そもそも、どんなきっかけで自分がミステリー好きになったのか、どうも思い出せずにいる。とにもかくにも事実なのは、まだ小学生だった頃のことだ。探偵小説という恐るべき娯楽と出会ってしまった。それから舐めるように“読みまわした”本というのが、創元推理文庫の『アイリッシュ短編集』、そして、『ポオ小説全集』だった。

 もちろん、“世界で初めて書かれたミステリー”でしかも“天才的探偵が登場する密室殺人物”とのふれこみ。そんな「モルグ街の殺人(The Murder in the Rue Morgue)」(1841年)を読まないわけにはいかない状況だったことは確か。

 そして、その陰鬱で暗喩的で幻想的で詩的な世界に、とにかく衝撃を受けた。

 このところ、古典新訳などの刊行に各社が力を入れてくれているおかげで、こうした自分史的には歴史的作品を再読する機会が増えて、嬉しくもありこっ恥ずかしくもある。かくして、ポーについて久方ぶりに語ることになったのもまた、そんなわけであらためて名前をよく目にするようになったからでもある。

 さて、詩人として小説家として評論家として、さらには編集者として、文学史上に多大な足跡を残した偉人だけに、数々のポー作品は、音楽の世界にも大きな影響を与えたようだ。その幻想性・神秘性・悲劇性、そして何よりも“美”に拘泥した意識は、アーティストたちのイマジネーションにとりわけ火をつけたのだろう。

 実際、20世紀以降になるとクラシックやオペラの世界でポー作品を題材とした楽曲が次々と作られるようになった。ドビュッシーは、未完となってしまったが、「アッシャー家の崩壊(The Fall of the House of Usher)」(1839年)などのオペラ化を構想していたというし、ホルブルックなどは数十もの楽曲をポー作品を題材にして作曲しているし、ラフマニノフも「鐘楼の悪魔(The Devil in the Belfry)」(1839年)を楽曲化しているようだ。

 とはいえクラシック系については門外漢なのであまり触れないことにして、というか触れられないので、ポピュラー音楽にいきたい。となると、これまた多くの崇拝者がいる。ビートルズ、ジョーン・バエズ、アイアン・メイデン、パブリック・エネミーらが、ポー作品に言及した詞を書いているし、マリリン・マンソンの傾倒ぶりもつとに有名。1995年にアルバム『Hello』でデビューした米国の女性シンガー・ソングライター、ポー(Poe)は、もちろんポー好きが高じてのネーミング(本名はアン・デカトゥール・ダニエルブスキーですから!)。

 そんなポー信者のアーティストたちの作品の中に、アルバム・トータルでポー作品の世界を奏でようとした名盤が3枚あるので、今回はそれらをご紹介しようと思う。

ナイト・トレイン(Night Train)」(1953年)で知られるトロンボーン奏者バディー・モロウが自身の楽団でレコーディングしたのが、『甦るポーの世界(Poe for Moderns)』(1960年)。口笛をフューチャーした「モルグ街の殺人」を幕開けに、全体的にブルースを基調にした仕上がりで、オリジナル・サウンドトラックといったイメージが強いアルバムだ。

 キース・マッケンナの朗読による2篇の詩と、スキップ=ジャックスなるコーラス・グループによる2つの歌曲を含む全12曲。

 前者は、ポー最後の詩篇「アナベル・リー(Annabel Lee)」(1849年)と「ウラルーム——譚詩」(1847年)で、どちらも愛する女性の死をうたった内容。って、そもそもポーの詩作には多い題材なんだけど。

 後者で取り上げられたのは、「鐘のうた(The Bells)」(1849年)と「大鴉(The Raven)」(1845年)。人生の区切りを鐘の音に象徴させた詩と、恋人を失った主人公の前に鴉が現れて語り出すという暗鬱なあまりにも有名な詩を基にしているというのに、どちらも軽快な楽曲なのが意外だ。「大鴉」の有名なリフレイン「二度とないだろう(Nevermore)」が、テンション・コードのコーラスで繰り返し挿入されるあたりが、おそらく肝なのだろうけど。

 インストゥルメンタル曲として、「黄金虫(The Gold Bug)」(1843年)や「アッシャー家の崩壊」、「落とし穴と振り子(The Pit and the Pendulum)」(1843年)が、ノーマン・リーデン、ラルフ・ケスラー、バーニー・グリーンらによって楽曲化されている。

 そして、アラン・パーソンズ・プロジェクトのデビュー作となった、『怪奇と幻想の物語——エドガー・アラン・ポーの世界(Tales of Mystery and Imagination Edgar Allan Poe)』(1976年)。こいつは極めつけの名盤であります。決定盤と言っていいかも。

 アラン・パーソンズは、御存じのようにビートルズやピンク・フロイドのレコーディングでのエンジニアであり、キーボード奏者、プロデューサーとして知られる逸材。ヴォーカルのエリック・ウールフスンとのコンビをコアとしたアラン・パーソンズ・プロジェクトは、そもそもこのデビュー盤の企画を持ち込まれて結成されたユニットなのである。

 オープニング、オーソン・ウェルズの朗読による「夢の夢(A Dream within a Dream)」(1849年)は、後半ドラマティックな演奏へとなだれ込むのだが、のちのアルバム『ピラミッド(Pyramid)』(1978年)や『アイ・イン・ザ・スカイ(Eye in the Sky)』(1982年)でのサウンド作りは、すでにこの時点で完成されていると言っていい。途切れずに展開する「大鴉」、「告げ口心臓(The Tell-Tale Heart)」と、ドラマティックな音の連打。「アモンティリャアドの酒樽(The Cask of Amontillado)」(1846年)と「タール博士とフェザー教授の療法(The System of Doctor Tarr and Professor Feather)」(1845年)の作品世界では、英国のシンガー、ジョン・マイルズの大人の歌声が聴ける。

 バックを固めているのも、「ビゲスト・パート・オブ・ミー(Biggest Part ofMe)」(1980年)で知られるポップ・プログレのトリオ・バンド、アンブロージアの面々や「マジック(Magic)」(1974年)のヒットを持つパイロットのデイヴィッド・ペイトン、スチュアート・トッシュだったりと、さりげなく贅沢な起用をしていて、あんぐり。

 壮大な組曲「アッシャー家の崩壊」の余韻に浸ったまま、詩篇「天国の ある人に(To One in Paradise)」(1833年)の楽曲化を、元エスコーツ、ホリーズのテリー・シルヴェスターがかぎりなく優しく歌いあげて、アルバムは幕を閉じる。ポーの作品世界を再現したトータル・アルバムとしては素晴らしい仕上がりだと思う。

 ちなみに、プロジェクトの片割れであったエリック・ウールフスン(2009年没)は、その後、本作の続篇となる『Poe: More Tales of Mystery and Imagination』(2003年)をソロ作として発表している。

 そしてそして! 2013年に惜しまれつつ逝去した、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのルー・リードもまた、ポーを題材にしたアルバム『ザ・レイヴン(The Raven)』(2003年)を発表している。

「勝ち誇る蛆(The Conqueror Worm)」(1843年)のナレーションから始まるこのアルバム、じつはポー作品ばかりで構成されているわけではない。ルーによる「エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)」というトリビュート曲や、「ベッド(The Bed)」(1973年)や「パーフェクト・デイ(Perfect Day)」(1972年)といった自身の初期作品セルフ・カヴァーがあったり、ということで、いわばポーにまつわる自身の想いをトータル・アルバムとしてまとめたものだということなのだろう。

 タイトルの「大鴉」をはじめとする数トラックはまるきりルー自身による朗読だが、「跳び蛙(Hop Frog)」(1849年)を取り上げたナンバーは、デイヴィッド・ボウイを迎えての派手な仕上がり。他にもローリー・アンダースンをゲスト・ヴォーカルにした曲もある。

 アナログ・レコードでは2枚組となる大作となったが、結局このアルバムは、ソロとして発表したルー・リードの最後のアルバムとなってしまった。

 実人生でのポーが晩年不運をかこち、最期には謎めいた死を迎えたこともまた、つとに有名である。そんな記録ともあいまって、これまでに多くの芸術家たちに少なからず影響を及ぼしてきた偉人ポーは、いまなおぼくたちの創造力を刺激してやまない存在なのである。

 実際、ジョン・ディクスン・カーをはじめとして、ポー自身をやポーの作品を題材にした小説を書いた作家は数多く、たとえば『堕ちる天使Falling Angel)』(1978年)の大ヒットを持つウィリアム・ヒョーツバーグの『ポーをめぐる殺人Nevermore)』(1994年)は、ポー作品的事件を描いたものだったが、ポーその人

を書こうとしたものはけっして多くはない。最近では、『ダンテ・クラブThe Dante Club)』(2003年)で衝撃的なデビューを果たしたパール・マシューの第2作『ポー・シャドウThe Poe Shadow)』(2006年)などが、その“謎めいた死”に肉迫した力作だ。映像だと、ジェームズ・マクティーヴ監督、ジョン・キューザック主演「推理作家ポー 最期の5日間(The Raven)」(2012年)が、ポー自身を題材にした作品として知られている。

◆youTube音源

●”The Black Cat” by Buddy Morrow and His Orchestra

*LPアルバムではB面3曲目に収録された「黒猫」。

●”The Raven” by Buddy Morrow and His Orchestra

*その直後の4曲目が、男女混合のコーラス・グループ、スキップ=ジャックスによる歌。

●”The Raven” by Allan Parsons Project

*バディ・モロウ版と聴き比べてみると解釈の差が興味深い。

●”The Raven” by Lou Reed

*ルー・リードの朗読による「大鴉」。

●”Hop Frog” by Lou Reed with David Bowie

*大御所同士の競演。

◆CDアルバム

『Poe for Moderns』(1960) Buddy Morrow and His Orchestra

『Tales of Mystery and Imagination Edgar Allan Poe』(1975) The Allan Parsons Project

『Poe: More Tales of Mystery and Imagination』 Eric Woolfson

『The Raven』(2003)Lou Reed

◆DVD

『推理作家ポー 最期の5日間』

佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

 直近の文庫解説は『リミックス』藤田宜永(徳間文庫)。

 昨年末、千代田区生涯学習教養講座にて小説創作講座の講師を務めました。

 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

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