今回の課題書はジョン・ル・カレ『誰よりも狙われた男』(早川書房)。当日がル・カレの最新邦訳『繊細な真実』の発売日、翌日は神戸マラソン2014の開催日という、文化系・体育会系イベント満載の三連休初日だった昨年の11月22日(土)に、第4回神戸読書会を開催いたしました。
課題書がル・カレという人気作家のこともあってか、いつもはゆるやかに席の埋まる神戸読書会にしては初動が早く、募集開始からそれほど日をおかずに満席となりました(最終的にはおひとりが、出張から帰ってこられずに欠席)。しかも、神戸マラソン参加者兼名古屋読書会幹事・Kさん、海外文学ブログ管理人・ホンヤクモンスキーさんという、全国翻ミス読書会の中では比較的ひっそりと活動している当会にとっては超VIPな参加者に加え、今回は参加者最年少・中学3年生のご参加をいただきました。しかも、
「『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は菊池さんの訳で読みました。スマイリーシリーズも読みました」
という頼もしさ。海外文学の苦戦が伝えられる昨今、砂漠の中に突然のオアシス出現を見た思いです。そこで、本日参加の大人たちにもおそるおそる「今回、ル・カレ作品が初めてのかたはどのくらいいらっしゃいますか?」と尋ねたところ、約3分の2が「はーい」と元気よく手を挙げる。いや、別に読書に年齢も対決モードもないし、むしろそのチャレンジ精神はウェルカムだと思いはするものの、大丈夫なのか、今日? いや大丈夫だ、「元気があれば何でもできる」とアントニオ猪木も言っておる! と、葛藤する心に気合いの張り手を入れ、執筆者が無駄に気張って作ってしまった資料を配布し、自己紹介とひとこと感想をお話しいただいて読書会を始めました。
当然といえば当然ですが、ル・カレを初めて読むかたと、何作か読んだことのあるかたでは、本作への印象の持ちかたの違いがはっきりします。初めてチームの「導入のまわりくどさはちょっと抵抗がある」という感想に対し、経験者チームは「ル・カレの初期作品からすると、導入部からの展開はかなりシンプルになっている」と他の作品を挙げて説明。また、「各分野のスキルに秀でた登場人物たちで構成された〈スーパーチーム〉が標的を追うという展開は、ロバート・ラドラムの〈ボーン〉シリーズの影響を受けている、あるいは意識している」と、ル・カレの作品世界の変化の解説も聞くことができました。こういう指摘を間近で聞けるのは、読書会ならではの楽しさです。
そして、ル・カレ作品の優れた部分でもある、ノンフィクション的な細部設定に対して、
「憲法擁護庁が実在するとは知らなかった」
「ブルーの経営する〈プライベートバンク〉の仕組みが、なじみがなさすぎてちょっとわからない」
「例の口座の預金額が意外と少なく感じた。あれで足りるんだろうか」
「いや、ソマリアの海賊船チャーター料金が装備・人員こみで1隻約500万円と、高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』で読んだ」
「コーランのハンディ版を持ってきたので、今から回しまーす。あ、片手で持っちゃってますね、ごめんなさい(執筆者注:課題書の中盤をご参照ください)」
と、それぞれが興味を持った点、疑問に思った点もあけすけにやりとりしつつ、登場人物や設定、ストーリー展開に感想が及びました。
「ル・カレ作品だからとわかっていながらも結末がやるせない。アメリカ的正義への皮肉とか」
「イッサくんの行く末を考えると、もうただただ気の毒としかいえない」
「本当はそこからが、ノース・サンクチュアリが活躍しなければならない局面なんだけど」
「イッサは名前が示す通り、イエス・キリストの役を担っている。そして、ああいう道を歩む。それはキリストの歩んだ道を暗示している、と読めるかな」
「冷戦以降のエスピオナージュものとしての対イスラム小説」として書かれたこの作品は、事件の解決に突き進む爽快な面白さを感じつつ読むというよりも、登場人物のそれぞれが置かれた立場と力関係を理解し、ときには希望を持ち、あるいは失望しながら現実と重ね合わせる面では、読む面白さよりも苦さが勝ってしまう面が多いかもしれません。ですが、完全なフィクションであるのにノンフィクションのように息もつかせず読ませ、考え込ませてしまうという点は、事実が小説を超えてしまうことがたびたびある昨今ではあるものの、やはり優れた小説のはたらきなのでしょう。
なお、関西圏では読書会の2週間ほど前まで映画版『誰よりも狙われた男』が上映されていたため、ネタバレがない程度に映画版の感想も聞かれました。おおむね好評ながら、
「もうちょっとブルーの視点が強調されてもよかった気がする」
「ウィレム・デフォーが出演と聞いた時点で、もう彼が何かやらかすとしか思えなかった」
との、ブルーの扱いに対する感想も聞かれました。
読書会後は、場所を移して恒例の懇親会です。前回2階に上がる中華料理店でしたが、今回は地下に降りていく中華料理店。5時に開始し、2時間程度の会を予定していたのですが、直前にお店から「7時から貸切の宴会が入りました。ゆっくりしていただくことができないので、早くお店を開けます。よければ4時半にお越しください」というご配慮に満ちた連絡をいただき、会場の後片付けを終えて猛スピードで移動。これでもかと出てくるお料理(しかも大人数で行くと1品増える)に圧倒されながら、箸と読書談議の進むこと。なお、執筆者のテーブルでは名古屋といえば必ず名前の挙がる超有名喫茶店「マウンテン」に対する質問が相次いでおりました。名古屋読書会幹事団様、当会関係者がそちらに参りましたらアテンドをよろしくお願いいたします。
今年は冬眠期間を少々いただいたのち、春先から活動を始めます。今年もみなさまのお越しをお待ちしております。
神戸読書会世話人・末原睦美