中国の本屋には海外のミステリ小説がよく平積みされていますが、欧米の小説に英語のタイトルも併記されているように、表紙に日本語タイトルまで書かれている日本の小説も見ることができます。例えば東野圭吾の『放課後』や東川篤哉の『放課後はミステリーとともに』など数多くの作品を上げることができますが、新星出版社から出ている島田荘司の小説には書かれていません。これが出版社による傾向なのかはよくわかりませんが、本屋で日本語タイトルが書かれた翻訳小説を見て『あれも出たかこれも出たか』と物色していると見慣れぬタイトルの本があり、日本の新人作家の本かと思って手に取ってみると中国人作家の本だったということがたまにあります。
(注:この『の』(中国語でいうところの『的』)は中国でよく表記される日本語です。ただし『可愛の雑貨店』(可愛いの雑貨屋)のような誤用もあります。)
この二冊とも買っただけで積ん読状態にしていたのですが内容は別段日本と関係しているわけではなさそうです。このような日本語タイトルは中国語が読めない在中日本人への配慮ではありませんし、中国人読者にこれが日本の翻訳小説だと誤解させるために付けられているわけでもありません。中国ではミステリ小説と言えばまだ欧米と日本が主流なので、日本語タイトルを付けることでミステリ小説の雰囲気を出しているだけだと思います。
しかしこの『雰囲気』が中国におけるミステリ小説では大事なもので、中国には日本に関係するミステリ小説が多々あります。
前置きが長くなりましたが今回は中国人作家が書いた日本を舞台にした中国ミステリ小説を紹介します。
『窒息—吾妻山霊異事件簿』(2012年)
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日本に十数年留学していた経験を持つ著者の白夜が紡ぐ静謐なミステリホラーです。中国人留学生の「私」が日本の湘南で巫女やら神社やら隠れ里やらの非日常に静かに引き込まれていき、吾妻山にまつわる秘密を解き明かしていきます。中国人作家が和風ファンタジーネタを使っているのも奇妙ですが、内容が著者が日本で実際に体験した事実に基づいているようで紀行文として読むのも良いでしょう。
『猜疑遊戯』(2014年)
中国のミステリ専門誌『歳月推理』ではお馴染みの作家の猫咪が同誌に長期的に連載していた作品(単行本未発売)です。日本人の高校生のうち最も好かれる学生12人と最も嫌われる学生12人の合計24人がとある場所に集められ残酷なゲームに巻き込まれます。高見広春の『バトルロワイヤル』や山田悠介の小説のような展開が特徴ですが、ちゃんと謎解き要素も用意されています。
『偵探日記之隠匿的証言』(2014年)
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作者の名前は西樵媛。日本在住の中国人ミステリ小説家で探偵の穆木が豪華客船や別荘など様々な場所で起こる犯罪に関与する極めて一般的なミステリ小説。しかしどのエピソードも普通であるが故に、何故探偵が中国人なのか、何故舞台が日本なのかが今ひとつ必要性が感じられません。
『不安的櫻花』(2015年)
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『推理世界』で長期連載されていた小説。西暦2000年ぐらいの日本が舞台で、『少年法』を笠に着た少年たちが少女を殺したところ、その少女が復活を遂げ、逆に命を狙われるようになるエンターテイメント性の高いミステリホラーです。少女に無理やり共犯者として復讐の手助けをさせられる主人公の少年が彼女に振り回される様子は大槻ケンヂや滝本竜彦のテイストを感じます。
作者の江離は自身も日本語を話せ、『推理世界』誌上では『日本文化紀行』という日本文化紹介コーナーまで持っているほどの日本通ですので、この中に出てくるやや行き過ぎた日本描写はきっと故意なのでしょう。
日本ミステリのパロディ小説
中国人ミステリ小説家にとって日本ミステリは創作の立派な題材です。この分野で有名な作家は御手洗熊猫でしょう。彼は御手洗潔のモデルという御手洗濁が活躍するシリーズを次々と書き上げ、ついには上下巻にわたる大長編『島田流殺人事件』(2011年)を自費出版という形で世に出しました。
また中国のミステリ専門誌『推理世界』には『偵探同人館』というコーナーがあり、これまで島田荘司、東野圭吾、東川篤哉といった日本人作家の他に古畑任三郎シリーズのパロディ作品などが掲載されています。
これは余談になりますが私は2008年に『歳月推理』誌上で『火村英生シリーズ』の同人作品(著者:杜撰)を見つけ、興味を持ったので勝手に日本語に翻訳してそれを日本の友人に読ませたことがありますが、実は元ネタにそれほど詳しくなかったため後日友人から「そもそも有栖川有栖は関西弁だ」と指摘されたことがあります。
閑話休題。
このように中国人ミステリ小説家にとって日本は実在する作家すらも創作の対象であり、上記の同人的な作品の量からも分かるように普段日本の作品を読み慣れているが故にむしろ中国を舞台にしたミステリを書くよりも楽に書くことが出来るという理由で日本が舞台に選ばれることもあります。
ただし、日本を舞台にするということは中国人にとってもやはり気を遣うようで、私は以前『小説を書きたいんだけど、日本の神社の儀式を教えてくれ。ただし靖国神社は除く。』と中国人作家に聞かれたことがあります。理由は深く尋ねませんでしたが、敏感にならざるをえない話題を出来るだけ避けたかったのでしょう。ミステリはあくまでミステリとしてだけで楽しみたいですね。
■島田荘司推理小説賞クラウドファンディングについて
今年で第4回を数える『島田荘司推理小説賞』は中国語のミステリ小説を対象にしており、第2回目の受賞作品までが和訳されて日本でも出版されておりました。今まで第3回目の和訳化が止まっておりましたが、このたびクラウドファンディングという形で第3回目の受賞作品である『ぼくは漫画大王』(著者:胡傑)と『逆向誘拐』(著者:文善)の日本語版を出版する計画が持ち上がりました。
翻訳ミステリの中でもまだまだマイナージャンルである中国ミステリへのご支援を皆様に仰ぎたいと思います。
◆島田荘司推理小説賞受賞作品「ぼくは漫画大王」「逆向誘拐」日本語版出版プロジェクト
(↑クラウドファンディング説明ページ)
◆文藝春秋・本の話Web「華文ミステリー」が新時代を切り開く! 島田荘司が語るその可能性
阿井 幸作(あい こうさく) |
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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。 ・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/ ・Twitterアカウント http://twitter.com/ajing25 ・マイクロブログアカウント http://weibo.com/u/1937491737 |
●現代華文推理系列 第一集
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)