中国語で書かれたミステリを読んでその紹介を行っている、稲村文吾と申します。

「今まで注目されることのあまり多くなかった」というような言葉が枕詞のように付いて回る中国語圏の小説、特にジャンル小説の分野ですが、2015年に入ってから、台湾で行われている 島田荘司推理小説賞 受賞作の邦訳刊行のためのクラウドファンディング(島田荘司推理小説賞受賞作品「ぼくは漫画大王」「逆向誘拐」日本語版出版プロジェクト)が見事目標を達成した他にも、ケン・リュウ『紙の動物園』(原文は英語ですが)のヒット、 劉慈欣 『三体』のヒューゴー賞受賞など、周りの雰囲気が少しずつ変わってきているのを感じます。

 その流れに乗じて(?)、私個人で進めている中国語ミステリ短篇翻訳企画「現代華文推理系列」が、昨年の第一弾に引き続き、今回第二弾4作を出版します(前回もシンジケートにお知らせを掲載していただきました。 中国語短篇ミステリが電子書籍で出版!)。これをお読みの皆さんが中国語圏のミステリに興味を抱くためのきっかけの一つになればと願っています。

 なお、今回も利用したのはAmazonの提供する電子書籍での個人出版サービス、Kindle Direct Publishingです。Kindleストアで販売される本は専用端末がないと読めないのでは……と心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、スマートフォンやタブレット、PCなどでも読むことができるのでご安心を。これまで電子書籍に触れたことがなかった向きも、もし興味が湧いたなら、これを機に試してみてはいかがでしょうか?

●現代華文推理系列 第二集●

(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

■冷言「風に吹かれた死体」

 台北生まれの冷言(れいげん、レン ユエン)は、2000年にデビューし、それから2014年に打狗鳳邑文学賞を受賞するまで長らく賞には恵まれなかったものの、謎解きを軸に置きながらも古典的な本格ミステリの枠に収まりきらない個性的な作品群で台湾ミステリ界に確固たる地位を築いています。

(あらすじ)台湾を台風が襲ったその日。強い雨風の中、大学で警備員を務める王の前に落ちてきたのは、校舎に足止めを食っていた学生の一人だった! ——それと同じ頃、大学の附属病院で歯科の研修医を務める葉正華は、ある患者の手術の計画に疑問を抱いていた。

風に吹かれた死体」は、第一期で紹介した林斯諺「バドミントンコートの亡霊」と同じく、第二回人狼城推理文学賞(のちの台湾推理作家協会賞)に応募された作品です。どこか人を食ったようなオフビートな味わいを感じさせながらも、最後には一本筋の通った犯人探しの物語として強い印象を残す佳品です。

■鶏丁「憎悪の鎚」

 上海生まれの作家、鶏丁(ジーディン)は、2008年のデビュー以降、雑誌などを中心に本格ミステリの短篇を発表し続けています。また、その約四十作の作品のうち大半が密室テーマを扱っていることでも知られています。

(あらすじ)S市で連続する、不動産業者殺害事件。犯人は必ず建物の最上階で犯行を行ない、しかも現場の扉を内側から塞いだ密室状況にしていた。刑事を兄に持つミステリマニアの僕は、折しも不動産業界に就職しようとし、兄を心配させるが……

 作者も自信作だと語る「憎悪の鎚」は、密室の大家らしい奇妙な発端に始まり、短篇にはもったいないほどのアイデアを惜しげもなく注ぎ込んだ力作です。作者の経験が反映されているという、中国の都市における不動産業界の描写も見ものの一つです。

■江離「愚者たちの盛宴」

 瀋陽出身の江離(こう り、ジァン リー)は、 東野圭吾などの日本のミステリの影響が色濃い、ドラマティックな作風で人気を博しています。日本語にも詳しい彼は、昨年から生活の場を日本に移しているそうです。今年単行本が刊行された初の長篇、『不安的櫻花』については、こちらのブログでもすでに阿井幸作氏が紹介していらっしゃいます(中国ミステリの煮込み 第12回:日本を舞台にした中国ミステリ)。

(あらすじ)炎天下の中、家族を養うため車を走らせるタクシー運転手。客が忘れていった携帯電話を何気なく覗いた彼は、身代金の取引についてのメッセージを見つけてしまう——その数日前、のちに誘拐の標的となる少女は、家出をしてホテル暮らしを始めていた。

 雑誌『歳月・推理』に昨年発表されたばかりの「愚者たちの盛宴」は、一つの誘拐事件を中心に、偶然と策略に翻弄される「愚者たち」の姿を群像劇の形式で描いた作品で、錯綜しもつれ合うプロットと底意地の悪い筆致が印象的です。

■陳浩基「見えないX」

 香港出身の陳浩基(サイモン・チェン、チャン・ホーケイ)は、デビューのきっかけとなった台湾推理作家協会賞をはじめ錚々たる受賞歴を持ち、第二回島田荘司推理小説賞を受賞した長篇『世界を売った男』は2012年に邦訳も出版されています。2014年の『13・67』は、六つの中篇を通して香港警察、あるいは香港そのものの歴史を描き出そうとする大作で、台北国際ブックフェア賞小説部門を受賞したほか、現在少なくとも世界8か国での出版が予定されています。

(あらすじ)学校のキャンパスで思わぬ雨に降られてしまった僕は、適当な教室に入って時間を潰していこうとする。そこで始まったのは推理小説についての講義で、その初回の内容は、学生に紛れ込んだ「X」を探すゲームだった。

職人的に広い作風の幅を持つ陳浩基は、『13・67』のようにトリッキーかつ重厚な作品をものする一方で、この「見えないX」のように、持てる技巧とユーモアを総動員してミステリの意匠と戯れる作品も書いてみせます。今回は彼の友人でもある作家、寵物先生(ミスターペッツ)によって初出時に書かれた解説を併録しました。

稲村文吾(いなむら ぶんご)

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 中国語ミステリ愛好家。国内の本格ミステリばかり読んでいたはずが、いつの間にか現代中国語ミステリを読み進める日々に。

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