昨年11月23日(月・祝)に、第7回神戸読書会を開催いたしました。今回の課題書はジェフリー・アーチャー『百万ドルをとり返せ!』。ハーヴェイ・メトカーフなる人物が作ったペーパーカンパニーへの出資話で100万ドルもの大金を巻き上げられた4人の出資者が、原題“Not a Penny More, Not a Penny Less(1ペニーも多くなく、少なくなく)”のとおり、帳尻を合わせてきっちり落とし前をつけてもらおう!と奮闘する、コン・ゲーム(confidence game、信用詐欺)の大ヒット小説です。著者アーチャー自らがペーパーカンパニーへの出資で大損害を被った実体験をつぎ込んだこのデビュー作は、杉江松恋さんの『読みだしたら止まらない!海外ミステリーマストリード100』でも紹介されています。

 今回は新版を課題書としましたが、池田満寿夫のカバーイラストが粋な旧版をお持ちいただいたかたも3分の1ほどいらっしゃいました。まず、参加のみなさんに感想をうかがったところ、

「今の時代だったらちょっと検索すればわかりますよね、いろいろと」

の声が続々と。まあ、「それを言っちゃあおしまいよ」という、読書会を運営する側としては非常に慌てる破壊的な意見ではあるんですが、現代ではそうなんですよね。Googleの検索ウィンドウに入力すると、「メトカーフ 詐欺」と検索ワードの候補も予測されるはずですから。

 邦訳の初版(1975年)から40年あまりが経過し、その間に最も大きく変化したのがこのような情報通信関連のインフラとガジェットで、

「通信手段が小型トランシーバーというのが新鮮。今ならスマートフォン一択」

「そういえば、事務所を設営するときの〈テレックス〉とか〈PBX〉って何ですか?」

「テレックス、十数年前までは職場で扱っていたけどね」

「え? ということは、親指シフトもご存じない?」

と、当時(作品内では1974年)の様子を知る人・知らない人の感想が交錯。また、テニスファンからは、

「ウィンブルドンでの偵察シーンで、キング夫人(作品中では「ミセス・キング」)の名前が出てくるのが懐かしくて、プレースタイルを思い浮かべて楽しんだ」

「タイブレークがなかったよね、当時」

「男子はジミー・コナーズが初優勝するころかな。作品中では“アメリカの新しいスター”。すでに懐かしすぎるけど!」

の声も聞かれました。そして何よりも差が出るのが貨幣価値。邦題の「百万ドル」は現在の円ドル為替レートでは1億数千万円ですが、当時の円ドル為替レートと貨幣価値をざっと勘案すると、現在では約10億円にあたります。4人で約10億円出資したわけですから、そりゃ取り返さねば気が済まないわけです。

 こういった細部のレトロ談義だけではなく、「取り返す」側の出資者チームに関しては、

「このチームって、プロジェクトが失敗することをまったく想定していない」

「スティーブンがあまりにも実務に秀でていて、数学者っぽい場面がほぼ皆無。シティに就職しろ、とおすすめしたい」

「ロビンが一番危ない橋を渡った感じ。手術で執刀し、子供も動員するし」

「ラマンはイギリス人から見て、やっぱり“フランス人は常にご婦人を口説く”みたいなキャラクター設定なのかな」

「ほかの3人のジェイムズに対する扱いがぞんざいで、あまりに気の毒」

「そもそも、アンはジェイムズでいいの?」

「普通、というか、現在のミステリーなら、チームの中から必ず裏切り者が出る」

と辛口の評価が下り、「取り返される」側の詐欺師チームに対しては、

「メトカーフさんって、詐欺ビジネス以外はそんなに悪くない人なんじゃないか」

「結局、貧乏くじを引いたのはケスラー君だけかも」

という、温かい声がかけられる結果となりました。

 キャラクターの書き分けの明快さや、アスコット競馬場にオックスフォード大学のガーデンパーティーといった英国趣味あふれる舞台の豪華さなども話題にのぼりましたが、印象的だったのは、作品全体への感想としてたびたび聞かれた、

「並行して新刊のミステリーを読んでいたのだけれど、作品中で起こる犯罪には、読み進めるのが辛くなる描写も多い。そういうときにひょいと『百万ドルをとり返せ!』に切り替えて読むと、なんだか軽やかで安心できた」

というものでした。そこがコン・ゲームの温かさというか、物語的なおかしみを重要視した点で、少なくとも文章中では、被害者・加害者双方に落ち度があったとしてもどこか憎めず、多くの場合に手痛い仕返しを受ける加害者も不幸のどん底に沈むことがなく、飄々とした軽やかなユーモアの漂う読後感が得られるというのが最大の魅力です。最近ではほとんど話題にのぼらないジャンルの作品ですが、面白いものが紹介されることを願ってやみません。

 2015年には3回の読書会を開催しましたが、どの回も執筆者に晴れを呼ぶ力が乏しかったようで、お天気のはっきりしない中での開催となりました。そのような中お越しいただいたみなさまには心よりお礼申し上げます。2016年も、みなさまのお越しをお待ちしております。

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