想起させる天才女性奏者が登場するのだ。

 ソフィアというヴァイオリン弾きの音楽院学生で、この娘の演奏が軽快にして華麗・奔放。才能あふれる若手天才音楽家として描かれ、踊り弾きまくるリンジーとやけに重なる印象を受けたということなのである。

 イタリアのクレモナという町を舞台としたこの小説は、ヴァイオリン職人である主人公ジャンニの職人仲間トマソが何者かに殺害されることから幕をあける。生前のトマソは、どうやら幻の名器の行方を追ってイギリスにまで渡っていたようなのだ。そのヴァイオリンというのが「メシアの姉妹」。1700年代の名匠ストラディヴァリが作った名器「メシア」はもう1つ存在したというのだ。トマソの死は当然ながら1,000万ドル以上もの価値があると言われるこの名器の行方と関わりがあるにちがいなかった。刑事アントニオに協力を求められ、メシアの姉妹の行方を追うことになったジャンニは、トマソにヴァイオリン探しを依頼したコレクター、エンリーコにたどり着くが、まもなく彼も殺されてしまう。

 じつは殺人犯にもさほど意外性はないし物語の筋自体複雑でもなんでもないのだけれど、ヴァイオリン業界の内幕をリアリティある描写で暴露しまくる読物として、なかなかに楽しめる内容になっている。探偵役となる主人公自身、かつては贋作に手を染めていたこともありそれが職人としてのトラウマとなっているとか、楽器オークションの現場の生々しい実態とか、歴史に残る名匠たちの横顔とか、業界ミステリーとしてはかなり描きこんだ仕上がりになっているように思う。肝心のミステリー部分ということでは、前述のように少々弱くはあるけれど、職人殺しの謎とは別に意外なおまけもついていることだし。

 件の天才奏者ソフィアは殺された職人仲間トマソの実娘でもあり、過去の栄光に縛られたまま才能をくすぶらせてしまった指導教授に抑えつけられ、その天賦の才能を開花させられずにいる。

 主人公は彼女にありのままの自分を演奏で表現すれば全聴衆の喝采を浴びることは必至だと説得し、発表会に臨ませる。それに応えたソフィアは、旧弊なクラシック演奏会の概念にとらわれず、サン=サーンスやサラサーテの華麗で軽快な曲を次々と演奏してみせるのだ。その場面は感動的ですらあるのだが、演奏後半のクライマックスでは、19世紀はじめのヴァイオリン奏者で作曲家でもあったニコロ・パガニーニの「モーゼ幻想曲(Introduzione, Tema con Variazioni sulla preghiera ”Dal tuo stellato soglo” dal ”Mose in Egitto”)」と「魔女たちの踊り(Le streghe)」を選曲する。前者はヴァイオリンと管弦楽のためにつくられた難曲で、ヴァイオリンはG線のみで弾かれるのだという。後者はヴァイオリン協奏曲。超絶技巧で知られたパガニーニの隠れた代表曲とも言われるこれらを、ソフィアはピアノをバックに軽々とエモーショナルに演奏して喝采を浴びるのである。

 じつはサブのエピソードであるソフィアの存在は、物語の後半にうまく活かされているので、ポール・アダムは、なかなかしたたかな作家でもあるようだ。クラシック音楽に疎い小生でさえ楽しめるのだから、マニアだったらなおさらだろう。

 ちなみに、クラシック以外を追求してきた自分としては、ヴァイオリンといったらカンサスが真っ先に思い浮かびます。ひさびさにジャン・リュック・ポンティなんかも聴き直してみようかな。あらら、よく考えたらカンサスはロックだし、ポンティはフュージョン……ちっともヴァイオリンをクラシック専門楽器だなんて思っていなかったんじゃん、自分でも。

◆youTube音源

“Crystallize” by Lindsey Stirling

*リンジー・スターリング、youTubeミュージック・アワードでのライヴ演奏。

“Beautiful Times” by Owl City featuring Lindsey Stirling

*アウル・シティのEPにリンジー・スターリングが参加。

“Mose – Fantasie” by Yehudi Menuhin

*1938年録音のユーディ・メニューインによる、ピアノをバックにした演奏。

“Le streghe” by Wolfgang Marschner

*ドイツのヴァイオリン奏者ヴォルフガング・マルシュナーによる演奏。

◆CDアルバム

『Lindsey Stirling』Lindsey Stirling

『Shatter Me』Lindsey Stirling

『Paganini Recital』Ruggiero Ricci

*パガニーニ弾きとして有名だというルッジェーロ・リッチによるパガニーニ作品集。「モーゼ幻想曲」と「魔女たちの踊り」を収録。

佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

 直近の文庫解説は『リミックス』藤田宜永(徳間文庫)。

 昨年末、千代田区生涯学習教養講座にて小説創作講座の講師を務めました。

 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

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