デイヴィッド・ボウイ、グレン・フライ、モーリス・ホワイトと、立て続けにつたえられた音楽界重鎮たちの訃報に、思わず「次はいったい誰が……」と音楽ファンがつい考えてしまうのもいたし方ないことではないだろうか。近い世代での酒席ともなると、このところの話題は、自分にとっていま死なれたらいちばんショックなアーティストは誰だろうという、何とも暗鬱な話が多い。

 とにかくいまはベテラン・アーティストの来日公演だけは逃さないように、とあらためて心に誓って散会と相成るのだけれど、もちろんキース・エマーソンは、そんな場で名前が挙がるなかでも最重要ポイントを稼いでいたアーティストの一人だった。が、まさかの……来日公演直前の急逝。享年71。しかも、右手の不自由で満足いく演奏ができないことを悲嘆したうえでの拳銃自殺だとも言われている。なんてセンシティヴで真摯な音楽家なのだろうか。

 プログレッシヴ・ロックのなんたるかもわからない頃から、キースは小生にとってヒーローだった。彼がリーダーシップをとっていた、あまりに有名すぎるエマーソン・レイク・アンド・パーマー(通称ELP)は、ロック・バンドでありながらキーボードを中心とした異例のトリオ編成(ベース&ヴォーカルのグレッグ・レイク、ドラムスのカール・パーマーとの三人組)。けれども、そんなことは微塵も感じさせないロック魂あふれるサウンドを聴かせてくれていた。そのキースの圧巻のパフォーマンスたるや!

 ハモンドB3オルガンとムーグ・シンセサイザーとの間に立って髪ふり乱しながら荘厳なロック・サーガを左右両側に両手を広げ弾きまくる姿。ときにハモンドを飛び越え、揺すり、鍵盤にナイフを突き立てるという、キーボード奏者にあるまじき行動力をもって、凡百のギター・ロック・バンドに挑戦状を叩きつけていた狂気の鍵盤弾き。

 また、クラシックやジャズの名曲を自由奔放に演奏解釈して披露するのもELPサウンドの特徴のひとつ。デビュー・アルバム『エマーソン・レイク・アンド・パーマー(Emerson, Lake & Palmer)』(1970年)収録の「ナイフ・エッジ(Knife Edge)」などは、村上春樹『1Q84』に頻出することで一躍有名になったチェコの作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ(Sinfonietta)」をモチーフにしていることで知られている。もちろん、ライヴ・アルバム『展覧会の絵(Pictures At An Exhibition)』(1971年)も、ロシアの作曲家ムソルグスキーのピアノ組曲をメインに演奏した名盤として、あまりに有名だろう。

 実際にはグレッグのアドヴァイスというか要望によるものだったらしいけれど、シンセサイザーの音をロックに大きく取り入れた先駆者としても、キースは歴史に名を残す存在。『ホンキー(Honky)』(1981年)をはじめソロ・アルバムも6枚発表し、ダリオ・アルジェント監督によるホラー映画『インフェルノ(Inferno)』(1980年)など、映画音楽も複数手がけている。

 はじめて、ELPの第5弾アルバム『恐怖の頭脳改革(Brain Salad Surgery)』(1973年)を手にして、耳にしたときの衝撃も忘れられない。「悪の教典♯9(Karn Evil #9)」、ヤバすぎます。ま、エイリアン造型の生みの親H・R・ギーガーによるアルバム・アートのインパクトも大きかったのですが。小生、中学生からギター弾きだったというのに、高校から独学でキーボード弾きに転向したのも、じつはキースの影響があったのでした(そのわりには彼以外の人の演奏コピーばかりしてたけど)。NSP(ニュー・サディスティック・ピンク)を“納豆・そら豆・ピーナッツ”と呼んだように、愛着をこめ、ふざけて“エンドウ・レンズ・ピーナッツ豆”と呼んでみたりもした。『ラヴ・ビーチ(Love Beach)』(1978年)を最後に解散するという宣言を聞いたときは茫然自失。なぜだか、ピンク・フロイドでもなくキング・クリムゾンでもなくイエスでもなく、そんなにもELPを好きだった。

 とはいえ、白状すると、このところすっかり、そんなエマーソン・レイク・アンド・パーマーの存在を忘れていたことも事実だ。そして、それを思い出させてくれたのは、まさかのロバート・ゴダードであった。

 そう、もはやニュー・クラシックと呼んでもいいほどの名作ミステリー『千尋の闇(Past Caring)』(1986年)で鮮烈なるデビューを遂げ、『リオノーラの肖像(In Pale Battalions)』(1988年)、『蒼穹のかなたへ(Into The Blue)』(1990年)、『さよならは言わないで(Take No Farewell)』(1991年)など、次々と傑作を発表していった英国の人気作家だ。

 イギリスの地方都市にまつわる過去の事件もしくは悲劇に秘められた謎を現代に生きる主人公が究明することになる、といった巻き込まれ型歴史ミステリーといった形式で複雑な人間ドラマを紡いでいくのが特徴のこの作家、ほぼ1〜2年に1作のペースで重厚な物語を発表している旺盛な筆力の人である。なんとも妙な取り合わせにも思えるけれども、どちらもイギリス人という共通点はちゃんとある。

欺きの家(Fault Line)』(2012年)は、そんなゴダードのすでに23作目を数える邦訳最新作。セント・オーステルの町に根づき、合併を繰り返しながら成長していった陶土採掘会社の一社員が、その大企業と創業家一族の過去の悲劇を探り出すことになるという内容で、愛と裏切り、策略と騙りにみちた、ゴダードお得意の物語ミステリーで、彼のひさびさの傑作と言ってもいい。

 主人公はインターコンチネンタル・カオリン(IK)の社員ジョナサン・ケラウェイ。そもそも町で最大手だった陶土採掘会社ウォルター・レン・アンド・カンパニーを買収合併したコーニッシュ・チャイナ・クレイ社(のちにIKに社名変更)での夏季アルバイトからスタートし、いまや60歳を過ぎて引退を考えている黄昏た男だ。ところが、IKの元社長から社史編纂のために一部紛失した過去の記録探しを命じられることになる。記録や資料を調査していた年代記編纂者の女性によると、どうやらある一時期のものだけが丸ごと抜き取られているというのだ。そしてその紛失記録を探すことは、ジョナサンにとって思い出したくない40年前の過去に遡ることを意味していた。

 当時、CCCで働き始めたばかりのジョナサンは、創業一族の二代目社長ジョージ・レンの孫にあたる少年オリヴァーと知り合い、彼の姉である美しい娘ヴィヴィアンに一目惚れ。熱い恋心を抱きつづける。怜悧なオリヴァーは、自殺した父の死の秘密を探るべく、独自に調査を進めていた。が、ある日、彼自身にも死が訪れることになる。自殺なのか他殺なのか不明なまま、直前まで行動をともにしていたジョナサンは、彼の死に責任を感じたまま、ヴィヴィアンともぎくしゃくとした関係になってしまい、彼にとっては手痛い別離を迎える結果に。

 創業一族にまとわりつく暗い死の影。1人また1人と不審な死は続き、逆に社は成長し続け経営規模を大きくしていく。そもそもジョナサンが過去の悲劇の真相を探る羽目になったのは、彼がつねに複数の死に関わり合っていたからなのだが、このあたりはサスペンスに典型的な“巻き込まれ型主人公”のパターンだ。そして、お約束の“運命の女(ファム・ファタル)”役ヴィヴィアンもまた、永遠の別れを告げるわけではなく、悲劇のたびにジョナサンの前に姿を現す。

 登場する創業一族の人々もまた、一癖も二癖もあるキャラクター揃いだ。二代目社長ジョージの弟フランシス、フランシスの妻ルイーザの親友だったコヴェッリ伯爵夫人、オリヴァーを憎みヴィヴィアンをも憎み続ける放蕩の異父弟アダム……。

 家族の悲劇に巨大企業をめぐる思惑をからませ、従来の彼の作品が持つ魅力を損ねずに新境地を拓いたゴダードの快作。最近のゴダード作品中では白眉だろう。

 さて、話は戻るが、ELPがこの作品に登場するのは、ほんの一瞬のこと。ジョナサンがロンドンでの学生生活によって、友人の非業の死と、最愛の女性との別れから何とか立ち直り、寮を飛び出してガールフレンドらが雑居するぼろ屋に転がり込んだときのこと。毎週末にはその部屋にはエマーソン・レイク・アンド・パーマーが鳴り響き、ドラッグ乗用車たちの乱痴気騒ぎの場になった、というのだ。

 喧騒の代表格としてドラッグと密接な関係を持つかのようにELPの名前が使われているわけだ。クラシック、ジャズ、ポップス、さまざまな音楽の要素を、天才キース・エマーソンが錬金術師のごとく練り上げたロック・サウンドは、やはり正しくロックを体現したイメージをゴダードの脳裏に鮮明に残していたということか。あまりこういった音楽の登場した記憶のないゴダード作品だけに、意外でもあり、あらためてその知名度・存在感に感服もしたりで、なんだか嬉しく思っていたりもするのである。

 じつは、エマーソン・レイク・アンド・パーマーがバンドの結成を公式に発表したのは1970年6月で、デビュー・ライヴが8月。デビュー・アルバムのリリースにいたっては、その年の11月になってのことだったはず。ところが、『欺きの家』での記述では、主人公ジョナサンの学生時代、はじめて住みこんだロンドンでの暮らしを描くこの章には“一九六九年”とある。1969年は、グレッグ・レイクがELP結成以前に所属していたキング・クリムゾンが伝説の名盤『クリムゾン・キングの宮殿(In The Court Of The Crimson King)』でデビューした年にあたるので、ELPとしての音楽はまだ巷に流れているはずもない。

 おそらく思春期にELPのサウンドを耳にしていたゴダードとしては、きちんとした時代考証うんぬんよりも、当時の若者文化の新たな潮流として象徴的にELPを挙げてみたということなのかもしれない。

 キースの哀しく孤独な死の結果なのか、たんに時代の進歩のおかげなのか、いまやネット上で若き日のキースの演奏を容易に見ることができる。ELPが“イケメン”プログレ・トリオとして大人気だった頃の雄姿。若かりし彼らのつるりとした美形の顔が、まさにエンドウ豆・レンズ豆・ピーナッツ豆に見えてこなくもなくて、思わず胸がじーんとしてしまった。R.I.P.

◆YouTube音源

“Knife Edge” by Emerson, Lake & Palmer

*村上春樹『1Q84』の冒頭あたりのシーンで一躍注目されるようになったヤナーチェク。その「シンフォニエッタ」をモチーフにした代表曲。

“Janacek: Sinfonietta for Orchestra” by George Szell / The Cleveland Orchestra

*ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団演奏によるヤナーチェク「シンフォニエッタ」。『1Q84』の中でヒロイン青豆がレコードで購入するヴァージョン。

“Karn Evil #9” by Emerson, Lake & Palmer

*ライヴより「悪の教典#9」

“Pictures At An Exhibition: Promenade” by Emerson, Lake & Palmer

*『展覧会の絵』ライヴより「プロムナード」の前半部

◆CDアルバム

“Emerson, Lake & Palmer” by Emerson, Lake & Palmer

“Tarkus” by Emerson, Lake & Palmer

“Brain Salad Surgery” by Emerson, Lake & Palmer

“Pictures At An Exhibition” by Emerson, Lake & Palmer

“Honky” by Keith Emerson

◆関連DVD

●『インフェルノ』

*ダリオ・アルジェント監督による1980年のホラー映画。キースがはじめて映画サウンドトラックを手がけた作品。

佐竹 裕(さたけ ゆう)

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 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。

  好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。

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